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返事のない井戸

閻婆惜でございます。


本日は、井戸から人を引き上げる準備をいたします。

まだ高唐州の城内へ入ってもおりませんが、縄と滑車と担架を先に送ります。

柴進様が枯れ井戸にいるという記憶が正しければ、城を落としてから道具を探していては遅いのです。


二龍山へも相談したところ、潘巧雲様からは、牢と井戸の両方を捜すよう返事がございました。

新しい情報を得ても、確かめる前に古い可能性を捨てない。

先輩は、心配している時ほど仕事が正確になります。

迎児様からは、縄を二本用意するよう念を押されました。

警報装置は停止したようですが、今度は安全管理装置として稼働しております。


独龍岡では、白秀英様が寝台から救出方法へ修正を入れてこられました。

弱った方を井戸の壁へ何度もぶつけながら引き上げては、助けている意味がないそうです。

たいへん正しいご意見です。

李応様には、引き続き安静中の奥方様を見守っていただきます。

ご本人が縄と滑車を持って高唐州へ向かおうとしても、認めません。

まだ何もおっしゃっていないそうですが、白秀英様が先に止めておられました。

夫婦間の危機察知については、神行法より速い場合があるようです。


そして、公孫勝様が高唐州へ到着なさいました。

戴宗様と李逵様も無事です。

ただし、迎えに行った人数と、前線へ到着した人数が一致しておりません。

金銭豹子・湯隆様が増えておりました。

公孫勝様を一人お迎えする任務だったはずですが、人材登用まで同時に済ませてこられたようです。

今回は必要な方ですので、採用そのものに異議はございません。

次回からは、寝床と食事の準備がございますので、人数が増えた時点でご報告ください。


公孫勝様が到着したことで、高廉の妖術を破る手は整いました。

黒い風も、空へ逃げる雲も、もう高廉を守ることはできません。

けれど、高廉を討てば終わりではございません。

本来の目的は、柴進様を生きて連れ戻すことです。


城内で枯れ井戸が見つかりました。

底には、人の姿がございました。

何度名前を呼んでも、返事はなかったそうです。

前線から届いた文は、井戸へ人を下ろすところで終わっております。


次に届く報告が、救出の知らせになるのか――

それとも、間に合わなかったという知らせになるのか。


今の私には、まだ分かりません。

枯れ井戸の件は、普通の早馬で高唐州へ送りました。

戴宗様でなければ間に合わないほどではございません。

公孫勝様が到着するまでは、高廉の妖術を破れず、城内へ入ることもできないのです。

先に文だけ届けば、救出の手順へ加えていただけます。

急ぎの案件だからといって、何でも神行法へ載せればよいわけではございません。

戴宗様にも休息は必要です。

現在、どこで休んでいるのかは存じませんが、李逵様が一緒にいる以上、十分に休めていない可能性は高いでしょう。

私は高唐州へ送る文へ、柴進様が牢ではなく、高廉の屋敷にある枯れ井戸へ落とされている可能性が高いと記しました。

断定はしておりません。

攻略本の記憶がつながったとはいえ、私が実際に井戸を見たわけではないからです。

ただし、牢だけを捜して救出を終えたつもりにならないよう、屋敷内の井戸をすべて確認すること。

水の有無にかかわらず、底まで調べること。

引き上げに必要な縄と人員を、城へ入る前に用意しておくこと。

そこまでは、指示として書けます。

文を送り出したあと、同じ内容を二龍山へも伝えました。

潘巧雲様へ知らせるべきか、少し迷いました。

柴進様が井戸へ落とされていると聞けば、当然、心配は増すでしょう。

しかも確証はございません。

けれど、二龍山から魯智深様と武松様が出ている以上、救出先に関わる情報を伏せるわけにもまいりません。

私は事実と推測を分けました。

白い帳面に「井戸」と現れたことは書かず、以前に読んだ書物の記憶として、枯れ井戸の可能性があると伝えます。

九天玄女様の帳面について説明を始めますと、盟約とは別の協議が必要になりそうです。

今のところ、神託の共有規程までは作っておりません。

潘巧雲様からの返書は、数日後に届きました。

『牢の捜索は中止せず、井戸を追加してください。どちらか一方へ決める必要はありません』

その一文を読んだ時、私は思わず姿勢を正しました。

先輩は、こういう方でした。

新しい情報が入ったからといって、それまでの手順を捨てません。

確かめていないものを正解と決めず、可能性を一つ増やします。

救出先を牢から井戸へ変更するのではなく、両方を捜す。

簡単なようですが、焦っている時ほど忘れられる判断です。

続きには、引き上げた直後の処置についても書かれていました。

井戸の底に長くいたなら、急に大量の食事を与えないこと。

水も一度に飲ませず、意識を確かめながら少しずつ与えること。

歩けるように見えても、本人の足で歩かせないこと。

柴進様が生きていると決めつけてはいません。

それでも、生きて引き上げたあとのことまで準備している。

末尾には、迎児様の文字が添えられておりました。

『縄は太いものを二本、ご用意ください。一本が切れても、もう一本が残るようにお願いいたします』

今回は涙で滲んでおりません。

警報装置は、ようやく停止したようです。

代わりに、安全管理の機能が追加されております。

私はその文を李応様と杜興様へ回しました。

独龍岡から高唐州へ送る荷には、すでに水桶と布を積んでおります。

そこへ太い縄、滑車、担架を追加する必要がありました。

白秀英様にも知らせますと、すぐに紙が返ってきました。

『井戸から人を上げるなら、縄だけじゃなくて、途中で体を打たないようにした方がよくないですか? 弱ってる人を壁にゴンゴン当てたら、助けてる意味ないです』

おっしゃるとおりです。

表現は少々軽いですが、内容は正確です。

井戸の内側へ突き出した石があれば、引き上げる途中で身体を傷つけます。担架を縦に入れられない場合は、厚い布で身体を包み、頭と背を守らなければなりません。

李応様は紙を読み終えると、杜興様へ縄の太さと滑車の数を確認されました。

「足りぬなら、李家荘の蔵から出す」

「公の荷へ、私物を混ぜることになります」

「人の命がかかっている」

「ですから、貸出として記録いたします。返せない場合は、梁山泊から補填します」

「そのような時まで帳面か?」

「そのような時だからこそ、でございます」

柴進様を助けるためなら、李応様は縄も滑車も無償で出すでしょう。

だからこそ、こちらが甘えてはいけません。

善意を前提にした仕組みは、善意のある方から先に負担を奪います。

李応様は納得しきれないお顔でしたが、貸出の印を押してくださいました。

その横で杜興様が、白秀英様から届いた二枚目の紙を隠そうとしております。

「杜興様」

「何でしょう?」

「右手にお持ちの紙も、こちらへ」

杜興様は諦めたように差し出しました。

『李応様が自分で高唐州へ持っていくとか言い出したら、絶対止めてください。今それやられたら、私が寝てられないんで』

先回りされております。

李応様は何もおっしゃらず、目を逸らされました。

どうやら、一度は考えたようです。

「李応様は独龍岡に残っていただきます」

「まだ何も申しておらぬ」

「秀英様も、まだ何も聞いておられないはずです」

ご夫婦の間には、報告書より速い連絡経路があるのでしょうか。

少なくとも、李応様が考えそうなことについて、白秀英様の予測はよく当たります。

高唐州へ縄と滑車を送り出した翌日、前線から文が届きました。

公孫勝様が到着したとの報告です。

戴宗様、李逵様も無事でした。

そして、金銭豹子・湯隆様という方が一緒に来ておられました。

私は文を読み直しました。

公孫勝様を一人お迎えする任務でした。

戴宗様と李逵様が向かい、高唐州へ着いた時には公孫勝様と湯隆様が加わった。

出発時より二名増えております。

予定外採用は、攻略本どおりに発生しました。

呉用様からの文には、湯隆様が鉄を打つ技と武具の知識を持ち、今後の梁山泊に必要な人物となり得ることが書かれております。

採用自体に異論はございません。

ただし、次回からは人員が増えた時点でお知らせください。

高唐州へ到着してから人数が違うと、食事と寝床の手配が遅れます。

公孫勝様は到着後、すぐに前線の様子を確かめられました。

黒い風の残りが地面を這い、陣の外ではまだ馬が落ち着かない。

兵の中には、何もない場所から声が聞こえると訴える者もいたそうです。

それでも公孫勝様は、高廉の術で間違いないと判断されました。

破れる――

その言葉が、宋江様の文に記されております。

翌朝、高廉の軍が再び城外へ出ました。

黒い風は前より濃く、風の中には獣の姿まで現れたそうです。

公孫勝様が剣を取り、術を返しました。

空が鳴り、黒い風が裂け、隠れていた敵兵の姿が一斉に現れました。

林冲様が中央から敵陣を押し崩し、魯智深様と武松様が左右へ散ろうとする兵を止めました。

李俊様は水辺へ回り、逃げ道を断ちます。

術を破られた高廉は、雲を作り出し、その上へ乗って城へ逃れようとしました。

空へ上がったところで、公孫勝様がその術も破りました。

雲は形を失い、高廉の身体が地上へ落ちてきました。

その下へ駆け込んだのが、扈三娘様でした。

「逃がすか!」

落下してくる高廉へ刃を振るい、脇腹から胸へ深く斬りつけました。

高廉は血を散らしながら地面へ叩きつけられました。

それでも、まだ息がございました。

玉楼様は迷いません。

馬から飛び降り、手にした槍を高廉の喉へ突き立てました。

高廉の身体が一度だけ大きく震え、そのまま動かなくなりました。

公孫勝様が妖術を破り、扈三娘様が高廉を斬り、玉楼様の槍が息の根を止めました。

主を失った高唐州軍は崩れ、梁山泊軍は城内へ押し入りました。

井戸の情報も、すでに宋江様と呉用様の手へ届いております。

高廉の屋敷へ入った兵は、牢へ向かう隊と、井戸を捜す隊に分かれました。

裏庭の奥で、石を積んだ古い枯れ井戸が見つかったそうです。

用意していた滑車を据え、太い縄を二本下ろす。

井戸の口から、何度も柴進様の名を呼ぶ。

返事はありませんでした。

石を落として深さを確かめようとした兵を、武松様が止めたそうです。

底に人がいるなら、石を落とすわけにはいきません。

松明を吊るし、ゆっくり下ろします。

光が底へ近づいた時、縄を持つ兵が声を上げました。

人がいる。

壁にもたれ、動かない男の姿が見える。

柴進様の衣と似ている。

そこまで読んで、私は次の行を探しました。

文は、まだ続いております。

けれど、柴進様が生きているとは、どこにも書かれておりませんでした。

最後に記されていたのは、ただ一文です。

『これより、井戸へ人を下ろす』

そこで、前線からの報告は終わっていたのでございます。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。


今回の救出準備では、李家荘の蔵から縄と滑車を借り受けました。

人命がかかっている時に、貸出の記録など必要なのかと尋ねられましたが、必要でございます。

緊急時だからといって、誰かの私物を黙って公用へ変えてよいことにはなりません。


柴進様を助けるためなら、李応様は代金も返却も求めないでしょう。

問題は、求めない方から借り続けるうちに、それが当然になることです。

善意は、帳面へ書かなくても存在します。


けれど、書かなければ、あとから見た者には最初から梁山泊の物だったように見えてしまいます。

ですから、縄一本でも借りたものは借りたと残します。


李応様には少々呆れられました。

白秀英様には、おそらく賛成していただけるでしょう。

ご本人から確認は取っておりませんが、夫が無償で何でも差し出そうとすることには、すでにお気づきのようです。

李家の財産を守る役としては、たいへん頼もしい奥方様でございます。

寝台で仕事を続けている点を除けば、安静にも問題はありません。


さて、高唐州では公孫勝様が高廉の妖術をお破りになりました。

高廉は雲を作って空へ逃げようとしましたが、その術も破られて落下しております。

空路による逃亡は、認められなかったようです。


公孫勝様が妖術を破り、扈三娘様が逃げる高廉を斬り、玉楼様が槍で戦を終わらせました。

誰か一人の功績へまとめず、それぞれ記録しておきます。


結果だけを書けば、「高廉を討った」の一文で済みます。

しかし、それでは公孫勝様が術を破らなければ刃が届かなかったことも、扈三娘様が逃亡を許さなかったことも、玉楼様が確実に戦を終わらせたことも消えてしまいます。

短い報告ほど便利ですが、便利な文ほど人の働きを削ります。

今回は削らずに残すつもりです。


高廉が死に、高唐州の城内へ入れたことで、戦としては決着しました。

けれど、今回の目的は敵将の首ではございません。

柴進様を生きて連れ戻すことです。


枯れ井戸は見つかりました。

底には人の姿もございました。

それでも、報告書には柴進様の生死が書かれておりません。

書き忘れたのではなく、確かめる前に使者を出したのでしょう。

現場から途中経過を送る判断に、間違いはございません。


ただし、受け取る側にはたいへん心臓に悪い文でございました。

『これより、井戸へ人を下ろす』

その一文の続きは、高唐州にしかありません。

私の手元にある帳面にも、まだ新しい文字は浮かんでおりません。


九天玄女様――

こういう時こそ、一文字で結構です。


「生」か、「死」か――

次の報告が届くまで、どちらも書かれないことだけは、おやめいただきたいのでございます。

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