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できちゃいました、その直後

閻婆惜でございます。


本日は、朝からたいへん喜ばしいご報告がございました。

李応様のお屋敷で、誰の承認も受けずに進行していた案件が、どうやら本当に始まっていたようです。


白秀英様は、にこにこと笑っておられました。

一方の李応様は、独龍岡の倉が空になっても、もう少し落ち着いて対処できるのではないかと思われるお顔でした。

お子様を授かった可能性が高いのであって、白秀英様が今すぐ壊れるわけではございません。

そのことを何度ご説明しても、監督官の処理能力が戻りませんでした。

幸い、白秀英様ご本人はお元気です。

仕事をすべて取り上げようとする夫を横に置き、今後も独龍岡の暮らしを見続ける気でおられます。

李家の未来は、明るいものとなりました。


その直後です。

白い帳面に、たいへん縁起の悪い一文字が現れました。

高唐州へ向かった宋江様たちは、まだ敵と戦っておりません。

それでも、その文字を見た瞬間、私の中で忘れていた攻略本の頁が開きました。

救出軍には、足りないものがございます。

兵でも、糧でも、舟でもありません。


そこで戴宗様へ、前線を経由して、ある方を迎えに行くようお願いいたしました。

一人をお迎えするだけの任務です。

本来であれば……


ただし、その道中には李逵様がおります。

一名を迎える出張が、何名で戻ってくることになるのか――


現時点では、私にも分かりません。

「できちゃいました」

白秀英様は、にこにこと笑っておられました。

昨日、干し肉と塩漬けの魚を聞いただけで顔色を失い、軍議の途中で退出された方とは思えないほど、晴れやかなお顔です。

「おめでとうございます」

私が申し上げると、白秀英様はお腹へ手を添えました。

まだ、見た目では何も分かりません。

それでも、そこにいると分かっただけで、触れ方まで変わるのでしょう。

「ありがとうございます。月のものも来てないし、今朝、診てもらったら、たぶん間違いないって……」

「たぶん、でございますか?」

「この時代ですからね。でも、できてると思います」

たいへん白秀英様らしいご報告でした……

ご本人の後ろには、李応様が立っておられます。

昨日からほとんど同じお顔です。

喜びを隠せない一方で、心配でたまらず、何をすればよいのかも分からない。

そのすべてが同時にお顔へ出ると、人はこのような表情になるのでしょう。

「秀英、本当に立っていてよいのか?」

「立てますよ」

「座った方がよい」

「さっきまで座ってました」

「横にならずともよいのか?」

「李応様、私、赤ちゃんができたんです。重病人になったわけじゃないですから」

「だが、昨日は吐き気があったではないか」

「それはありますけど……」

白秀英様が私を見ました。

助けを求めるというより、この状況を見てほしいという目でした。

よく分かります。

李応様は、独龍岡全体を預けられても落ち着いておられます。

倉が足りず、水路が壊れ、人足が集まらないと報告されても、李応様は順番を決めて処理なさいます。

ところが、白秀英様のお腹に子がいると分かった途端、ご本人の処理能力が格段に落ちました。

「李応様」

「何であろう?」

「まず、白秀英様を座らせて差し上げてください」

「分かった」

すぐに椅子を引かれました。

指示には従われます。

ご自分で何をすべきか決められないだけです。

「それで、私の仕事なんですけど」

白秀英様が座りながら、独龍岡の帳面を机へ置きました。

「東の倉は私が見ます。昨日も言いましたけど、あそこは避難してくる人たちの分なので――」

「秀英」

李応様のお顔が険しくなりました。

「仕事の話をするために来たんですけど」

「休むために来たのではないのか?」

「報告しに来ただけです」

「報告を終えたなら、戻って休むべきではないか」

「まだ朝ですよ?」

お二人の話が、まったく同じ場所を回っております。

私は帳面を受け取りました。

「東の倉については、杜興様へ確認をお願いいたします。白秀英様には、しばらく数字の確認だけをお願いしましょう」

「外に出るのはなしですか?」

「長時間歩き回る仕事は、いったん外します」

「私、普通に動けますよ」

「動けることと、動かしてよいことは別でございます」

「うわ。人事に言われると強い」

「人事ではございません」

梁山泊と独龍岡の経営に加え、会計や兵站、連絡、稟議、人員配置まで扱っております。

最近では、私自身も何を担当しているのか分からなくなる時がございます。

「でも、完全に仕事を外すのはやめてくださいね」

白秀英様の笑顔が、少しだけ真面目なものになりました。

「独龍岡の人たち、私に直接言いに来ることもあるので。帳面だけ見てたら分からないこと、けっこうありますから」

「承知しております」

白秀英様がいなければ、女中や農家の妻たちが困っていても、李応様と杜興様まで話が届かないことがあります。

井戸までの道が遠いこともあれば、夜道が暗くて歩けないこともございます。避難所に子供を寝かせる場所がないという訴えもありました。

大きな問題ではないと後回しにされやすいことほど、暮らしている方には毎日の問題です。

「仕事を取り上げるつもりはございません。やり方を変えていただくだけです」

「それなら、まあ、いいです」

「よくない」

李応様だけが反対なさいました。

「李応様」

「何であろう」

「監督官として、代わりの者を手配してください」

「……分かった」

夫として話すより、監督官として指示した方が通じるようです。

白秀英様が、またにこにこと笑いました。

嬉しいのでしょう。

不安がないわけではないはずです。

それでも、逃げてきた先で李応様と出会い、李家荘で名を変え、ようやくご自分の居場所を得た方です。

その場所に、もう一人増える。

私は素直に、よかったと思いました。

「では、私は戻ります。今日のところは、おとなしくしてます」

「今日だけではない」

「はいはい」

「秀英」

「分かってますって」

白秀英様は立ち上がり、李応様とともに部屋を出ていかれました。

最後まで笑っておられました。

扉が閉まったあとも、しばらく部屋の空気が明るく残っていたほどです。

その空気を壊したのは、白い帳面でした。

机の端へ置いていた頁に、墨が浮かんでおります。

最初は、小さな染みでした。

誰も筆を置いていない場所から、黒い線が一本ずつ伸びていきます。

私は立ったまま、その形を見つめました。

左に女。

右に夭。

一文字が完成します。

――妖。

先ほどまで、新しい命の話をしていた部屋に、あまりにも似つかわしくない字でした。

「妖……」

口へ出した瞬間、忘れていた頁が頭の中で開きました。

高唐州と高廉、その妖術。

そして、術を破るために必要となる方の名まで、一度に記憶へ戻ってまいりました。

「公孫勝様……」

なぜ忘れていたのでしょう……

攻略本では、何度も読んだはずです。

高廉は妖術を使う……

梁山泊の軍は苦しめられ、公孫勝様を呼び戻さなければならない……

そこまで、ひとつながりで覚えていたはずでした。

ところが柴進様の捕縛を知った時に思い出したのは、李逵様が殷天錫を殺し、その結果として柴進様が高廉に捕らえられるところまででした。

妖術と公孫勝様に関する記憶だけが、きれいに抜けていたのです。

高唐州へ向かった宋江様たちは、まだ高廉と戦っていないはずです。

けれど、白い帳面がこの字を出した。

間に合ううちに動け、ということなのでしょう。

私はすぐに戴宗様を呼びました。

「また急ぎか?」

部屋へ入ってきた戴宗様は、私の顔を見るなり嫌そうになさいました。

たいへん正しい反応です。

「急ぎでございます」

「どこだ」

「まず、高唐州の陣へ向かってください」

「まず?」

「宋江様と呉用様へ、こちらの文を届けていただきます」

私は二通の文を用意しました。

一通は宋江様と呉用様へ――

高廉が妖術を使う可能性があるため、敵の様子がおかしければ深追いを避け、公孫勝様を迎えるまで兵を保つよう記しました。

もう一通は、公孫勝様へお渡しする文です。

「前線へ文を届けた後、薊州へ向かってください。公孫勝様をお迎え願います」

戴宗様が眉を寄せました。

「直接、薊州へ行く方が早いのではないか?」

「公孫勝様を迎えて戻るまで、前線が妖術を知らずに戦えば、兵が減ります」

「妖術と決まったのか?」

「決まってはおりません」

「ならば、なぜ分かる」

私は白い帳面を閉じました。

「説明すると長くなります」

「また、それか」

「ただし、今回は外した場合でも損はありません。高廉が妖術を使わなければ、宋江様たちは警戒しただけで済みます。使うのであれば、知らせなかった損害は取り返せません」

戴宗様は少し考え、文を懐へ入れました。

「公孫勝殿が戻らぬと言ったら、どうする」

「柴進様の命が懸かっているとお伝えください。それでも難しい場合は、羅真人様へ取り次ぎを願ってください」

「簡単に会える相手なのか?」

「簡単ではございません」

「俺一人で?」

その問いを聞いた時、さらに攻略本の記憶が戻りました。

公孫勝様を迎えに行くのは、戴宗様一人ではありません。

戴宗様は、先に高唐州へ寄る。

そこには現在、柴進様を助けると言い張り、宋江様の監視下で前線へ加えられた李逵様がおります。

公孫勝様を迎えに行くと聞けば、あの方が黙っているはずはありません。

そして、戴宗様と李逵様が公孫勝様を迎えた帰り道で出会う男がいます。

金銭豹子・湯隆――

鉄を打ち、武具を知り、のちに梁山泊へ別の重要人物を連れてくる方です。

そこまで思い出した途端、頭が痛くなってまいりました。

私は公孫勝様を一人、お迎えしたいだけです。

それなのに攻略本どおり進めば、李逵様が同行し、帰りには湯隆様まで増えております。

一名を迎えるための出張が、なぜ人事案件へ膨らむのでしょうか。

「閻婆惜?」

戴宗様に呼ばれ、私は顔を上げました。

「ひとまず、お一人で前線へ向かってください」

「前線から先も一人なのか?」

私は答えられませんでした。

前線には、李逵様がおります。

しかも今回は、柴進様が捕らえられた原因を作ったという、たいへん強い責任感まで持っております。

妖術への備えは、公孫勝様を迎えれば整います。

問題は、その迎えへ向かう一行に、別の災厄が自ら加わろうとしていることでございました。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。


白秀英様のご懐妊は、ひとまず間違いないようです。

李応様には、お祝いを申し上げるより先に、白秀英様を寝台へ運ばないようお願いいたしました。

歩ける方を抱えて運ぼうとすると、夫婦仲に別の問題が発生いたします。


独龍岡の仕事については、すべて取り上げるのではなく、外を歩く役目だけ減らします。

白秀英様に話を持ち込む方々は、帳面の書き方を知らないこともございます。

困っていることを正確に説明できるとも限りません。

ですから、数字を確認するだけでは、白秀英様の代わりにならないのです。

李応様にも、その点は監督官としてご理解いただきました。

夫として納得なさったかどうかは、存じません。


さて、白い帳面に現れた「妖」の字ですが、あまりにも説明が足りません。

せめて高唐州、高廉、至急の三つくらいは添えていただきたいところです。

一文字だけ見せて、残りを私の記憶から探らせる仕組みは、警告というより連想ゲームではないでしょうか?


九天玄女様――

私は現在、梁山泊を経営しているのであって、試練を受けているわけではございません。


それでも、今回は戦いが始まる前に思い出せました。

高廉の妖術へ対抗するには、公孫勝様が必要です。


そこで戴宗様には、薊州へ直行せず、高唐州の陣を経由していただきました。

宋江様と呉用様へ先に知らせなければ、公孫勝様を迎えている間に、前線が何も知らず高廉へ攻めかかる恐れがございます。

警告が外れれば、慎重になっただけで済みます。

当たっていた場合、失った兵は帳面を直しても戻りません。


問題は、高唐州に李逵様がいることです。

柴進様を助けたいというお気持ちは、疑っておりません。

ただし、李逵様の責任感は、正しい方向へ進むとは限らないのです。

子供を殺そうとして戴宗様に止められた方が、今度は柴進様を救うため、公孫勝様のお迎えに加わろうとしております。

善意が強くなるほど、こちらの不安も増すという、たいへん珍しい方でございます。


しかも攻略本の記憶が正しければ、この出張は公孫勝様を連れ帰るだけでは終わりません。

道中で、鉄と武具に詳しい男が加わります。


金銭豹子・湯隆様――

まだお会いしてもいない方ですが、のちの梁山泊に必要となる人物です。

必要な人材が向こうから増えるのは、経営する側として喜ぶべきなのでしょう。


ですが、戴宗様へお願いしたのは、公孫勝様の召還です。

採用活動ではございません。

そして現在、戴宗様は二通の文を持って、高唐州へ向かっております。

前線でその任務を聞いた李逵様が、黙って見送るかどうか――


その一点についてだけは、白い帳面に尋ねるまでもございません。

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