表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/81

父はゲーム、娘は経営

閻婆惜でございます。


本日は、柴進様を救うため、梁山泊が高唐州へ兵を出すお話でございます。

原因については、先に申し上げておきます。

李逵様です……


詳しい説明を省いても、多くの方が納得なさったのではないでしょうか。

殷天錫を殴り殺した李逵様は梁山泊へ戻り、柴進様だけが捕らえられました。

反省のために預けた方が、新たな事件を起こして帰ってくる。

柴進様の屋敷は、問題のある頭領を置いておく施設ではございません。


ひとまず李逵様の処分は後に回し、救出軍を送ることになりました。

ただし、兵は気合だけで高唐州まで歩けません。

食べます。

負傷すれば薬も使います。

帰りには、行きより荷が増えることもございます。


父が遊んでいた水滸伝のゲームでは、食糧の数字を増やし、施設を建て、頭領を配置すれば要塞が育ちました。

娘の私は現在、本物の梁山泊と独龍岡を経営しております。

親子で同じことをしているように見えますが、こちらにはリセットがございません。

独龍岡は、梁山泊が一度壊した土地です。

今は農地と水路を直し、倉と寨門を整え、周辺の方々が逃げ込める要塞として再建しております。

李応様が監督し、杜興様が人と荷を動かし、白秀英様が暮らす方々の側から配分を見ておられます。

高唐州へ兵糧を送るために、独龍岡を空にするわけにはまいりません。

救出へ向かう方にも食事が必要ですが、残る方にも明日がございます。


林冲様は先陣を望み、李俊様は帰還時の舟まで考え、呉用様からは戦術上の助言をいただきます。

会長にあたる晁蓋様が承認し、社長にあたる宋江様が出陣し、専務にあたる呉用様が策を立てる。

では、その内容を一枚の稟議書へまとめるのは誰でしょうか?


私でございます。

ようやく救出計画が形になりかけた時、軍議へ持ち込まれた干し肉と塩漬けの魚が、思いがけない反応を引き起こしました。

高唐州へ向かう案件は一件です。


ところが、稟議を完成させるまでに、もう一件増えたようでございます。

柴進様が捕らえられました。

原因は、李逵様です……

この二行だけで事情の大半が説明できてしまうことに、私は深い疲労を覚えております。

子供を殺すなと命じられ、その子供を殺そうとして戴宗様に止められた方が、反省のため柴進様の屋敷へ預けられました。

そして今度は、殷天錫という成人男性を殴り殺した……

対象年齢を上げたことを、反省とは申しません。

しかも、捕らえられたのは李逵様ではなく柴進様です。

ご本人は、先に梁山泊へ逃げ戻っております。

反省期間どころか、損害だけを他人へ引き渡してきたように見えるのは、私の気のせいでしょうか……?

急報を受けた晁蓋様は、その場で救出を決められました。

宋江様も異を唱えず、林冲様は知らせを最後まで聞く前に立ち上がっております。

「柴大官人には、私も命を救われました。どうか先陣をお命じください」

声を荒らげてはいません。

それでも、今すぐ馬へ飛び乗りかねないことは、誰の目にも分かりました。

「待たれよ、林冲」

晁蓋様が止めます。

「救う……必ず救う。だが、兵を出せば済む話ではない」

そのとおりです。

柴進様を牢から連れ出しても、こちらの兵が高唐州で飢えれば、救出軍ごと捕らえられます。

勇気は必要ですが、糧食の代わりにはなりません。

同盟を結んだばかりの二龍山へも、捕縛の知らせを送ることになりました。

初めての緊急連絡です。

もう少し、両山の将来に希望を持てる内容を送りたかったものです。

時遷様に文を預けると、返書は予想より早く届きました。

封を開く前から、誰が書いたものか分かります。

潘巧雲様の筆でした。

冒頭には、柴進様を案じる言葉がありました。

続いて、ご自分と迎児様がかつて柴進様の屋敷で守られたこと、その恩を返すため、二龍山からも薬と兵糧を出したいので、必要な量と届け先を知らせてほしいと記されております。

文字は整っていました。

けれど、柴進様の名を書く筆だけが、わずかに強く紙へ入っています。

この文で、初めて捕縛を知ったのでしょう。

宴の席で、盟約とは関係のないことを一つ書きたいとおっしゃっていた件も、末尾に添えられていました。

「独龍岡の再建について、機会があれば詳しくお聞かせください。焼けた土地をどのように立て直し、誰が暮らしを支えているのか、今後の二龍山にも必要な知識になると思われます」

先輩――

九百年を超えても、仕事の話を見つけるのが早すぎませんか?

もっとも、独龍岡について話すなら、李応様だけを呼ぶわけにはまいりません。

現在、独龍岡一帯は、梁山泊の荘園であると同時に、後方を守る要塞でもあります。

祝家荘、扈家荘、李家荘があった土地を放置せず、農地と水路を直し、倉を建て直しました。

見張り台と寨門も整え、官軍が迫れば周辺の者を逃がせるよう、道を残しております。

李応様が監督官として全体を見て、杜興様が人足や荷の手配を動かす。

白秀英様は、帳面だけでは分からない暮らしの不具合を拾い、物資の配分や避難時の扱いを補佐しておられます。

私は梁山泊と独龍岡の帳面をつなぎ、旧李家荘に由来する土地と財は、ほかの収益と混ぜないよう記録しております。

いつか李応様が官を捨て、李家荘へ戻る日が来ても、焼け跡から始めさせないためです。

奪った年月は返せません。

失われた方々も戻りません。

それでも、帰る土地まで荒らしたままにしておくよりはましでしょう。

罪滅ぼしと呼べるほど軽い話ではございませんが、何もしない理由にはなりません。

父は、パソコンの中で梁山泊を経営しておりました。

田畑を増やし、倉を建て、頭領を配置して、数字が上がれば喜んでいたものです。

娘の私は、本物の梁山泊と独龍岡を経営しております。

親子二代で、何をしているのでしょうか?

しかも、父の要塞にはリセットがありましたが、こちらにはございません。

私は李応様、杜興様、白秀英様をお呼びしました。

柴進様と縁の深い林冲様、水軍頭領を代表する李俊様にも軍議へ加わっていただきます。

晁蓋様と宋江様、呉用様が席へ着いたところで、潘巧雲様の返書を読み上げました。

「二龍山から薬と兵糧を出せるそうです。必要量と届け先を、こちらから返します」

「ありがたい」

林冲様がすぐに答えました。

李応様は独龍岡の帳面を開き、杜興様と短く言葉を交わします。

白秀英様も横から数字を確かめておりました。

「中央の倉からなら、最初の分は出せます」

白秀英様が言います。

「東の倉は残してください。あそこは周辺の人たちが逃げ込んだ時に使う分です。高唐州へ送った後に独龍岡が空になったら、要塞にした意味がありません」

金を惜しんでいるのではございません。

救出軍へ送る一袋と、独龍岡に残す一袋の後ろに、それぞれ人がいることを知っているのです。

李応様も反対なさいませんでした。

「中央倉から出す。次の荷は収穫の見込みを見て決めよう」

「荷車はすぐに組めます」

杜興様が続けます。

「ただし、陸路だけでは遅れます。水路へ移せる場所まで運び、そこで積み替える方がよいでしょう」

李俊様が地図へ手を置きました。

「舟を出す。兵と荷を同じ速さで歩かせるな。帰りは負傷者が増える。空いた舟を、そのまま戻すと思わぬ方がよい」

前へ進む話をしている時に、帰還する者のことまで考えている。

やはり李俊様は、たいへんよくできた方です。

林冲様は一刻も早い出陣を求め、呉用様は高唐州へ入る前に斥候を出すべきだと応じました。

「柴大官人がどこへ入れられたかを確かめず、城へ押しかければ、向こうの思うままです。城外の兵を動かし、牢の位置を探らせましょう」

私は戦術について口を挟まず、呉用様の案を文へ落とすため、必要となる兵数と日数を確かめます。

晁蓋様が会長で、宋江様が社長、呉用様が専務にあたるとしても、三名が揃っただけで稟議書が完成するわけではございません。

私の仕事です。

李応様は出陣せず、独龍岡と梁山泊の後方支援を統括する。

杜興様は荷と人足を動かし、李俊様は宋江様の護衛を兼ねて、水路と退路を確保する。

林冲様の隊には扈三娘様と玉楼様を置きます。

戴宗様には最初の出陣へ加わらず、前線との連絡役として梁山泊へ残っていただきます。

「俺が山に残るのか?」

「最も速く走れる方に、最も急ぐ連絡をお願いいたします」

「物は言いようだな」

不満そうではありましたが、断られませんでした。

時遷様には、二龍山との往復を続けていただきます。

「文だけ運べばよいのか?」

「道中で官軍の動きを見かけた場合は、その報告もお願いいたします。ただし、調べるために近づきすぎないように」

「見つからずに戻れ、ということだな」

「時遷様へお願いする理由を、ご理解いただけて何よりです」

その時、杜興様が乾飯のほかに干し肉を積む話を始めました。

「すみません……今、干し肉の話はやめてください……」

白秀英様が口元を押さえました。

杜興様が言葉を止めます。

「では、塩漬けの魚を――」

「それも無理です……」

「秀英?」

李応様が横を向きました。

先ほどまで帳面を確かめていた白秀英様の顔から、血の気が引いております。

「どうした?」

「大丈夫です。ちょっと、気持ち悪くなっただけで……」

「それを大丈夫とは申さぬ」

「李応様の方が、顔色悪いですけど」

そう言った直後、白秀英様はもう一度口元を押さえました。

杜興様が女中を呼び、李応様はすぐに白秀英様の背へ手を添えます。

柴進様が捕らえられております。

救出軍の糧食を決めております。

二龍山との連絡も始まったばかりです。

それなのに現在、李応様の世界で最も重大な案件は、白秀英様の胃となりました。

「軍議は続けてください」

白秀英様が息を整えながら言います。

「ですが、秀英」

「柴進様を助ける話でしょう? 私が気持ち悪いくらいで止めないでください」

「くらいではない」

「では、東の倉を開けないことだけ、忘れないでください。あそこは籠城用です」

「分かっておる」

「本当に?」

「出さぬ!」

本日、最も力強い返答でした。

白秀英様は女中に付き添われ、李応様も部屋まで送るため席を外されました。

杜興様は一度だけその背を見送り、すぐ帳面へ戻ります。

「李応様が戻られるまで、私が詰めます」

頼もしい方です。

私は軍議の内容をまとめ、呉用様から戦術案を聞き直しました。

宋江様を総大将とし、林冲様を先陣へ置きます。

私は梁山泊に残り、戴宗様から前線の報告を受け、時遷様を通じて二龍山との連絡を続けます。

補給に変更が出れば、独龍岡へ回す。

救出軍が山を離れた後こそ、誰かが二つの拠点をつながなければなりません。

書き終えた稟議を持ち、私は晁蓋様の前へ進みました。

「晁蓋様、柴進様救出のための出陣について、承認をお願いいたします」

晁蓋様は文へ目を通し、最後に私を見ました。

「独龍岡の備えは崩さぬのだな?」

「はい、救出軍を送った後も、要塞として機能する分は残します」

「よし」

印が押されました。

これで救出軍は動けます。

その時、白秀英様に付き添っていた女中が戻り、入口で足を止めました。

「どうなさいました?」

女中は李応様のいない席を見てから、言いにくそうに声を落とします。

「奥方様にお尋ねしたところ……月のものが、しばらく来ておられないそうです」

軍議の空気が止まりました。

林冲様が目を伏せ、宋江様が咳払いをし、杜興様だけが天井を仰ぎます。

私は、押されたばかりの稟議書を見ました。

柴進様救出の案件は、ようやく承認されました。

その直後です。

李家の方では、承認も稟議もないまま、新しい案件が始まっていたようでございます。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。


柴進様救出の稟議は、晁蓋様の承認を得ました。

出陣する方だけを決めても、軍は動きません。

独龍岡の倉から出せる量を確かめ、二龍山から届く薬と兵糧が重ならないよう届け先を分け、舟へ積み替える場所を決める。

前線との連絡は戴宗様、二龍山との往復は時遷様にお願いいたしました。

私は梁山泊へ残ります。

戦場へ行かない者が安全とは限りません。

前線から「足りない」と文が届けば、存在しない物資まで帳面から出てくるわけではございませんので……


今回、独龍岡を再建しておいたことが、初めて大きな形で役に立ちました。

梁山泊が滅ぼした三つの荘を、そのまま食糧庫として使い潰すつもりはございません。

農地を戻し、倉を建て、防備を整えたのは、梁山泊を養うためだけではないのです。

官軍が来れば、周辺の方々が逃げ込める。

李応様がいつか戻るなら、李家荘を焼け跡から作り直さずに済む。

どちらも必要でした。


もちろん、土地を直したからといって、梁山泊が行ったことが消えるわけではございません。

壊した側が再建を始めただけで褒められるなら、世の中の罪滅ぼしはずいぶん簡単です。

ですから、これは善行ではなく返済です。

しかも、まだ元金にも届いておりません。

白秀英様が東の倉を残すよう求めたのも、そのためです。

救出軍へすべて渡せば、目の前の柴進様は助けられるかもしれません。

その代わり、独龍岡へ逃げてきた方々が飢える。

一方を救うため、別の方へ請求書を回すわけにはまいりません。


もっとも、白秀英様ご本人には、別の意味で食べられない物が増えているようです。

干し肉も駄目。

塩漬けの魚も駄目。

月のものもしばらく来ていない。

まだ医師の診立ては受けておりませんので、妊娠と確定したわけではございません。


ただし、李応様はすでに、柴進様救出より深刻な顔をしておられます。

救出軍の兵糧については杜興様へ任せられますが、白秀英様の体調については、誰にも任せる気がないようです。

李家の新しい案件には、稟議も承認もございませんでした。


ですが、本来、命が始まるために梁山泊の許可など必要ありません。

必要ないのですが――

せめて担当者への事前連絡は欲しかったところです。


高唐州へ向かう準備は整いました。

兵もおります。

糧もございます。

退路も、連絡手段も確保しました。

稟議書に不足はありません。

不足していたのは、私の記憶でした。

攻略本で何度も見たはずの高唐州の一件から、ひとつだけ重大な要素が、きれいに抜け落ちていたのです。


この時の私は、まだそれに気づいておりませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ