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本人の意思

閻婆惜でございます。


本日は、二龍山より届いた照会文への正式回答を整える予定でございました。


予定でございました……

この一文が出た時点で、だいたい何かが起きます。

十字坡にいた女二名について、梁山泊として詮索を命じた事実はございません。

ですが、楊雄様と石秀様が私的に動き、王英様が余計な火種を渡していたことは分かりました。

さらに、二龍山の文には書かれていなかった潘巧雲様と迎児様のお名前を、楊雄様ご自身が口にされました。

ここまで来れば、通常は止まるべきでございます。


ところが楊雄様は、ここで「ならば、俺は直接聞く」とおっしゃいました。

違います。

それは本人の意思確認ではございません。

夫の立場と梁山泊の名を背負って相手の逃げ込んだ先へ向かう時点で、ただの確認ではなく圧になります。

前世であれば、ストーカー規制法違反を疑われる案件でございます。


ただ、この梁山泊には警察がございません。

代わりにいらっしゃるのは、怒る晁蓋様、とりなす宋江様、火消しと言いながら時々火元にもなる呉用様、そして白い帳面を押さえる私でございます。

本日は、「夫が聞きたいこと」ではなく、「本人が安全に答えられるか」を確認いたします。


ただし、止めるべき足が、本当に止まるとは限りません。

しかも、白い帳面の火は、まだ消えておりません。

「ならば、俺は直接聞く」

楊雄様が、声を押し殺して言いました。

その瞬間、白い帳面の奥で、火の影がまた濃くなった気がいたしました。

当然でございます。

燃えます。

それはもう、よく燃える案件でございます。

直接聞く――

本人の意思を確かめる――

言葉だけなら、いかにも正しいように聞こえます。

ですが、この場合は違います。

逃げた女を、夫が追う。

しかも夫は梁山泊の者で、背後には宋江様も晁蓋様も呉用様もおります。

ひとりで行っても相手を萎縮させます。

複数で行けば、さらに逃げ場を塞ぎます。

武器を持って行けば、確認ではなく脅しです。

前世の感覚で申し上げれば、ただのストーカー夫ですね。

場合によっては、ストーカー規制法違反で捕まります。

もちろん、この世界にその法律はございません。

そこが本当に残念です。

代わりに存在するのは、斧を持った方、槍を持った方、策を練る方、そして書類を軽んじる方々です。

悪化条件だけが揃いすぎています。

「楊雄様」

私は白い帳面から手を離さずに言いました。

「それは、本人の意思確認にはなりません」

楊雄様の目が、こちらへ向きました。

「何だと?」

「夫である方が、梁山泊の者として、相手の逃げ込んだ先へ赴く。その時点で、相手には圧がかかります」

「俺は、ただ聞くだけだ」

「ただ聞くだけ、という言葉ほど危険なものはございません」

王英様が、ほんの少し目を逸らしました。

たぶん、先ほどの「言っただけ」を思い出したのでしょう。

よろしい。

少しは効いております。

「楊雄様が直接お聞きになれば、潘巧雲様は答えざるを得ない立場に置かれます」

私は続けました。

「それは自由な意思の確認ではなく、夫の立場を使った圧でございます」

「俺は夫だ!」

楊雄様の声が荒くなりました。

その瞬間、晁蓋様が立ち上がりました。

椅子が床を擦り、部屋の空気が一気に張り詰めます。

「黙れ、楊雄!」

雷のような一喝でした。

楊雄様の肩が震えました。

石秀様も顔を上げます。

王英様は完全に身を縮めました。

できれば、そのまま学習していただきたいところです。

晁蓋様は、楊雄様だけでなく、石秀様にも鋭い目を向けておられました。

「そなたら、まだ分からぬか」

「晁蓋兄貴、俺は――」

「黙れと言った!」

楊雄様の言葉が切れました。

晁蓋様の怒りは、もう隠れておりません。

「祝家荘の時もそうであった。そなたらの事情が山を動かし、李応の屋敷は焼け、多くの者が死んだ。あの時も火は広がった。今度は二龍山か。十字坡か。女二人を追うために、また梁山泊を巻き込むつもりか!」

石秀様が拳を握りました。

けれど、言い返しません。

言い返せないのでしょう。

祝家荘の件は、彼らにとっても軽くない。

ただ、重いからこそ、見ないふりをしていた部分もあるはずです。

そこへ晁蓋様が、正面から刃を入れました。

「これは義の案件ではない」

晁蓋様は言いました。

「夫婦の情でもない。梁山泊の名を背負って、逃げた女を追い詰めるなら、義もへったくれもないわ!」

部屋の中で、誰も動きませんでした。

王英様など、息まで控えているように見えます。

晁蓋様の怒りは王英様にも刺さっているのでしょう。

刺さっていてください。

ぜひ――

「楊雄、石秀」

晁蓋様が二人を名指ししました。

「これ以上、勝手に動くなら梁山泊には置かぬ」

空気が凍りました。

追放――

その言葉は出ていません。

けれど、意味は明らかでした。

楊雄様の顔から血の気が引きます。

石秀様も、初めて深く息を吸いました。

「晁蓋殿」

そこで宋江様が口を開きました。

「お待ちくだされ。楊雄にも思うところはあろう。石秀も兄弟のために動いたのであろう」

宋江様の声には、苦さがありました。

庇いたい。

けれど、全面的には庇えない。

そんな響きです。

晁蓋様は宋江様を見ました。

「宋江殿、そなたも分かっておろう。二龍山から正式な照会が来ておる。こちらが命じておらぬと言うだけでは足りぬ。すでに梁山泊の名が相手に見えておる」

「分かっている」

宋江様は静かに答えました。

「だからこそ、ここで二人を外へ放り出せば、余計に危うい。山の外で勝手に動けば、さらに火が広がる」

なるほど――

宋江様は情だけで止めているのではありません。

朱仝様の件で、「わしの名で人が動く」怖さを知ったばかりです。

今ここで楊雄様たちを切り捨てれば、梁山泊の外で暴走する可能性がある。

それは確かに困ります。

とても困ります。

「晁蓋殿」

呉用様も口を開きました。

「お怒りはもっともです。ただ、今ここで処分を先に決めれば、二龍山への返答が後手に回ります。まずは二人を監督下に置き、接触を禁じた上で、こちらの正式な回答を出すべきかと」

晁蓋様の目が呉用様へ向きました。

「そなたはまた策で収めるつもりか」

「策ではございません。火消しでございます」

呉用様が、扇を閉じたまま答えました。

「この件は、動かせば動かすほど燃え上がります。ならば、動けぬ形にするしかありません」

私は、心の中で少しだけ頷きました。

呉用様、今のは良いです。

火消しと言えるだけ、かなり進歩しております。

ただし、火をつける側にも回りがちな方なので、油断は禁物です。

「閻婆惜」

晁蓋様が私を見ました。

「そなたはどう見る?」

来ました――

揉めてから実務担当に振るやつです。

現代の会議でもございました。

本当にやめていただきたい……

ですが、ここで逃げるわけにはまいりません。

「追放は、今は避けるべきでございます」

私が言うと、楊雄様の目が一瞬動きました。

助かったと思われたなら困りますので、続けます。

「ただし、無罪放免ではございません。楊雄様、石秀様には、二龍山および十字坡に関する単独接触を禁じるべきです。王英様も同様です」

王英様が小さく肩を落としました。

落としていてください。

地面より深く落としてください。

「また、二龍山への正式回答には、梁山泊として詮索を命じた事実はないこと、関係者の私的な聞き込みがあった可能性を確認したこと、今後こちらの許可なく接触させないことを明記いたします」

呉用様が頷きました。

宋江様も黙って聞いておられます。

「女二名については、こちらから名を書きません」

「なぜだ?」

楊雄様が問いました。

私は彼を見ました。

「二龍山の文に名がないからでございます。相手が伏せている名を、こちらから文に出せば、保護されている方々を晒すことになります」

楊雄様が唇を噛みました。

「巧雲は、俺の妻だ」

「先ほども申し上げました。夫であることと、本人の意思を無視してよいことは別です」

楊雄様の目には、怒りと焦りがほどけないまま残っておりました。

けれど、もう大声は出ません。

晁蓋様の一喝が効いています。

たいへんありがたいです。

大声を止めるには、さらに大きな声が必要な場合もございます。

実務としてはあまり推奨されませんが、梁山泊ではたまに必要です。

「本人の意思の確認が必要であれば、二龍山側から文で返していただく形にいたします」

私は続けました。

「こちらが直接出向くのではなく、相手の保護下で、本人が答えられる環境を保つこと。これが最低条件でございます」

石秀様が初めて、こちらへまっすぐ視線を向けました。

「それでは、向こうの言いなりではないか」

「違います」

私は即答しました。

「これは、こちらが相手の線を守ることで、梁山泊の責任を軽くするためでもございます」

石秀様の眉が動きました。

「二龍山が『本人の意思なく渡さない』と書いてきた以上、こちらがそれを破れば、梁山泊は女二名を奪いに来た山になります。そうなれば、二龍山と争う大義を相手に渡すことになります」

呉用様の目が鋭くなりました。

今の部分は、呉用様にも刺さったのでしょう。

大義とは、争う理由であり、山を動かす名目です。

そこを先に取られてはいけません。

潘巧雲様――

あなた様、やはりただ逃げただけではございませんね。

二龍山の文は、こちらの足を止めるために書かれています。

しかも、名を伏せたまま……

守るために伏せ、問うために記録し、こちらに答えさせる。

文で相手の行動範囲を狭める。

前世の会社なら、法務部が泣いて喜ぶか、胃薬を増やすかのどちらかです。

たぶん両方です。

「婆惜の言う通りだ」

宋江様が言いました。

「こちらから名は出さぬ。二龍山へは、梁山泊としての回答を出す」

晁蓋様は、なお怒りを収めきっていない顔でした。

けれど、宋江様と呉用様、そして私の案を聞いた上で、ようやく頷かれました。

「よかろう」

短い一言でした。

「楊雄、石秀……今日より、二龍山および十字坡に関する私的行動を禁ずる。王英も同じだ。破れば、次は庇わぬ」

「……承知した」

石秀様が先に答えました。

王英様も、すぐに頭を下げます。

「承知しました」

しかし、楊雄様は答えませんでした。

その沈黙が、いちばん危険です。

返事をしない者は、まだ心の中で別の道を探しております。

私は文机へ向かい、二龍山への返答文を開きました。

梁山泊として、二龍山周辺の詮索を命じた事実はない。

関係者による私的な聞き込みがあったことは確認した。

今後、許可なく二龍山および十字坡周辺へ接触させない。

女二名について、本人の意思なき引き渡しを求めない。

そこまで書いて、私は筆を止めました。

楊雄様は、まだ「承知した」とは言っておりません。

石秀様は、楊雄様を見ています。

宋江様も、晁蓋様も、呉用様も、それぞれ違う沈黙で彼を待っておられました。

部屋の中で、白い帳面の頁だけが、かすかに震えています。

火の影は、まだ消えておりません。

ただ、その火の向こうに、細い墨の線が一本だけ伸びていました。

道です。

梁山泊から、二龍山へ向かう道。

文を運ぶための道であればよい。

人が勝手に踏み出す道でなければよい。

私は筆を置き、楊雄様を見ました。

悪くなりきる前に止める。

そう決めたはずなのに……

止めるべき足は、まだ梁山泊の中にございました。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。


本日の確認事項は、以下の通りでございます。

本人の意思を確認する場合、まず本人が安全に答えられる場所を確保してくださいませ。

聞く側が夫であり、相手が逃げ込んだ先にいる場合、その確認は簡単に圧力へ変わります。

「直接聞くだけ」とおっしゃる方ほど、相手が断れる状態にあるかどうかを考えておられないことがございます。

大変危険です。


また、梁山泊の名を背負った者が私的な事情で外部勢力の周辺を探れば、当人のつもりとは関係なく山全体の問題になります。

命じていないから無関係、では済みません。

相手から見えているのは、個人の顔ではなく、梁山泊の旗でございます。

夫であることは事情の一つです。

ですが、本人の意思を押しのけてよい理由にはなりません。

逃げた者を追う時点で、追う側の言葉は重くなります。

その重さを理解しないまま「聞きたい」と言われましても、こちらとしては止めるほかございません。


なお、勝手に動いた者をただちに追放すればよい、というものでもございません。

山の外へ出した途端、さらに勝手に動かれては、火消しどころか延焼でございます。

今回は、追放ではなく監督下に置き、接触禁止と正式回答を文に残す形といたしました。

文にすることは面倒でございます。

しかし、面倒だからこそ効く場合がございます。

口約束は風に流れますが、書かれた禁止事項は後で突きつけることができます。

問題は、全員が素直に承知するとは限らない点です。


石秀様は承知されました。

王英様も、ひとまず頭を下げられました。

ですが、楊雄様はまだ返事をされておりません。

沈黙は、同意とは限りません。

むしろ、別の道を探している音が聞こえないだけの場合がございます。


皆様も、会議の最後に一人だけ返事をしない方がいた場合は、議事録を閉じる前に必ず足元をご確認くださいませ。

しかも、白い帳面の火は、まだ消えておりません。

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