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呼び出すはずの相手がいない

閻婆惜でございます。

本日は、楊雄様と石秀様の所在確認を行います。

二龍山より届いた照会文には、十字坡にいた女二名の行方を探る者がいる、と記されておりました。

しかも、その問いの中に楊雄様と石秀様の名が関わるようにも聞こえるとのこと。

梁山泊の命なのか?

それとも、個人の私事なのか?

まずは御本人方に確認する必要がございます。

……と、思っておりました。

ところが、呼び出すはずの御二方が、すでに寨内におられません。

この時点で、確認は確認ではなく、緊急対応へ変わります。

戴宗様は朱仝様の件で外に出ております。

兵を出せば、二龍山への圧になります。

ならば必要なのは、捕らえる者ではなく、見て戻る者。

つまり、時遷様でございます。

ただし、この件にはさらに余計な名前が混ざってまいります。

女絡みの案件で、できれば一番混ぜたくない方。

白い帳面も、どうやら黙っていてはくれないようです。

呼び出すはずの相手が、すでにいない――

この時点で、会議は会議ではなくなります。

処理です。

しかも、かなり嫌な処理です。

「楊雄様、石秀様のお二方、今朝より寨内にお姿がございません」

使いは戸の外で、額を床につけるようにしていました。

私は二龍山からの照会文を握ったまま、しばらく息を止めました。

二龍山は問いかけてきています。

そちらの者が、こちらの周辺を探っている。

それは梁山泊の命か?

それとも私事か?

その答えを整える前に、名を挙げられた二人が寨内から消えた。

最悪です……

静かな書状が、いきなり火種になりました。

「どこへ行った?」

宋江様の声が低くなります。

「南の道へ下りた者を見たという話がございます。ただ、夜明け前で、確かとは……」

「門番は何をしておった?」

晁蓋様が穏やかに問いかけました。

怒鳴ってはいません。

ですが、怒鳴るより重い声でした。

使いが肩を震わせます。

「まことに、申し訳ございません」

晁蓋様は舌打ちをなさいませんでした。

その代わり、卓の上に置かれた二龍山の書状を睨みます。

「楊雄、石秀……」

静かな呟きでした。

「祝家荘の折にも、あの二人のことで山は大きく動いた」

部屋の空気が、さらに冷えました。

そうです。

晁蓋様にとって、楊雄様と石秀様は単なる新参ではありません。

祝家荘に梁山泊が深く関わるきっかけを持ち込んだ方々です。

あの戦で多くの者が動き、李応様の屋敷も焼かれ、扈三娘様の人生も大きく曲がりました。

今度は、二龍山です。

しかも、女二人の件。

晁蓋様が快く思うはずもありません。

「兵を出す」

晁蓋様が言いました。

その言葉に、誰もすぐには答えません。

出したい。

追いたい。

捕まえたい。

気持ちは分かります。

けれど、ここで兵を動かせば、二龍山にはどう見えるでしょうか?

照会文を送った直後、梁山泊が兵を出した。

それだけで、こちらは返事をする前に返事をしたことになります。

「お待ちください」

私は声を挟みました。

晁蓋様の視線がこちらへ向きます。

「婆惜、止めるのか?」

「兵は止めます」

「二人を放っておくのか?」

「放ってはおけません。ですが、兵ではなく、目を出します」

「目?」

「見つけるだけです。捕らえず、話しかけず、二龍山側にも接触しない方が必要です」

宋江様がすぐに察したように言いました。

「時遷か?」

「はい」

戴宗様がいれば、話は早かったでしょう。

けれど戴宗様は、朱仝様の件で外に出ています。

李逵様を止め、小衙内様を守るために必要な人員です。

あちらも重要。

こちらも重要。

重要案件は、なぜ同じ日に重なるのでしょうか。

前世でもそうでした。

一つの役員会議を処理している最中に、別の常務案件が横から燃える。

そして全員が言うのです。

なぜ早く分からなかったのか、と……

分かっていても、人手が足りない時は足りません。

「戴宗は朱仝の件に出ておる」

宋江様が、苦い声で言いました。

宋江様は朱仝を呼び捨てになさいます。

親しいからでしょう。

原典でも、朱仝様は宋江様を助ける側に回った方です。

その朱仝様を梁山泊へ動かすため、今、戴宗様が外にいる。

小衙内様の命は守る。

でも、朱仝様が傷つかないわけではない。

九天玄女様の手のひらの上で、私はせいぜい最悪を避けているだけです。

悪くなりきらせない。

それが、精一杯です。

「時遷を呼べ」

晁蓋様が命じました。

ほどなくして、時遷様が姿を見せました。

音もなく入ってくるあたり、いつ見ても職務適性が高すぎます。

履歴書に書きづらい特技ですが。

「婆惜様、俺ですかい」

「楊雄様と石秀様が寨内におりません」

時遷様の顔から、軽さが薄くなりました。

「探せと?」

「探してください。ただし、見つけても近づかないでください」

「近づかない?」

「二人に気づかれず、行き先だけを確認してください。追いついても止めない。話しかけない。二龍山の者と会っても名乗らない。分かった時点で、戻って報告をお願いします」

時遷様は、少しだけ口角を上げました。

「見て帰るだけですか?」

「それが一番難しいのです」

「止めたくなっても?」

「止めないでください」

「殴り合いになりそうでも?」

「戻ってください」

「相手が二龍山へ入っても?」

「境に入る前に戻ってください。入った後なら、追わずに引いてください」

時遷様の目が細くなります。

軽口は消えていました。

「随分慎重ですな?」

「慎重でなければ、二龍山からの照会文をこちらが踏み潰すことになります」

宋江様が小さく頷きました。

晁蓋様は不満そうでしたが、反対はなさいません。

呉用様は扇を閉じています。

何かを考えている顔です。

「二龍山へ仮の返答を出すか」

呉用様が言いました。

「出します。ただし、正式回答ではございません。照会を受領し、現在確認中であること。梁山泊として詮索を命じた事実は確認されていないこと。関係者の所在を調べていること。まずはそこまでです」

「保護下の者については?」

宋江様が尋ねました。

「本人意思を尊重する、と入れます」

私は即答しました。

この一文は外せません。

二龍山が引いた線を、梁山泊が無視しないと示す必要があります。

ここで曖昧にすると、楊雄様と石秀様の私事が、そのまま梁山泊の意思に化けます。

「よかろう」

晁蓋様が低く言いました。

「だが、楊雄と石秀が勝手に動いたなら、戻った時にはただでは済まぬ」

「はい」

それは必要です。

ただし、先に捕まえなければ、叱ることもできません。

叱る相手がいない説教ほど、むなしいものはございません。

時遷様は南の道について短く確認しました。

夜明け前に門を出たらしいこと。

馬は減っていないこと。

大きな荷も持っていないこと。

門番の見た背格好が二人に似ていたこと……

そのあたりを聞き終えると、彼はすぐに出ていきました。

足音は、途中で消えます。

本当に便利です。

便利すぎて、逆に管理が難しい人材です。

私は文箱を引き寄せました。

二龍山への仮返答を書き始めます。

文は短くなければなりません。

長い言い訳は、かえって怪しまれます。

照会を受け取った。

梁山泊として命じたものではない。

ただし、名の挙がった者の所在確認を進めている。

保護下の者を本人意思なく引き渡すよう求める意図はない。

今の段階で書けるのは、そこまでです。

書けないことを、書けるふりはしません。

「婆惜」

宋江様の声がしました。

「はい」

「わしの名で、人が動く」

筆が止まりました。

宋江様は、照会文ではなく、戸の方を見ています。

「朱仝の件もそうだ。わしが望んだと言えば、皆が動く。わしが命じておらぬと言っても、相手には通じぬ時がある」

重い言葉でした。

宋江様は、分かり始めておられます。

自分の徳が、人を救うだけではないことを……

人を集め、人を動かし、時には人の道を塞ぐことを……

「でしたら、知った時点で止める仕組みを作るしかございません」

私は答えました。

慰めるより、そちらの方が必要です。

「遅くともか?」

「はい、遅くても、何もしないよりましです」

宋江様は少しだけ笑いました。

「婆惜は、本当に容赦がない」

「この程度で済ませております」

晁蓋様が短く息を漏らしました。

笑ったのか、呆れたのかは分かりません。

仮返答の下書きが形になった頃、外の光が少し変わっていました。

時遷様は戻りません。

まだ早すぎる時間でもあります。

十字坡は近所の茶屋ではありません。

二龍山も、ふらりと行って戻れる距離ではない。

戻らないからといって、すぐに失敗とは言えません。

ですが、戻らない時間は、胃を削ります。

「遅いのか」

晁蓋様が言いました。

「まだ判断できません」

私は答えました。

「早く戻れば、近くで見つけたということです。戻らなければ遠くまで追っている可能性があります。ただ、どちらにしても良い知らせとは限りません」

「厄介だな」

「はい」

厄介です。

現場の報告を待つ時間は、何度経験しても慣れません。

その時、廊下の向こうから足音が近づきました。

軽い足ではありません。

時遷様ではない。

使いが戸の外で膝をつきました。

「申し上げます」

胸の奥が冷えました。

「南門の者より、追加の報せにございます」

「申せ」

晁蓋様の声が低く響きます。

「楊雄様、石秀様に似た二人が寨を出る前、王英様と言葉を交わしていたとのことにございます」

王英様――

ここで、その名が出ますか……

私は思わず目を閉じかけました。

女絡みの案件で、一番混ぜたくない名前です。

扈三娘様の件で、すでに十分に懲りていただきたかった。

できれば、かなり深く。

晁蓋様の拳が、卓を低く叩きました。

乾いた音ではありません。

重い音でした。

「王英を呼べ」

部屋の空気が変わりました。

使いが走ります。

宋江様は何も言いません。

呉用様も扇を動かしません。

私は仮返答の紙を押さえました。

まだ時遷様は戻っていない。

楊雄様と石秀様の行き先も分からない。

ただ、嫌な名前だけが先に戻ってきました。

ほどなくして、王英様が入ってきました。

いつものように、どこか軽い足取りです。

しかし、晁蓋様の顔を見た瞬間、その軽さが少し萎みました。

「晁蓋兄貴、何か御用で?」

「今朝、楊雄と石秀に会ったか」

王英様は一瞬だけ目を動かしました。

「いや、まあ、顔は見ましたがね」

「何を話した?」

「大したことじゃありやせん。ただ、あの二人が何やら急いでおりましたんで」

晁蓋様の声が、さらに低くなりました。

「ただ、では済まぬ」

王英様の口が止まりました。

「二龍山から照会が来ておる。楊雄と石秀の名が出ておる。その二人が寨を出た。その前に、そなたが言葉を交わしていた。これを、ただの雑談と申すか?」

「俺は、何も……」

「祝家荘の折にも、あの二人のことで山は大きく動いた」

晁蓋様は立ち上がりませんでした。

座ったまま、王英様を見据えています。

「今度は二龍山だ。そなたは、女のこととなると口も足も軽くなる。梁山泊の名まで軽くするな」

王英様の顔から、薄笑いが消えました。

私は、息を浅くしました。

ここから先を誤ると、王英様は言い逃れます。

怒鳴りすぎても、黙ります。

軽く扱えば、調子に乗ります。

本当に扱いづらい。

「王英様」

私は静かに呼びました。

「楊雄様と石秀様に、何をお話しになりましたか」

王英様はこちらを見ました。

目が泳いでいます。

「だから、大したことは……」

その時でした。

卓の端に置いていた白い帳面が、音もなく開きました。

風はありません。

誰も触れていません。

頁が一枚、勝手にめくれます。

私は息を呑みました。

白い紙面に、薄い墨のような影が浮かびます。

まず、坂道のような線が現れました。

その先に、逃げる女の影がにじみます。

さらに奥で、火の色だけが揺れました。

そして最後に、歪んだ小さな一字が滲みます。

王――

王英様の顔色が変わりました。

見えていないはずです。

それでも、何かを感じたのかもしれません。

晁蓋様が立ち上がりました。

「王英」

その声は、もう叱責ではありませんでした。

「洗いざらい申せ」

王英様の喉が、小さく鳴りました。

私は白い帳面を押さえました。

悪くなりきる前に止める。

そう決めたはずです。

けれど、帳面に浮かんだ火の字は、まだ消えませんでした。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。

本日の確認事項は、以下の通りでございます。

関係者を呼び出す際は、まず相手が寨内にいるかどうかを確認いたしましょう。

不在が判明した時点で、通常の聞き取りは緊急対応へ切り替わります。

ただし、外部勢力が関わる案件では、慌てて兵を出すことが最善とは限りません。

相手から正式な問い合わせを受けている最中に武装した者を動かせば、こちらに敵意があると受け取られる恐れがございます。

こういう場合は、捕らえる者ではなく、見て戻る者を出す方が安全です。

また、事情を知っているかもしれない方が「大したことではない」とおっしゃった場合ほど、大したことになっている可能性がございます。

特に、過去に似たような案件で問題を起こした方が関わっている場合は、雑談扱いせず、発言内容を確認してください。

白い帳面が勝手に開いた場合は、通常業務の範囲を超えております。

皆様も、会議の前に出席者が消えていた時は、怒る前に門番と余計な雑談相手をご確認くださいませ。

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