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余興のための方ではございません

閻婆惜でございます。

本日は、李応様を迎える宴が開かれます。

梁山泊としては、歓迎のつもりなのでしょう。

ですが、李家荘を焼かれたその日に、酒と肉を並べて笑えと言われても、困る方は困ります。

さらに、白秀英様は名の知られた歌妓でございます。

宴席におられるだけで、歌を、舞を、と求められかねません。

けれど、白秀英様は余興のために梁山泊へ来た方ではございません。

宴席から逃げ、李応様に守られて、ようやく座る場所を得た方です。

歓迎とは、相手をこちらの都合で笑わせることではありません。

まず、安心して座れる場所を用意することです。

本日は、その確認をいたします。

宴は、支度が整ったと聞いた時点で、すでに半分失敗していました。

李家荘を焼かれた当日に、李応様を迎える宴。

言葉だけなら、聞こえはよろしい。

ですが、歓迎とは、相手をこちらの席へ座らせて笑わせることではございません。

まず、相手が安心して座れる場所を用意することです。

聚義庁へ向かう廊下には、酒の匂いと肉を焼く匂いが流れていました。

奥からは、すでに男衆の笑い声が聞こえます。

悪意はないのでしょう……

新しく来た者をもてなす。

梁山泊では、それが礼のつもりなのかもしれません。

ですが、礼は受け取る側が息を詰まらせた時点で、ただの圧になります。

私は小部屋を出る前、呉用様の前へ置いた白紙を振り返りました。

李家荘の件を書いていただくはずの稟議書です。

まだ何も書かれていません。

早くも、次の未処理案件が積み上がっております。

業務量の見積りが甘すぎますね、梁山泊……

聚義庁へ入ると、席はすでに整っていました。

晁蓋様と宋江様は上座におられます。

宋江様の顔には、先ほどの小部屋で聞いた話の重さが残っていました。

晁蓋様も笑ってはいません。

けれど、広間全体は違います。

酒が回り、器が鳴り、頭領たちが声を上げる。

李応様と杜興様が入ってきた時、いくつもの視線がそちらへ向きました。

李応様の左腕には、まだ包帯があります。

隣には白秀英様。

少し俯き、李応様のすぐ近くに立っていました。

李応様は、聚義庁の空気を一目で見て、表情を消しました。

杜興様はさらに分かりやすい。

顔面凶器に、不機嫌という追加装備が付きました。

防御力が高すぎます……

「李応殿」

宋江様が立ち上がりました。

「まず、わしから詫びねばならぬ。此度のこと、わしは屋敷を焼けと命じたわけではない。されど、李応殿を迎えたいと申したのはわしだ。結果として、そなたの家を失わせた。申し訳ない」

広間の音が、少しずつ弱まりました。

晁蓋様も立ちます。

「わしも梁山泊の頭領として、知らぬでは済まぬ。李応殿、杜興殿、李家の者たちにも、改めて詫びる」

男衆の顔が変わります。

歓迎の宴だと思っていた場に、いきなり謝罪が置かれたのです。

しかし、そこを省けば、この宴は最初から空になります。

李応様は、しばらく二人を見ていました。

「承った」

短い返答でした。

許したとは言っていません。

当然です。

家を焼かれた日の夜に、笑って許す方が怖い。

宋江様も、それ以上を求めませんでした。

「本日は、まず身を休められよ。盃を急がせることはせぬ」

よろしい。

そこまでは、先ほどの小部屋で確認した内容に沿っています。

私は少しだけ息を吐きました。

しかし、安心には早すぎました。

宴は、一人の挨拶だけで動いているわけではありません。

肉を運ぶ者。

酒を注ぐ者。

席を整える者。

場を盛り上げようとする者。

その一つ一つが、別の判断で動きます。

そして、別の判断は、時に余計なことをします。

李応様の席は、上座に近い場所へ用意されていました。

白秀英様は、その隣です。

杜興様は白秀英様の外側へ座り、男衆からの視線を遮る位置を取ります。

配置としては悪くありません。

白秀英様の指が、わずかに李応様の袖へ触れていました。

怖いのでしょう。

李応様は何も言わず、席の間を少し詰めました。

その一動作だけで、白秀英様の肩がほんの少し下がります。

本人の意思確認は済んでいます。

嫌がっていない。

むしろ、離される方を怖がっている。

であれば、今の配置は正しい。

私は女衆へ、白秀英様へ酒を注がせないよう目で合図しました。

その時でした――

「白秀英殿というのは、鄆城で名の知られた白秀英殿か」

声を上げたのは宋清様でした。

宴の支度を取り仕切っていたのでしょう。

悪意のある声ではありません。

むしろ、場を明るくしようとした声です。

「歌と舞に優れた方と聞いたことがある。せっかくの席だ。ひとつ御披露いただければ、皆も喜ぶのではないか」

白秀英様の指が止まりました。

顔から血の気が引いていくのが見えます。

聚義庁の広さも、酒の匂いも、男衆の視線も、その一言で全部、白玉喬の宴席へ戻ったのでしょう。

歌え……

舞え……

酒を注げ……

笑え……

最悪の場合、その先まで求められる……

白秀英様は逃げてきた方です。

余興のために来た方ではありません。

「無理、です……」

かすかな声が、李応様の袖の近くで落ちました。

その瞬間、李応様が盃を置きました。

大きな音ではありません。

けれど、聚義庁の空気が止まるには十分でした。

「秀英は、芸を見せるためにここへ来たのではない」

低い声でした。

宋清様が戸惑います。

「いや、李応殿。祝いの席ゆえ、皆で――」

「俺の夫人だ」

李応様が遮りました。

「祝いと称して、俺の妻を見世物にするつもりか」

宋清様の顔色が変わりました。

白秀英様も固まっています。

夫人ではなく、妻――

言葉が一段深くなりました。

白秀英様の頬が、恐怖とは別の色に染まります。

この状況で赤くなるとは、本当に忙しい方ですね。

いえ、分析している場合ではございません。

杜興様が、静かに身を乗り出しました。

「白秀英殿は、宴席へ出されることから逃げてきた方だ。旦那様の夫人としてここにいる。余興に呼ぶ相手ではない」

声は荒くありません。

だから余計に、場が凍りました。

宋清様は、ようやく自分の言葉が何を踏んだのか理解したようでした。

「そ、そのような事情とは知らず……」

「知らなかったことは、理由になります」

私は前へ出ました。

「ですが、知らなかったまま求めたことは、こちらの不手際です」

宋清様が私を見ます。

私はまず李応様へ頭を下げました。

「李応様。白秀英様。こちらの周知が不足しておりました。申し訳ございません」

李応様は無言です。

怒りを収めたわけではありません。

ただ、私が何を言うか見ている。

白秀英様は、李応様の袖を掴んだまま、こちらを見上げていました。

「白秀英様」

「……はい」

「歌う必要はございません。舞う必要も、酒を注ぐ必要もありません。御本人が望まない限り、宴席の余興を求められることはございません」

白秀英様の目が揺れました。

涙ではありません。

息を取り戻したような揺れです。

私は聚義庁の中へ向き直りました。

「皆様へ申し上げます」

ざわめきが消えました。

「白秀英様は、李応様の御夫人としてこちらにおられます。歌妓として名を知られていたとしても、本人の意思なく歌舞を求めてはなりません。酒席の相手をさせることも、余興へ立たせることも禁じます」

王英様の方角で、誰かが身じろぎしました。

私は見ません。

見れば、その者のための注意に見えてしまいます。

これは個人への釘刺しではありません。

梁山泊全体への通達です。

「用件がある場合は杜興様を通してください。白秀英様へ直接近づくことも、芸を求めることも、李応様への無礼とみなします」

杜興様が短く頷きました。

顔が怖い……

この規定に違反した場合、処罰より先に物理的な理解が発生しそうです。

宋清様は深く頭を下げました。

「白秀英殿、軽率であった。許されよ」

白秀英様は、すぐには答えませんでした。

当然です。

謝られたからといって、即座に笑う義務はありません。

しばらくして、小さく頷きます。

「……承知しました」

声はまだ細い。

それでも、逃げずに言いました。

李応様が白秀英様の椅子を、御自分の方へ少し寄せました。

「秀英」

「はい」

「歌わなくてよい。踊らなくてもよい。そなたが望まぬ限り、誰にも命じさせぬ」

白秀英様の指が、李応様の袖をまた強く掴みます。

「……ありがとうございます」

その声だけ、少し甘くなりました。

李応様の目が、ほんの一瞬揺れます。

はい――

御夫婦の空気になっております。

ただし、ここは聚義庁です。

続きは御自分たちのお部屋でお願いいたします。

宴は、少しずつ再開されました。

ただし、先ほどまでの騒ぎとは違います。

男衆は白秀英様を無遠慮に見なくなりました。

宋清様は席を離れ、酒の回し方を変えるよう配下へ命じています。

晁蓋様は苦い顔で杯を置き、宋江様は深く息を吐きました。

「婆惜」

宋江様が低く呼びます。

「はい」

「わしは、歓迎するつもりであった」

「存じております」

悪意ではありません。

だから厄介なのです。

「歓迎は、受ける方の傷に合わせて形を変える必要がございます」

宋江様はしばらく黙り、それから頷きました。

「覚えておく」

その言葉を信じたいところです。

ですが、信じるだけで済ませる気はございません。

稟議書の次は、宴席の運用規定です。

梁山泊は、毎日少しずつ会社になっていきます。

本当に、どこを目指しているのでしょう。

私は席へ戻ろうとして、ふと一人の男に目を留めました。

雷横様です。

宋清様が「鄆城の白秀英」と口にした時から、妙に動きが止まっていました。

今も、盃を持ったまま白秀英様を見ています。

驚きと戸惑い。

それから、何かを思い出したような苦い顔。

白秀英様の代わりに宴席へ出され、亡くなったという娘。

その件に、雷横様は関わっています。

攻略本の筋書きは変わりました。

けれど、死んだ方はいる。

ならば、確認は避けられません。

雷横様の手から、盃が滑りました。

床へ落ちた器が、乾いた音を立てます。

白秀英様が、その音に肩を震わせました。

私は雷横様を見ました。

宴は、まだ終わっておりません。

むしろ、次の案件が始まったところでございます。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。

本日の確認事項は、以下の通りでございます。

宴席で誰かに役割を求める際は、事前に御本人の意思を確認してください。

過去の職業や評判は、現在も同じことを求めてよい理由にはなりません。

事情を知らない者が悪意なく失礼を重ねることもございますので、必要な情報は先に共有しておきましょう。

「皆が喜ぶから」という言葉で、誰か一人を我慢させてはいけません。

用件の窓口を決めておけば、不要な接触や勘違いを減らせます。

皆様も、宴会で余興を頼む際は、拍手の前に同意をお取りくださいませ。

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