意思確認をいたします
閻婆惜でございます。
李家荘の皆様が、梁山泊へ運び込まれました。
家を焼かれ、行き先を偽られ、気づけば山寨の門前でございます。
すぐに呉用様へ確認したいところですが、泣いている子供や、立ち尽くす女中の方々をそのままにはできません。
まずは部屋、食事、荷物、帳面、警護の確認です。
攻略本には、李応様が梁山泊へ入るとしか書かれておりません。
ですが、その一行の後ろには、暮らしがあります。
さらに、扈三娘様と玉楼様が手を貸してくださり、白秀英様とは少しお話しすることになりました。
御夫人として扱う以上、御本人が望んでいるのか。
そこを確認せずに進めば、王英様の件と同じ失敗を繰り返すことになります。
本日は、呉用様を問い詰める前に――
まず、意思確認をいたします。
「呉用様をお呼びください」
そう命じた直後、荷車の陰で子供が泣き出し、母親らしい女中が抱き上げても声は止まりません。
見知らぬ男たち、柵、武器、帰れない家……
大人ですら状況を飲み込めていないのです。
幼い子に耐えろという方が無理でしょう。
呉用様への確認は必要です。
ですが、責任者を問い詰めている間に、被害を受けた方々を立たせておくわけにはまいりません。
「子供と年寄りを先に奥へ。女中の方々は離れないでください。荷車は動かさず、数だけ確認します」
女衆へ指示を出すと、止まっていた人の流れがようやく動き始めました。
部屋が足りるか。
食事は何人分必要か。
寝具はどこから回すか。
怪我人はいるか。
馬と荷車をどこへ置くか。
攻略本には、もちろん書いてありません。
李応様が梁山泊へ入った。
その一行で終わりです。
その一行の後ろに、これだけの生活がぶら下がっているとは思いませんでした。
記録した方は、せめて人数くらい補足しておいてください。
後世の読者が困ります。
私が女中の人数を数えていると、人垣の向こうから二人の女性が歩いてきました。
扈三娘様と玉楼様です。
玉楼様は、門前の様子を見るなり足を速め、扈三娘様も周囲を見回し、怯えている子供たちへ視線を落とします。
「手をお貸しいただけますか」
私が頼むと、玉楼様はすぐに頷きました。
「承知いたしました」
扈三娘様も異論はないようです。
二人は女中たちの側へ回り、奥へ続く道を空けました。
その時、李応様が声をかけます。
「扈三娘殿、玉楼殿」
玉楼様は自然に礼を取りました。
「李応殿、御無事で何よりにございます」
扈三娘様は、ほんの一拍だけ遅れました。
わずかな間です。
李応様が気に留めたかどうかも分かりません。
ですが、私は見逃しませんでした。
相手は自分を知っている。
けれど、自分は相手を知らない。
そこで隣の者の反応を確かめ、呼び方と距離を合わせる。
前世の職場でも、似た場面を何度か見ています。
担当外の役員から親しげに声をかけられ、名前を思い出せないまま会話を成立させる時の間です。
扈三娘様は、やはり私の後輩なのでしょう。
聚義庁で叫んだ言葉だけなら、偶然と思う余地がありました。
今の反応で、疑いはさらに濃くなります。
しかし、確かめる場所ではありません。
扈三娘様御本人は、私に気づいていない。
今ここで正体を明かせば、李家の方々まで巻き込んで混乱が増えます。
秘密は、扱う人数が増えるほど漏れやすくなるものです。
機密管理の基本でございます。
「扈家の者たちは、こちらにいるのか」
李応様が尋ねました。
「はい、林冲殿の麾下にて、お預かりいただいております」
玉楼様の返答を聞き、李応様の表情がわずかに曇りました。
扈家も、祝家荘との戦いで帰る場所を失っています。
李家の人々を前にすれば、思うところはあるでしょう。
扈三娘様は、泣いている子の前へしゃがみ込み、無理に笑わせようとはせず、荷を持つ女中へ先に進むよう促します。
説明は短く、動きは早い。
細かな言葉より、まず安全な場所へ移す。
それも、私の知っている後輩らしいやり方でした。
そして、もう一人――
白秀英様が扈三娘様を見つめています。
驚きとも警戒とも違う目でした。
何か聞き覚えのあるものを探しているような、妙に真剣な視線です。
先ほど、私が「現場への丸投げ」と口にした時も、同じ顔をしました。
王英様から逃げるよう言った際の返答も、この時代の方にしては馴染み深すぎました。
社長室前は、人材派遣会社ではございません……
どうして、次から次へと送り込むのでしょう……
白秀英様と目が合いました。
互いに何も言いません。
扈三娘様の正体を疑っている。
私のことも疑っている。
おそらく、向こうも同じです。
いずれ話す必要があります。
ただし、その前に確認すべきことがございました。
李家の方々を奥へ移し終え、荷車の数と置き場所を記録した後、私は李応様と白秀英様へ用意した部屋を訪ねました。
部屋には寝台が二つあります。
窓際と、扉の近く。
同じ部屋ですが、距離は取れる配置です。
李応様は扉の外に残りました。
杜興様も近くにいます。
御夫人として扱うと決めた以上、同室は自然です。
だからといって、本人の意思を確認しなくてよい理由にはなりません。
「少し、お話を伺ってもよろしいですか」
白秀英様は緊張したまま頷きました。
まず、白玉喬のもとを離れた理由を尋ねます。
宴席へ出されることになった。
歌い、舞い、酒を注ぎ、その先まで求められると知った。
拒めば済む話ではなく、逃げる以外になかった。
白秀英様は、言葉を選びながら話しました。
攻略本に載っている白秀英は、雷横様と争いになった歌妓です。
その女性が宴席を拒み、李家荘まで逃げていたなど、一文字も書かれていません。
では、雷横様の事件はどうなったのでしょう。
尋ねると、白秀英様は顔を伏せました。
自分の代わりに宴席へ出された女性がいた。
妹のように呼ばれていた娘だった。
その娘が雷横様との争いに巻き込まれ、亡くなったらしい。
背筋が凍りました。
攻略本の筋書きは変わっている……
けれど、誰かが死ぬという結果だけは、別の女性へ移っていました。
白秀英様を責めることはできません。
逃げなければ、亡くなっていたのはこの方だったかもしれないのです。
雷横様には、いずれ事情を確認します。
今すぐ呼び出せば、話が三方向へ広がります。
本日の案件数は、すでに処理能力を超えかけていました。
「李家荘へ向かったのは、御自分の判断ですか」
「いいえ。どこへ行くかも決めず、ただ遠くへ逃げました。李家荘の近くで、もう歩けなくなって……」
杜興様に見つけられ、李応様に保護された。
追っ手から隠すため、李秀麗と名乗った。
李家では無理に働かされず、宴席へも出されなかった。
李応様の名を口にする時だけ、白秀英様の声が柔らかくなります。
分かりやすい方です……
「李応様の御夫人として扱われることを、嫌だと思っておられますか?」
白秀英様は、すぐには答えませんでした。
頬が赤くなります。
視線は膝の上へ落ちたままです。
「驚いております。ですが……嫌ではございません」
小さな声でしたが、迷いはありません。
「李応様から離れたいとは、思っておられますか?」
今度は首を横へ振りました。
「離される方が、怖うございます」
それなら結構です……
李応様が保護の名目で一方的に囲っているのであれば、別の部屋と逃げ道を用意するつもりでした。
ですが、白秀英様自身がそばにいることを望んでいる。
御夫人という扱いは、少なくとも今は、この方を守る札になります。
「承知しました。御本人の意思として、李応様のそばにいたいと確認いたしました」
白秀英様が、わずかに目を見開きました。
誰かに尋ねられると思っていなかったのでしょう。
この時代では、女性の意思確認は省略されがちです。
ですが、省略した結果が、扈三娘様と王英様の婚姻話でした。
同じ失敗を繰り返すほど、私は寛容ではございません。
話を終えようとした時、白秀英様が思い出したように言いました。
李家荘へ、楊雄様と石秀様が訪ねてきたこと。
楊雄様の妻と、その下女が逃げたため、行方を捜していたこと。
二人とも、必ず連れ戻すつもりに見えたこと。
潘巧雲様と迎児様です。
生きている――
少なくとも、楊雄様たちが李家荘へ来た時点では捕まっていません。
胸の奥に張りついていたものが、少しだけ緩みました。
行き先までは分からない。
無事とも断言できない。
それでも、逃げることには成功している。
こちらも、いずれ追わなければならない案件です。
白秀英様は、私の顔をうかがっていました。
「御存じの方なのですか」
「確認しなければならない方々です」
それ以上は答えませんでした。
今ここで潘巧雲様の事情まで話せば、白秀英様に背負わせる情報が増えます。
この方は本日、家を失ったばかりです。
席を立つと、白秀英様がためらいがちに尋ねました。
「閻婆惜様は、以前、どこかで働いておられましたか?」
キタ――
来ました――
遠回しですが、十分に分かります。
「働いておりましたよ」
それだけ答えると、白秀英様の目が大きくなりました。
続きは、また後日です。
扉を開けると、李応様がすぐにこちらを見ました。
「話は終わったか」
「はい。長くお待たせしました」
李応様は私ではなく、まず白秀英様の顔色を確認しました。
それから部屋へ入り、窓際の寝台へ座るよう促します。
御本人が望んでいることも確認できました。
あとは、梁山泊側が余計な真似をしないよう整えるだけです。
部屋を離れると、廊下の先に使いの者が待っていました。
「呉用殿がお待ちにございます」
思ったより早く来られたようです。
私は保管を命じていた李家の帳面を受け取りました。
表紙にも中身にも、焦げ跡はありません。
家を焼く前に、必要な財と記録だけは運び出した……
偶然の火災ではなく、最初から戻れなくするための手順だったことが、傷一つない帳面から分かります。
小部屋の前まで来ると、扉の向こうから羽扇の動く音がしました。
呉用様は、まだ御自分の策が成功したと思っておられるのでしょう。
私は帳面を抱え直し、扉へ手をかけました。
「お待たせいたしました、呉用様」
中へ入り、帳面を卓へ置きます。
羽扇が止まりました。
「まずは、李家荘を焼いた理由から伺います」
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
本日の確認事項は、以下の通りでございます。
混乱した現場では、原因追及より先に、動ける人と動けない人を分けてください。
荷物を扱う際は、開封より先に、数と置き場所を記録しましょう。
御本人の口から聞いた内容と、周囲から聞いた噂は、同じ帳面に混ぜてはいけません。
事情を知ったからといって、すべてをその場で共有する必要はございません。
確認すべき相手が増えた時ほど、順番を決めて一件ずつ処理しましょう。
皆様も、担当外の方から親しげに声をかけられた際は、まず隣の方の反応をご確認くださいませ。




