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ぶっちゃけありえません

閻婆惜でございます。

本日は、扈三娘様と玉楼様の今後について、宋江様がお話しになるようです。

梁山泊へ残るかどうか。

誰の麾下へ入るのか。

いずれも、お二人御自身が決めることでございます。

ところが宋江様は、王英様へ良い女を世話すると、約した覚えのない約束を口にされました。

その瞬間、扈三娘様が叫びます。

「ぶっちゃけありえない!!!」

……聞き間違いではございません。

やはり、あの方は――

いえ……

今は、再会を喜んでいる場合ではありません。

まずは宋江様へ、「約しておった」の意味を詳しく伺う必要がございます。

梁山泊へ戻った夜、私は扈三娘様と玉楼様を誰にも覗かれない部屋へ閉じ込めました。

牢ではございません。

山寨の奥にある、分厚い扉の一室です。

外から鍵を掛けるため、二人だけで出ることはできない。

窓も狭く、逃げ道には使えません。

その代わり、廊下から室内を覗くこともできない。

食事と水は二人分を同時に運ぶ。

縄は中で外す。

着替えは女衆に持たせ、男衆の無断立入りは禁止しました。

晁蓋様へ相談すると、すぐに認めてくださいました。

「捕らえた女を辱めれば、梁山泊の名が廃る」

まったくその通りです。

林冲様も異を唱えませんでした。

「二人は武人だ。相応に扱う」

それだけ言い、自ら部屋へ入っていきました。

扉が閉じれば、中の様子は分かりません。

私も見ていません。

扈三娘様に顔を見せるつもりは、まだありませんでした。

林冲様が出てきた後、何を話したのか尋ねると、

「三つ、守らせる」

そう答えただけです。

詳しい説明はありません。

ですが、あの方が余計な真似をしないことは分かっています。

だからこそ、二人の身柄を預けました。

そして翌朝――

宋江様は、扈三娘様と玉楼様を聚義庁へ呼びました。

梁山泊へ残るよう勧めるためです。

私は表へ出ず、上座の裏にある衝立の陰へ控えました。

扈三娘様とは、まだ会わない。

こちらから名前を呼び、以前の会社の話を持ち出したところで、信じてもらえるとは限りません。

むしろ、捕らえた側の人間が過去を知っていると言えば、警戒されるだけです。

今は安全を整える。

それで十分でした。

扈三娘様と玉楼様が聚義庁へ入ってきます。

玉楼様は、扈三娘様の半歩前。

捕らえられ、武器も取り上げられたというのに、その位置だけは変わりません。

宋江様は、まず二人の武を褒めました。

林冲様から報告を受けたのでしょう。

続いて、梁山泊は力ある者を粗末に扱わないと説きます。

扈三娘様の返事は、短いものでした。

「……それで?」

冷めた声が、聚義庁を通りました。

宋江様は怒らず、梁山泊へ残らないかと勧めます。

「断るわ」

迷いはありませんでした。

昨日まで敵だった梁山泊を、すぐに信用できるはずがない。

当然の話です。

それでも宋江様は、二人を取り込もうとします。

善意と人材登用が、御本人の中では一つになっているのでしょう。

扈三娘様が横へ視線を向けました。

その先にいるのは、王英様です。

「ここには、王英がいる」

聚義庁の空気が、わずかに変わりました。

そこで宋江様が、耳を疑うような言葉を口にしたのです。

「王英には、良い女を世話すると約しておった」

「宋江様……」

衝立の裏から、声を落として呼びました。

聚義庁には大勢の頭領がいます。

私の声の主まで察したのは、林冲様と李俊様だけでした。

林冲様は、ほんのわずかにこちらを見る。

李俊様は顔を動かさず、目だけを細めました。

お二人とも気づいています。

宋江様は正面を向いたまま、肩だけを固くしました。

聞こえていますね……

後ほど、詳しく伺います……

約しておった……

いつ、どこで、誰の了承を得てでしょう……

攻略本には、宋江が扈三娘様を王英様へ嫁がせると、結果だけが簡単に記されていました。

たった一行です。

現場では、その一行で人一人の人生が決まります。

しかも今回は、玉楼様までいる。

攻略本には記載のない方です。

扈三娘様の前へ立ち、王英様を一度退け、それでも離れずにここまで来た。

その玉楼様を無視して、扈三娘様だけを王英様へ渡す。

無理です!!

稟議以前の問題でした。

私が裏から呼んでも、宋江様はその場を離れられません。

目の前では、玉楼様が扈三娘様の前へ出ています。

王英様が近づこうとすると、完全に進路を塞ぎました。

ここから先へ来るなら、まず自分を倒せ。

視線が、そう語っています。

王英様は懲りずに、軽い調子で言葉を重ねました。

悪い話ではない。

上の上だ。

気の強い女ほど後が楽しみだ。

聞いているだけで、頭が痛くなります。

婚姻の提案ではありません。

所有宣言です。

扈三娘様の声が、広間を切りました。

「最悪よ」

王英様の笑みが止まる。

「アタシは、絶対にイヤ」

続く言葉には、さらに力がありました。

「アタシは、誰の褒美にもならない」

その通りです。

褒賞目録に人間を載せないでください。

王英様が声を荒らげかける。

そこで、扈三娘様が叫びました。

「ぶっちゃけありえない!!!」

私は息が止まりました。

聞き間違いではありません。

ぶっちゃけありえない。

以前の会社で、何度も耳にした言葉です。

無理な納期を渡された時……

会議の前日に資料を作り直すことになった時……

宴会の余興へ突然参加させられそうになった時……

そのたびに、私の後ろで同じ声がしていました。

扈三娘様――

やはり、あなたでしたか。

私の会社の後輩です。

ほぼ間違いありません。

胸の奥が揺れました。

久しぶり……

私です……

無事でよかった……

いくつも言葉が浮かびます。

けれど、衝立の裏から出ることはしませんでした。

今の扈三娘様が必要としているのは、懐かしい先輩ではありません。

王英様を退け、自分で今後を選べる場所です。

「……王英では無理だ」

林冲様が言いました。

声は力強く、迷いがない。

以前、玉楼様に制された事実を示し、王英様では二人を従わせられないと断じます。

私の呼びかけを聞いたから、口を挟んだわけではないでしょう。

林冲様は初めから、二人を武人として見ていました。

ただ、私が裏にいると知ったことで、遠慮する理由が完全になくなった。

そんなところです。

「遊ばせるには惜しい」

林冲様は、二人を自らの麾下へ置きたいと申し入れました。

宋江様は黙っています。

表向きは考えているのでしょう。

ですが、後ろ姿を見れば分かります。

肩の力が、少し抜けました。

林冲様が引き受ければ、王英様への話を押し通す必要がなくなる。

そして、私からもう一度呼ばれずに済むかもしれない。

残念ながら、後者は手遅れです……

扈三娘様は林冲様を見ました。

自分を倒したこと。

捕らえた後、辱めなかったこと。

玉楼様にも手を出させなかったこと。

一つずつ確かめるように口にします。

そして、王英様よりは信用できると言い切りました。

梁山泊は信用していない。

宋江様も、まだ信用していない。

それでも、林冲様の下でなら戦う。

御自身で選びました。

それでよいのです。

攻略本では、扈三娘様は王英様の妻になる。

けれど、今ここにいる扈三娘様は、誰の褒美にもならないと自分の口で拒み、林冲様の麾下を選んだ。

一行、消えました。

消えて当然の一行です。

林冲様が三つの条件を示し、扈三娘様が受け入れました。

宋江様は、ようやく許可を出します。

「……よかろう」

聚義庁の空気が動きました。

扈三娘様と玉楼様は、林冲様に従って外へ出ていきます。

李俊様は二人の背を静かに見送っていました。

私と目が合う位置ではありません。

それでも、すべて分かっている顔でした。

やがて、頭領たちも散り始めます。

王英様は最後まで不満そうでしたが、玉楼様の背を追おうとはしませんでした。

賢明です。

宋江様も、何事もなかったように席を立とうとしました。

「宋江様」

今度は、はっきり呼びました。

足が止まります。

林冲様はそのまま歩き去り、李俊様も何も言わずに聚義庁を出ました。

助ける気はないようです。

私は裏手の小部屋へ、宋江様をご案内しました。

「婆惜。話は収まったではないか」

「結果の話はしておりません」

「では、何の話だ」

「『約しておった』についてです」

宋江様が黙りました。

「いつ、どこで、どなたの前で、王英様へ約束なさったのでしょう」

「その……以前から、良き縁があればと思うておった」

「思っていたことと、約束したことは別です」

「言葉の綾だ」

「人の人生を使って、言葉の綾で済ませないでくださいませ」

宋江様は視線を逸らしました。

「それに、扈三娘様は明確に拒絶なさいました」

「分かっておる」

「玉楼様も、王英様を近づける意思がございません」

「それも見れば分かる」

「今後、王英様へ扈三娘様との婚姻を匂わせることも、勝手に進めることも禁止です」

「禁止と申すか」

「はい」

私は帳面を開きました。

「必要でしたら、書面にいたします」

「そこまでは要らぬ」

「では、お守りください」

しばらくして、宋江様は小さく頷きました。

「……承知した」

これで、王英様との婚姻案は終了です。

正式な約束になる前に、握り潰しました。

小部屋を出たところで、廊下の先から兵が駆けてきました。

息を切らし、私たちの前で膝をついています。

「宋江様、急ぎの知らせにございます」

「何事だ」

兵は一度、息を整えました。

「李家荘に火が上がりました」

宋江様の顔色が変わる。

私は帳面を閉じました。

攻略本には、李応様が梁山泊へ入るとしか書かれていません。

火を放たれるとは、どこにもありませんでした。

兵が、さらに続けます。

「李家荘から運び出された者たちと家財が、間もなく到着いたします」

本件、閻婆惜よりご報告いたします。

本日の確認事項は、以下の通りでございます。

能力のある方を迎える際は、力量だけでなく、適切な指揮官もご用意ください。

現場を知る者の評価は、本人の肩書より信頼できる場合がございます。

人員配置では、当人同士の相性と、周囲の安全も確認しましょう。

会議が無事に終わっても、未処理の案件まで消えたとは限りません。

皆様も御退席の前に、衝立の裏と呼び止める方の有無をご確認くださいませ。

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