二人は同じ檻に入れてください
閻婆惜でございます。
本日は、戦闘後の処理でございます。
扈三娘様は林冲様に捕らえられました。
玉楼様は、扈三娘様と共に行くため、すぐに槍を置かれました。
王英様も解放されましたが、軽口は玉楼様の視線で止まりました。
二人は同じ檻へ入ります。
当然です。
扈三娘様と玉楼様は、二人で一組ですから。
私は林冲様の隊と共に梁山泊へ戻ります。
宋江様と呉用様は、祝家荘に残ります。
今になって思えば、心配すべき相手は、檻の中ではなかったのかもしれません。
林冲様の蛇矛が、夜を裂いた。
次に聞こえたのは、刃が土へ落ちる音だった。
扈三娘様の日月双刀、その右の一振りが弾かれていた。
残った左の刀は、林冲様の蛇矛の柄に押さえ込まれている。
切っ先は扈三娘様へ向いていない。
武器だけを封じ、馬上の動きを止めていた。
扈三娘様が身をひねった。
押さえられた刀を捨て、空いた右手で手綱を引く。
馬が横へ跳ねた。
そこへ蛇矛の石突が入った。
馬を傷つけるのではなく、鐙の脇を正確に打つ。
扈三娘様の身体が浮いた。
落ちる。
そう思った時には、林冲様が馬を寄せていた。
扈三娘様の腕を取り、地面へ叩きつける勢いを殺す。
土煙の中へ引き落とし、そのまま肩を押さえた。
「動くな」
低い声だった。
扈三娘様は片膝をついたまま、林冲様を睨み上げている。
息は乱れている。
それでも目は折れていなかった。
玉楼様と並んでも見劣りしない。
けれど、林冲様がその上を行った。
攻略本に書いてあった「林冲、扈三娘を生け捕る」という一行では、まるで足りません。
現場では、玉楼様まで加わっていたのです。
その二人を相手にして、林冲様は最後まで誰も斬らず、扈三娘様だけを押さえた。
文章量の配分を間違えております。
「扈三娘様!」
玉楼様の声が飛んだ。
槍を引き、林冲様へ向ける。
けれど、踏み込まなかった。
扈三娘様が捕らえられている。
その事実を見た瞬間、玉楼様の戦いは終わっていた。
扈三娘様が顔を上げる。
「玉楼、退いて」
「退けませぬ」
返事は早かった。
玉楼様は林冲様を見た。
次に、扈三娘様を取り囲む梁山泊の兵たちを見る。
そして槍を地へ置いた。
「扈三娘様と共に参ります」
それだけだった。
逃げようともしない。
扈家荘へ戻って兵を集めようともしない。
扈三娘様が敵の手に渡るなら、自分も同じ場所へ行く。
迷いがない。
玉楼様は扈三娘様の護衛です。
けれど、ただ後ろに控えるだけの方ではない。
戦う時も、捕らえられる時も、二人で一組なのだ。
石板には扈三娘様の名しか載っていない。
選ばれた代表が扈三娘様だっただけで、玉楼様が弱いわけではない。
むしろ、どうして片方しか記録されていないのですか。
攻略本の編集方針に異議を申し立てたいところです。
玉楼様が槍を置いたことで、扈家荘の兵たちも動きを止めた。
王英様を押さえていた兵が、両腕から手を離す。
肩を痛めたらしく、王英様は顔をしかめていた。
それでも口だけは元気だった。
「へっ、今度は油断しねえぞ」
玉楼様が、ゆっくり顔を向けた。
何も言わない。
ただ、先ほどまで林冲様へ向けていたものとは別の殺気が、目に宿った。
次は槍の柄では済ませない。
私にも分かった。
王英様にも、さすがに分かったらしい。
口元の笑みが消える。
何か言い返しかけた口が、そのまま閉じた。
王英様は視線を逸らし、李俊様の方へ黙って歩いた。
玉楼様、最高です。
一言も使わず、王英様を停止させました。
貼り紙より早い。
取次より確実です。
李俊様が王英様を引き取る。
「傷を見せられよ」
「このくらい、何でもねえ」
「ならば黙っておられよ」
王英様は不満そうな顔をしたが、玉楼様を見返そうとはしなかった。
学習機能はあったようです。
林冲様が兵たちへ命じた。
「二人に無礼を働くな。武器を遠ざけ、逃げぬようにせよ」
兵たちは扈三娘様と玉楼様の腕へ縄をかけた。
必要以上に締め上げる者はいない。
身体を探る者もいない。
林冲様が見ている。
それだけで、余計な真似をする空気は消えていた。
私はようやく息を吐いた。
女武者二人の捕縛。
夜の混乱。
周囲には大勢の男たち。
条件だけを並べれば、何が起きてもおかしくありません。
ですが、林冲様の隊では、誰も二人を見世物として扱わなかった。
武人として捕らえ、捕虜として運ぶ。
この当然が、どれほど大事か。
やがて檻が運ばれてきた。
太い木で組まれた、簡素なものだった。
兵が扉を開け、まず扈三娘様を入れようとする。
玉楼様が一歩前へ出た。
「先に入ります」
兵が林冲様を見る。
林冲様は頷いた。
玉楼様が檻の奥へ入り、その後に扈三娘様が入った。
二人が座ると、扉が閉じられる。
同じ檻です。
当然です。
扈三娘様と玉楼様は、二人で一組なのですから。
兵の一人が、水の入った筒と薄い毛布を檻の中へ差し入れた。
玉楼様は先に水を確かめ、扈三娘様へ渡す。
捕虜になっても、役目は変わらないらしい。
林冲様の隊は、それを急かさなかった。
誰も笑わず、覗き込まず、余計な言葉もかけない。
この規律なら、帰還までの間は任せられます。
少なくとも、檻の中より外の方が危険という事態にはなりません。
扈三娘様は格子の向こうから林冲様を見ていた。
悔しさはある。
怒りもある。
けれど、取り乱してはいない。
玉楼様は、その隣で周囲に目を配っている。
檻に入っても護衛を続けているらしい。
徹底しております。
その視線が、こちらへ向いた。
扈三娘様も私を見る。
松明の火が、格子の影を二人の顔へ落としていた。
やはり、あの目を知っている。
現代の会社で、私の後ろを歩いていた後輩。
言葉を飲み込み、周囲を見ながら、それでも自分で立とうとしていた人。
ですが、今の私は梁山泊側です。
扈三娘様から見れば、自分を捕らえた者たちの中にいる。
声はかけられません。
あなたでしょう、と問うこともできない。
名前を呼んでも、今は届かない。
私は帳面を閉じた。
確認は後です。
まず、二人を無事に梁山泊へ連れ帰る。
次に、誰にも勝手な処遇を決めさせない。
捕縛そのものは、攻略本通りでした。
林冲様が扈三娘様を捕らえる。
そこまでは同じです。
問題は、ここから先……
原典では、本人の意思とは関係なく話が進みます。
捕らえられた女を、褒美のように扱う。
それだけは許しません。
まだ正式な手続きはありません。
ですが、口頭で決めさせるつもりもありません。
「林冲様」
私は馬車から降り、檻のそばへ寄った。
「この二人の護送に、私も同行いたします」
林冲様は扈三娘様と玉楼様を見た。
「宋公明殿は、祝家荘へ残られる」
「承知しております」
宋江様と呉用様は、引き続き祝家荘を攻める。
時遷様も、まだ向こうに捕らえられている。
本来なら、私も宋江様のそばにいるべきでしょう。
ですが、今は別です。
扈三娘様と玉楼様の身柄を、私の見えない場所へ置く方が危険です。
「二人を、誰かの思いつきで動かされたくありません」
林冲様は、わずかに目を細めた。
「分かった。奥方は我が隊と戻られよ」
話が早い。
助かります。
宋江様がこちらへ馬を寄せた。
「婆惜、お前も戻るのか」
「はい」
「林冲殿がおれば、案ずることはあるまい」
「林冲様を信頼しております」
私は一度、檻を見た。
「ですから、林冲様の隊について戻ります」
宋江様は少し困った顔をした。
「わしは、まだ祝家荘へ残る」
「承知しております。勝手な約束はなさらないでください」
「勝手な約束などせぬ」
まだ、です。
そう申し上げたかったが、飲み込んだ。
隣で呉用様が扇を動かしている。
表情は暗くてよく見えない。
「奥方は、捕らえた二人を随分と気にかけられる」
「捕らえた後の方が、問題は多いものです」
「なるほど」
呉用様はそれ以上言わなかった。
なぜでしょう。
素直に引かれると、かえって不安になります。
林冲隊が梁山泊へ向けて動き始めた。
先頭に林冲様。
その後ろに、扈三娘様と玉楼様を乗せた檻。
私は檻のそばを進む馬車へ乗った。
王英様は李俊様の近くへ置かれた。
玉楼様からできるだけ離れている。
良い配置です。
車輪が夜道の石を踏むたび、鈍い音がした。
檻の中で、扈三娘様と玉楼様は並んでいる。
会話はほとんどない。
けれど、互いがそこにいることを確かめるように、時折視線を交わしていた。
二人を離さなくてよかった。
夜の独竜岡が遠ざかる。
振り返ると、宋江様と呉用様の松明が闇の中に残っていた。
あの時の私は、扈三娘様と玉楼様の処遇をどう守るか、それだけを考えていた。
李応様については、いずれ梁山泊へ入る方だという程度の知識しかなかった。
どのような経緯で入山するのか。
その裏で誰が何をしたのか。
攻略本には、詳しく載っていなかった。
だから気づけなかった。
私が二人の檻と共に山へ戻った、その後。
呉用様が、私の見ていないところで動き始めていたことを……
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
本日の確認事項は、以下の通りでございます。
扈三娘様と玉楼様は同じ檻へ入り、林冲様の隊と共に梁山泊へ戻ります。
護送については安心しております。
問題は、前線に残った宋江様、呉用様、そして李逵様です。
檻の中より、檻の外の方が不安です。
本当に、目を離せる方が一人もおりません。




