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林冲様が強すぎます

閻婆惜でございます。

本日は、夜の独竜岡でございます。

前回、王英様が勝手に前へ出ました。

結果、玉楼様に即座に制圧されました。

ここまでは、ある意味で想定内です。

問題は、その後です。

林冲様が前へ出ました。

蛇矛を持って、静かに前へ出ました。

そして、攻略本に名前のない玉楼様が、異様に強い。

さらに、扈三娘様も動きます。

日月双刀です。

槍。

双刀。

蛇矛。

夜の中で、武人同士の力量確認が始まります。

私は戦えません。

止められません。

議事録も取れません。

ただ見ているしかございません。

ですが、その中で気づいてしまいます。

扈三娘様の目が、私の知っている目だということに……

攻略本に載っている女傑。

そして、私の知っている後輩の目。

本日は、林冲様が強すぎます。

そして、原典がまた、私の知らない方向へ進みます。

蛇矛と槍が、夜の中でぶつかった。

金属の音が、独竜岡の道に鋭く響く。

松明の火が揺れ、馬がいなないた。

私は馬車の中で、思わず帳面を胸に抱えた。

始まりました。

止める間もなく、始まりました。

林冲様は声を上げない。

玉楼様も叫ばない。

二人とも、ただ得物を構え、間合いを測り、次の一撃を入れようとしている。

これが武人同士の会話なのでしょうか。

困ります。

こちらには議事録が残せません。

玉楼様の槍が先に動く。

低く、速い突きだった。

王英様を叩き落とした時とは違う。

今度は威嚇ではなく、林冲様を本気で止めにいっている。

林冲様の蛇矛が、それを横へ払った。

一撃。

二撃。

三撃。

玉楼様の槍は鋭い。

間合いの取り方も早い。

足元も崩れない。

攻略本に名前のない方とは思えない。

いえ、そもそも攻略本に名前がないから弱い、などという決まりはありません。

ありませんが、納得はできません。

原典外の人材が、なぜこんなに強いのですか。

どなたですか。

どちらで採用されたのですか。

「林冲殿……」

宋江様が小さく呟いた。

止めるべきか迷っておられるのが分かる。

けれど、すぐには声をかけない。

今、割って入れば余計に危ないと見たのだろう。

李俊様も前に出かけて、足を止めていた。

水辺の男らしく、場の流れを見るのが早い。

無理に飛び込まない。

大変ありがたい判断です。

王英様は地面で呻いている。

まだ起き上がれないらしい。

大丈夫です。

そのままお休みください。

今だけは、動かないことが最大の貢献です。

玉楼様の槍先が、林冲様の肩を狙った。

林冲様は半身をずらし、蛇矛の柄で受ける。

そのまま一歩、前へ出た。

空気が変わった。

それまでは、玉楼様が仕掛け、林冲様が受けていた。

だが、その一歩で形が変わった。

林冲様が、受ける側から押す側へ移った。

蛇矛が大きく弧を描く。

玉楼様の槍が弾かれた。

次の突きも、続く払いも、林冲様は崩れず受ける。

ただ受けるだけではない。

受けた直後、必ず前へ詰める。

一歩。

また一歩。

玉楼様の足が、わずかに下がった。

私は息を止めた。

玉楼様は弱くない。

王英様を一瞬で制圧したのは、偶然ではない。

槍の速さも、胆の据わり方も、明らかに並ではない。

それなのに、林冲様が押している。

攻略本で、林冲様が強いことは知っていました。

豹子頭――

八十万禁軍の教頭。

梁山泊でも屈指の武人。

そこまでは、知識として持っております。

ですが、現物は知識よりひどい。

強い、という言葉で片付けるには、あまりに実物が物騒です。

蛇矛一本で、玉楼様の槍を受け、払い、押し返している。

しかも怒鳴らない。

荒れない。

静かなまま、相手の動きを削っていく。

ほぼ呂布か張飛です。

いえ、張飛です。

梁山泊の張飛です。

味方でよかった。

本当に、味方でよかった。

玉楼様が、もう半歩下がった。

その瞬間、背後で日月双刀が光った。

扈三娘様だった。

言葉はない。

馬を滑らせるように前へ出し、玉楼様の脇へ入る。

右手の刀が林冲様の蛇矛を受け、左手の刀がその柄を押さえにいった。

速い――

玉楼様の槍とは違う。

槍は線で来る。

扈三娘様の双刀は、左右から同時に来る。

片方を見れば、もう片方が入る。

受ける側からすれば、非常に厄介なはずだった。

けれど、林冲様は退かなかった。

蛇矛を引き、柄を回し、右の刀を外す。

同時に石突で玉楼様の槍を押さえ、身体を沈める。

扈三娘様の左の刀が、林冲様の肩口をかすめた。

布が裂ける音がした。

私は思わず身を乗り出した。

「林冲様……!」

声は出たが、林冲様は振り向かない。

当然です。

今、こちらを見る余裕などあるはずがない。

いや、違う。

余裕がないのではない。

見る必要がないのだ。

林冲様は、扈三娘様と玉楼様を同時に相手取っていた。

槍と双刀。

二つの間合い。

二人の呼吸。

普通なら、どちらか一人でも危険である。

それを、一人で受けている。

受けて、払って、まだ前へ出ようとしている。

おかしい。

本当におかしい。

攻略本の文章量が足りません。

この方の危険度は、もっと大きな字で記載すべきです。

玉楼様が低く踏み込む。

扈三娘様が横から斬り込む。

林冲様は蛇矛を斜めに立て、二人の攻めを一度に受けた。

火花が散った。

夜の闇に、白い筋が飛ぶ。

馬がいななき、周囲の兵たちが一歩退いた。

誰も声を出せない。

宋江様も黙っている。

呉用様がいれば、扇の向こうで笑っていたかもしれない。

ですが、今ここにいる者たちは、ただ見ているしかなかった。

これは説得ではない。

交渉でもない。

武人同士が、互いの力量を測っている。

そして私は、そこにまったく参加できない。

帳面を握る手に力が入った。

私の仕事は、事故を減らすことです。

けれど、今目の前で起きているのは、私の管理表に載らない種類の事故でした。

玉楼様は攻略本にいない。

扈三娘様は攻略本にいる。

林冲様も攻略本にいる。

それなのに、今一番分からないのは、全員です。

林冲様の蛇矛が、玉楼様の槍を大きく弾いた。

玉楼様の身体が傾く。

そこへ扈三娘様が入り、双刀で隙を埋めた。

その動きで、松明の火が扈三娘様の顔を照らした。

私は、息を呑んだ。

顔立ちそのものは、私の知っている人ではない。

扈三娘様は扈三娘様だ。

水滸伝の女傑。

一丈青。

日月双刀の使い手。

それなのに、目が違った。

あの目を、私は知っている。

会社の廊下。

会議室の隅。

資料を抱えて、私の少し後ろを歩いていた後輩。

分からないことを飲み込みながら、それでも前を向こうとしていたあの子の目。

まさか――

喉の奥が詰まった。

声を出しかけて、私は飲み込んだ。

駄目です。

今は駄目です。

ここで私が声をかければ、何が起こるか分からない。

扈三娘様が動揺すれば危ない。

玉楼様が警戒すれば、さらに場が荒れる。

林冲様が止まれば、その隙が事故になる。

私は馬車の中で、ただ見ているしかなかった。

扈三娘様。

あなたなのですか。

私の知っている、あの後輩なのですか。

問いかけたい。

確認したい。

けれど、できない。

夜の中で、蛇矛と双刀と槍がまたぶつかった。

林冲様が一歩踏み込む。

玉楼様が槍を引く。

扈三娘様の双刀が、林冲様の退路を切る。

それでも林冲様は、蛇矛を回して二人の間を割った。

その姿は、静かな暴風のようだった。

李逵様が自走式火薬樽なら、林冲様は制御された兵器です。

音を立てず、無駄なく、ただ目の前のものを押し切る。

危険度が違います。

分類を分けるべきです。

玉楼様の額に、汗が光った。

扈三娘様の呼吸も、少しだけ深くなっている。

林冲様の袖は破れていたが、構えは崩れていない。

誰も倒れていない。

だが、誰も退いていない。

このまま続けば、どちらかが傷つく。

それはまずい。

非常にまずい。

ここで扈三娘様を傷つければ、救済どころではありません。

玉楼様を倒しても、扈家荘との交渉は悪化します。

林冲様に怪我をさせれば、梁山泊側の損失も大きい。

なのに、止める言葉が見つからない。

その時、林冲様の蛇矛が低く沈んだ。

玉楼様の槍先がそれを追う。

扈三娘様の双刀が、上から落ちる。

三つの刃が、松明の火を受けて同時に光った。

私は立ち上がりかけた。

馬車が小さく揺れる。

次の一撃で、均衡が崩れる。

そう思った瞬間、林冲様の蛇矛が夜を裂いた。

誰に届いたのか、私には見えなかった。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。

本日の確認事項は、以下の通りでございます。

独竜岡での武人同士の力量確認についてです。

まず、王英様は地面で呻いておられました。

動かなかったことについては、高く評価いたします。

本当に、動かないでくださって助かりました。

問題は、林冲様です。

強いことは知っておりました。

攻略本にも、そのように書かれていた記憶がございます。

ですが、実物が想定を超えております。

玉楼様は弱くありません。

攻略本に出てこないにもかかわらず、異様に強い方でした。

その玉楼様を、林冲様が押しました。

さらに、扈三娘様が加わりました。

日月双刀です。

それでも林冲様は崩れません。

何ですか、あの方は……

強い、では足りません。

危険度の分類を変更する必要がございます。

そして、もう一つ……

扈三娘様の目を見てしまいました。

顔は違います。

姿も違います。

ですが、目だけは、私の知っている後輩のものでした。

声をかけることはできませんでした。

今は、まだできません。

ここで間違えれば、扈三娘様を救うどころか、余計に追い詰めることになります。

原典は、すでに何度もズレています。

玉楼様もおります。

扈三娘様も、ただの攻略本知識では測れません。

次回、林冲様の一撃がどこへ届いたのか。

正直に申し上げます。

見えませんでした。

そして、見えなかったことが一番怖いです。

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