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女武者が二人います

閻婆惜でございます。

本日は、貼り紙の運用確認から始まります。

李逵様は、取次を通すことを覚えてくださいました。

ただし、戴宗様を物理的に連れて来ました。

違います。

そうではございません。

朝の茶は、また冷めました。

その後、楊雄様と石秀様が梁山泊へ来ます。

時遷様は、祝家荘に捕らえられました。

ここで問題が二つございます。

一つ目。

潘巧雲様が逃げていること。

二つ目。

扈家荘の女武者が、二人いること。

攻略本と違います。

原典が、またズレています。

けれど、死ぬはずだった女が逃げたのなら……

連れて来られるはずの女も、逃がせるかもしれません。

本日は、祝家荘案件の始まりです。

貼り紙は、思ったより早く役に立った。

ただし、私が想定していた形ではなかった。

朝、ようやく茶に口をつけようとした時である。

戸の外で、どすどすと重い足音が止まった。

私は椀を持ったまま固まった。

嫌な予感がする。

次の瞬間、戸の向こうから声がした。

「戴宗殿を連れてきたぞ!」

声は大きかった。

やはり李逵様である。

ただ、昨日と違う点が一つある。

今回は、いきなり戸を叩いていない。

一応、誰かを連れてきている。

進歩――

かなり乱暴な進歩。

「奥方、宋公明殿はいるか」

続いて、戴宗様の疲れた声がした。

「奥方、申し訳ござらん。李逵が、貼り紙を見て、わしを引っ張って参った」

なるほど――

取次の意味を、物理的に理解されたらしい。

私は茶を置き、戸を開けた。

李逵様は得意げな顔で立っている。

横では戴宗様が、朝からすでに疲れた顔をしていた。

「人を通せと書いてあった。だから連れてきた」

「……はい。前よりは正しいです」

「だろう」

「ですが、戴宗様を引きずって来る必要はございません」

「歩かせたぞ」

「そういう問題ではございません」

李逵様は首を傾げた。

戴宗様は小さく息を吐く。

「宋公明殿は、晁蓋殿のところじゃ」

「何だ、ここじゃねえのか」

「最初に確認してください」

「だから確認に来た」

違います……

それは確認ではなく、突撃です……

私は頭が痛くなった。

貼り紙には改善の効果がある。

しかし、運用に問題がある。

これは追記が必要です。

一、取次の者を無理に連れて来ないこと。

朝の茶は、また冷めた。

梁山泊の日常は、私の休息を許してくれないらしい。

その日の夕方、宋江様のもとへ行くと、すでに何人かが集まっていた。

晁蓋様、呉用様、宋江様。

そのそばに李俊様と戴宗様。

少し離れて、張横様と張順様もいる。

水軍の配置が整ったことで、梁山泊の空気は昨日より落ち着いて見えた。

見えるだけである。

私の帳面は、すでに落ち着いていない。

李逵様用貼り紙改訂。

北山酒店監査予定。

水軍衆の連絡経路。

宋江様の身辺安全。

婚姻事故防止策。

増える……

項目が増える……

私は静かに座ろうとした。

その時、麓の酒店から知らせが入った。

「新たに、山へ入りたいという者が来ております」

晁蓋様が顔を上げる。

「名は」

「楊雄、石秀と名乗っております。もう一人、時遷という者も同道していたようですが……」

報告に来た者が、そこで言葉を濁した。

呉用様の目が細くなる。

「何かあったか」

「祝家荘の者に捕らえられたとのことです」

祝家荘――

その名を聞いた瞬間、私の中で音が変わった。

今まで雑音だったものが、急に一つの警報になる。

攻略本の頁が、頭の奥で勝手に開いた。

楊雄。

石秀。

時遷。

祝家荘。

扈家荘。

扈三娘。

王英。

婚姻。

駄目です……

その並びは、駄目です……

私は顔に出さないよう、膝の上で指を握った。

「詳しく聞こう」

晁蓋様が言うと、間もなく二人の男が通された。

一人は背が高く、顔つきが硬い。

もう一人は目が鋭く、周囲をよく見ている。

楊雄様と石秀様。

二人は膝をつき、これまでの事情を話した。

家のこと。

逃げた妻を追ったこと。

石秀様がそれに関わったこと。

梁山泊へ向かおうとしたこと。

道中で時遷様が同行したこと。

そして、祝家荘の酒店で揉め、時遷様が捕らえられたこと。

逃げた妻――

その言葉で、私は一瞬、息を止めた。

楊雄様の妻。

潘巧雲様。

攻略本の知識が、頭の奥で嫌な音を立てる。

おかしい――

潘巧雲様は、逃げるはずの人ではなかった。

少なくとも、私の知っている話では……

あの人は、夫に疑われ、石秀様に追い詰められ、翠屏山で殺される。

逃げ切る女ではない。

逃げたという報告になっている時点で、何かが変わっている。

誰が変えたのか。

いつ変わったのか。

それとも、私がここにいる時点で、もう話は攻略本通りではなくなっているのか。

私は楊雄様と石秀様を見た。

二人は、時遷様を助けたいと言っている。

けれど、その前にすでに一人の女が逃げている。

原典では死ぬはずだった女が、逃げている。

ならば――

扈三娘様の未来も、変えられる。

変えなければならない。

話が進むにつれ、晁蓋様の顔が険しくなっていった。

「待て」

低い声だった。

楊雄様と石秀様が、同時に口をつぐむ。

「まず一つ聞く。逃げた女を、追ったのか」

楊雄様の肩が、わずかに強張った。

「……家の恥にございます」

「恥か」

晁蓋様の声が、さらに重くなった。

「女が逃げるには、逃げるだけのわけがあろう。それを男の面子で追い回したのか」

楊雄様は答えられなかった。

石秀様が口を開きかけたが、晁蓋様が手で制した。

「石秀、お前もだ。義を立てるのはよい。だが、義の名で女を追い詰めるなら、それは義ではない」

石秀様の顔が、わずかに歪んだ。

私は息を止めていた。

晁蓋様が、そこを叱ってくださるとは思わなかった。

いや、考えてみれば当然かもしれない。

晁蓋様は、筋を重んじる方だ。

力のある男が、逃げた女を追う。

そこにある歪みを、見逃す人ではない。

「それから、時遷だ」

晁蓋様は続けた。

「鶏を盗んだのは事実か」

楊雄様が頭を下げる。

「面目次第もございません」

石秀様も続けた。

「不始末は承知しております。されど、あのまま見捨てるわけにも参りませぬ」

「見捨てぬのはよい」

晁蓋様は言った。

「だが、先に筋を曲げたのはこちらだ。盗みをして、揉めて、捕らえられた。それで祝家荘だけを悪しざまに言うことはできぬ」

場が重くなった。

誰も笑わない。

時遷様を救う必要はある。

けれど、時遷様のしたことが消えるわけではない。

そこを曖昧にしない晁蓋様は、やはり頭領なのだと思った。

宋江様が静かに頷く。

「晁蓋殿の言う通りだ。救うにしても、まず非は非として見ねばならぬ」

呉用様は扇を開いた。

嫌な音がした気がした。

「では、祝家荘をただ攻めるのではなく、筋を立てて動く必要がございますな」

その言い方に、私は少しだけ警戒した。

筋を立てる――

良い言葉である。

しかし、良い言葉ほど、戦の口実にもなる。

「祝家荘は独竜岡のあたり。近くには扈家荘、李家荘もある」

来ました。

来てしまいました。

私は心の中で机を叩いた。

扈家荘――

その名を出さないでください。

いや、いずれ出る。

出ない方がおかしい。

けれど、今この場で出ると、次に来る名まで近づく。

「扈家荘には、女武者がいると聞くな」

誰かが言った。

私は、その声の方を見た。

王英様だった。

なぜ、ここにいるのですか。

王英様は面白そうに笑っている。

「女武者か。そいつは見てみてえ」

見なくていいです。

絶対に見なくていいです。

私は膝の上で握っていた手に力を込めた。

李俊様が、ちらりとこちらを見た。

分かっておられる。

あの穏やかな目が、一瞬だけ真剣になった。

安全装置一号、作動準備。

私は息を整える。

ここで慌ててはいけない。

王英様を名指しで遠ざければ、かえって目立つ。

扈三娘様の名がまだ出ていない以上、理由を説明できない。

ならば、配置の話にする。

「祝家荘に向かうなら、まず道と水筋の確認が必要です」

私が言うと、晁蓋様がこちらを見た。

「奥方の考えは」

「独竜岡周辺は、村や荘が絡み合っていると聞きます。正面から動く前に、土地の者、道に詳しい者、外から見ても怪しまれにくい者を使うべきです」

呉用様の扇が、少し止まった。

見ていますね。

分かっています。

でも、今は見られても構いません。

「水軍衆はまだ配置直後です。寨の守りと連絡を乱すより、まず聞き取りを」

「なるほど」

宋江様が頷いた。

「急に攻めるより、まず様子を探るべきだな」

よし――

まずは火を弱めた。

だが、完全には消えていない。

王英様はまだ笑っている。

「女武者なら、俺も――」

「王英様」

私は遮った。

声は穏やかにした。

「寨にも守りは必要です。新しく人が増えたばかりで、配置も乱れやすい。宋江様のお近くを軽くしてはなりません」

王英様は不満そうに眉を寄せた。

「俺は守りか」

「梁山泊にとって、宋江様の身辺は重要です」

嘘ではない。

宋江様は名刺として一級品であり、制御装置としても必要である。

特に李逵様の……

「李逵様だけでは、音量が高すぎます」

「何だと」

李逵様が振り向く。

「褒めてはおりません」

「そうか」

なぜ少し残念そうなのですか。

晁蓋様が笑い、場の重さがわずかに緩んだ。

だが、呉用様だけは笑い方が違った。

「奥方は、先の先まで気にされる」

「事故は、起きてからでは遅いので」

「祝家荘の件も、事故でございますか」

「種火です」

私は即答した。

「放置すれば、山ごと燃えます」

呉用様の目が細くなる。

宋江様が少し驚いたように私を見た。

言いすぎたかもしれない。

けれど、これは本当だ。

祝家荘はただの救出案件ではない。

潘巧雲様の件ですでに、話は変わっている。

なら、ここから先も変わる。

良い方へ変わるとは限らない。

扈三娘様の人生に繋がる。

その先で王英様が絡めば、婚姻事故になる。

攻略本知識が、赤く点滅している。

楊雄様と石秀様は、まだ頭を下げていた。

この二人に罪がないわけではない。

時遷様にも問題はある。

だが、この場で一番危険なのは、彼らではない。

流れである。

誰かの失敗を口実に、大勢が動く。

女が捕らえられ、連れてこられ、男の褒美のように扱われる。

そういう流れだ。

私は、それを止めるために先に動いた。

李俊様へ。

林冲様へ。

まだ足りない。

「林冲様にも、この件をお伝えください」

私は言った。

宋江様が首を傾げる。

「林冲殿に?」

「はい。祝家荘周辺には武芸に優れた者がいると聞きます。もし戦になるなら、林冲様の判断が必要になるかと」

これも嘘ではない。

むしろ、かなり本当です。

呉用様の扇が、またゆっくり動いた。

「奥方は、林冲殿をずいぶん信じておられる」

「武人として信用しております」

「宋江殿よりも?」

場がわずかに凍った。

この人は、時々こういう刃を混ぜる。

私は宋江様を見た。

宋江様は困ったように笑っている。

私は静かに答えた。

「宋江様は、人を信じる方です。林冲様は、場を測る方です。役割が違います」

宋江様が少しだけ目を伏せた。

傷つけたかもしれない。

だが、ここは曖昧にできない。

「私は宋江様を支えるために、林冲様の目も必要だと思っております」

晁蓋様が、ふっと笑った。

「なるほど。奥方らしい」

その時だった。

外から、また足音が走ってきた。

今度は李逵様ではない。

伝令の足音だ。

「申し上げます!」

戸口に男が膝をつく。

「祝家荘より、さらに知らせが。時遷は牢に入れられ、楊雄殿、石秀殿を渡せとも申しているとのこと」

石秀様の顔が変わった。

楊雄様も拳を握る。

伝令は、まだ続けた。

「それと、祝家荘の近く、扈家荘より武装した一隊が動いたとの噂がございます」

心臓が一度、強く打った。

来た――

「その先頭に、女武者が二人いると」

二人?

私は、その言葉に息を止めた。

一人ではないのですか?

攻略本の中で、扈家荘の女武者といえば、扈三娘様である。

日月双刀。

祝家荘と関わり、梁山泊へ連れてこられ、王英様との婚姻へ流される女傑。

けれど、今、伝令は二人と言った。

もう一人は誰ですか?

攻略本には、載っていない。

少なくとも、私の知っている話には出てこない。

潘巧雲様は逃げている。

扈家荘には、女武者が二人いる。

また違っている。

原典が、またズレている。

王英様が笑った。

「ほう」

笑わないでください。

その二人は、見世物ではありません。

まして、誰かの褒美でもありません。

私は、反射的に李俊様を見た。

李俊様は、すでにこちらを見ていた。

その目が、静かに頷く。

安全装置一号、作動確認。

宋江様が私に問いかける。

「婆惜、どうした」

私は帳面を閉じた。

音が、思ったより大きく響いた。

まだ名は出ていない。

だが、もう分かる。

扈三娘様が、近い。

そして、攻略本にいない誰かも、そこにいる。

ならば、なおさら放っておけない。

「宋江様」

私は、できるだけ静かに言った。

「この件、私も同行いたします」

部屋の空気が止まった。

呉用様の扇だけが、ゆっくりと動いていた。

閻婆惜でございます。

本件、祝家荘案件の初動についてご報告いたします。

まず、晁蓋様が楊雄様と石秀様を叱ってくださいました。

逃げた妻を追い詰めたこと。

時遷様が鶏を盗んだこと。

どちらも、なかったことにはできません。

救うべき者がいるとしても、こちらの非まで消えるわけではない。

そこを曖昧にしない晁蓋様は、やはり頭領でございます。

――ただし、問題はここからです。

祝家荘。

扈家荘。

女武者が二人。

攻略本知識が、かなり嫌な音を立てております。

すでに潘巧雲様の件で、話は変わっています。

ならば、扈三娘様の未来も変えられるはずです。

ただし、良い方へ変わるとは限りません。

だから、私も同行いたします。

王英様を、絶対に近づけないために。

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