採用試験は宴席で行います
閻婆惜でございます。
本日は、穆弘様の屋敷で顔合わせです。
前回、護衛三名が倒れました。
まずは休ませます。
そのうえで、李俊様、李立様、穆弘様、穆春様、張横様を確認いたします。
張順様は江州です。
李俊様から紹介状も預かりました。
宴席ではございますが、私の中では採用試験です。
なお、不動産評価ではございません。
たぶん――
穆弘様の屋敷は、思ったより大きかった。
いや、大きいとは李俊様から聞いていた。
聞いていたが、実際に門をくぐると、やはり違う。
庭が広い。
多くの人がいる。
いくつかの蔵がある。
馬を休ませる場所もある。
倒れた護衛三名を運び込んでも、屋敷の者たちは慌てなかった。
大変よろしい。
こういう場所は、ただ広いだけでは足りない。
急な来客を受け入れ、寝かせ、食べさせ、騒ぎを外へ漏らさない。
それができる屋敷である。
つまり、拠点として使える。
いや、違う。
まだ使うと決まったわけではない。
私は採用担当ではあるが、不動産担当ではない。
たぶん――
「宋公明殿、ようこそお越しくだされた」
奥から出てきた男が、深く頭を下げた。
体つきがよく、顔つきも強い。
立っているだけで、周りの者が自然と位置を空ける。
穆弘様である。
隣には、少し若い男がいた。
兄ほどの圧はないが、目はよく動いている。
人の動き、荷の位置、眠っている護衛の様子。
全部見ている。
穆春様。
兄が前に出る。
弟が周囲を見る。
なるほど、役割分担ができている。
「迷惑をおかけします」
宋江様が頭を下げた。
「迷惑など、とんでもない。李俊殿から事情は聞いております」
穆弘様の視線が、ちらりと李立様へ向いた。
李立様は、非常に居心地が悪そうな顔をしている。
つい先ほどまで薬を盛っていた人間としては、当然である。
「李立」
李俊様が大きな声で呼んだ。
「はい」
「詫びろ」
李立様は、少しだけ顔をしかめた。
だが、逆らわなかった。
「宋公明殿、奥方、護衛の方々。先ほどは、こちらの不始末で」
不始末――
薬を盛る行為を不始末でまとめてよいのか。
よくない……
だが、ここで罪状を細かく並べると話が進まない。
私は黙って見ていた。
宋江様は言う。
「命に別状がなければよい。これよりは気をつけてくれ」
甘い――
砂糖より甘い。
だが、宋江様が許すと言うなら、私がそこで刃を立てるわけにはいかない。 ここは採用面接である。
いや、宴席である。
表向きは……
「護衛の方々は、奥へ」
穆春様がすぐに指示を出した。
「水を差し上げろ。寝床も三つ。目を覚ましたら、いきなり立たせるな。先に粥を出せ」
速い。
よろしい。
薬を盛られた後の対応としては、かなりよい。
少なくとも、店の奥に引きずり込まれるより、はるかにまともである。
私の中の採用欄に、静かに丸がついた。
穆春様。
現場対応、可。
屋敷の広間に通されると、もう一人の男が待っていた。
肌は日に焼け、川風に慣れた顔をしている。
座っているのに、いつでも立てる。
そういう体の置き方だった。
「張横と申します」
張横様である。
川筋、舟、渡し、荷。
頭の中で、また攻略本の項目が動いた。
やめてください。
本日は情報量が多いです。
「張順様は、いらっしゃらないのですね」
つい口に出た。
張横様の目が、わずかに鋭くなる。
「弟をご存じで?」
しまった……
宋江様がこちらを見た。
李俊様も見た。
呉用様はいないのに、なぜか呉用様に見られている気がした。
「水に強い方が江州にいると、聞いたことがございます」
便利な言葉である。
聞いたことがございます。
だいたいこれで通すしかない。
「張順は、今は江州におります」
張横様が言った。
「魚牙主人と呼ばれ、あちらの水辺では顔が利く。俺とはまた違う働きができる男です」
大変よろしい。
兄は川を渡す。
弟は水に潜る。
役割が違う。
同じ兄弟でも、同じ配置にしてはいけない。
人材配置、重要でございます。
李俊様が、こちらを見た。
「宋公明殿は、この後、江州へ向かわれるとか」
「戴宗殿へ、呉用からの手紙を届けることになっておる」
宋江様が答えた。
「ならば、お願いがございます」
李俊様は懐から一通の書状を取り出した。
「張順へ、これをお渡しいただけませぬか。私の名で、宋公明殿と奥方を粗略に扱わぬよう書いてあります」
紹介状――
また厄介事が増えた。
呉用様から戴宗様への手紙。
李俊様から張順様への紹介状。
江州行きの用件が、二つになった。
ついで、とは何だったのでしょうか。
私は書状を見た。
封は丁寧で、字も乱れていない。
こういう細かいところに、人の性格は出る。
李俊様――
統率、責任感、紹介状対応。
かなり有能。
困った……
優良物件という言葉が、また顔を出す。
「婆惜」
宋江様が小さく呼んだ。
「はい」
「書状を預かっておいてくれるか」
「承知いたしました」
預かります。
預かりますとも。
私は、呉用様からの手紙とは別に、李俊様からの紹介状を袂へ入れた。
管理書類が増えると落ち着くあたり、我ながら業が深い。
広間には膳が並べられた。
さすがに、私はすぐには箸を取らなかった。
李立様が、気まずそうにこちらを見る。
「奥方、ここでは薬など」
「分かっております」
「ならば」
「確認するだけでございます」
私は膳、盃、酒壺、人の動きを見た。
毒見というほど大げさではない。
だが、さきほど護衛が三名倒れたばかりである。
警戒するなという方が無理である。
穆弘様が苦笑した。
「慎重な奥方だ」
「先ほど休憩で人が倒れましたので」
「それは、まことに申し訳ない」
穆弘様は、李立様をちらりと見た。
李立様はさらに小さくなった。
催命判官が小さくなっている。
なかなか珍しいものを見た。
宋江様が場を和ませようとしたのか、盃を取った。
私は、その手を見た。
「宋江様」
「今度は大丈夫であろう」
「大丈夫かどうかは、飲む前に確認するものです」
「……そうであった」
学習してくださった。
ありがたい。
李俊様が静かに笑った。
「宋公明殿は、よい奥方をお持ちだ」
「わしには過ぎた者だ」
宋江様が言う。
やめてください。
そういう返しをすると、周囲が妙な顔をします。
案の定、穆春様がこちらを見た。
張横様も見た。
李立様まで見た。
私は盃を持ち上げず、静かに言った。
「私は、ただ安全確認をしているだけでございます」
「安全確認」
穆春様が小さく繰り返した。
「危ないものを避け、使えるものを見極めることです」
「それは大事だな」
穆春様は素直に頷いた。
よろしい。
理解が早い。
李立様がぼそりと言う。
「俺は危ないものか」
「はい」
即答した。
広間が一瞬、静かになる。
李立様が目を丸くした。
「そこは少し迷え」
「迷う理由がございません」
「奥方、はっきり言うな」
「ただし」
私は続けた。
「危ないから不要、とは申しません。危ないものは、置き場所を決めて、目の届く範囲で使うべきです」
李立様は黙った。
李俊様の目が、少し変わった。
「奥方は、李立を使えると見るのか」
「単独で放すのは危険です。ですが、情報、宿、裏の動き、人の出入りを見る役には使えます。管理者が必要です」
「管理者とは?」
「止められる人です」
私の視線は、自然と李俊様へ向いた。
李俊様は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「なるほど」
採用試験――
李立様、保留付き合格。
李俊様、管理者候補として高評価。
穆弘様は屋敷と人を持つ。
穆春様は現場を見る。
張横様は川筋を知る。
張順様は江州で合流予定。
李俊様は全体をまとめる。
癖は強い。
全員、どこか危ない。
だが、梁山泊に向かないわけではない。
むしろ、向きすぎている。
宴席が進む頃には、護衛三名のうち一人が目を覚ました。
穆春様が粥を運ばせ、李立様が非常に気まずそうに水を持っていった。
その様子を見て、私は小さく息を吐いた。
善人ではないかもしれない。
だが、完全に切るには惜しい。
この世界の人材評価は、心臓に悪い。
「奥方」
李俊様が声をかけてきた。
「はい」
「江州で張順に会ったら、私の名を出してください。弟分のような男です。水の中では、あれほど頼れる者はおりません」
「承知いたしました。紹介状は確かにお預かりいたします」
「それと……」
「はい」
「李立のことも、いずれ改めて詫びさせます」
李立様が遠くで肩をすくめた。
私は少しだけ笑った。
「詫びより、再発防止をお願いいたします」
「再発防止」
李俊様が聞き慣れない顔をした。
「同じことを二度起こさない仕組みでございます」
「それは、確かに大事だ」
よろしい。
この方は、話が通じる。
採用です。
いや、まだです。
まだ正式通知は出しておりません。
だが、私の中では、ほぼ決まっていた。
江州へ行く。
戴宗様へ手紙を届ける。
張順様へ紹介状を渡す。
そして、その先に潯陽楼がある。
できれば避けたい。
非常に避けたい。
だが、攻略本知識は知っている。
こういう場所ほど、避けようとすると近づいてくる。
本当に困ります。
こうして、揭陽鎮での顔合わせは終わった。
李立様は要管理。
穆兄弟は拠点運用向き。
張横様は川筋担当。
張順様は江州で確認予定。
李俊様は、水軍の柱候補。
全員、癖はある。
危険もある。
事故報告書も必要である。
それでも、ひとまず現在確認できた方々については、水軍衆として合格でございます。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
穆弘様の屋敷にて、顔合わせを行いました。
護衛三名は無事に休養中。
穆春様の対応は早く、屋敷の受け入れ体制も十分でございました。
李立様は要管理。
単独運用は危険です。
穆弘様は拠点運用向き。
穆春様は現場対応可。
張横様は川筋担当。
張順様は江州で確認予定。
そして李俊様――
全体を見て、止めるべきところを止める方です。
大変よろしい。
いえ、水軍人材としてでございます。
次回は江州へ向かいます。
戴宗様への手紙。
張順様への紹介状。
用件が増えております。
ついでとは何だったのでしょうか。




