付き添いですが、採用担当です
閻婆惜でございます。
本日は、水軍増強についてご報告いたします。
阮氏三兄弟は頼りになります。
ですが、三人だけで水軍全部を回すのは無理です。
船を出す者。
川筋を知る者。
潜れる者。
水辺で顔が利く者。
必要な人材は、まだおります。
そこで宋江様の付き添いとして、江州方面へ向かいます。
ついでに戴宗様へ手紙を届けます。
表向きは付き添いです。
実質は採用担当です。
攻略本知識が、また仕事を増やしました。
呉用様に呼ばれた。
嫌な予感しかしない。
呉用様が静かに笑っている時は、だいたい面倒な話である。
笑っていない時も面倒だが、笑っている時は、逃げ道が塞がれていることが多い。
私は宋江様の隣に座った。
「奥方に、少し相談がある」
ほら来た――
「私で分かることでございましたら」
「梁山泊の水軍についてだ」
水軍――
その言葉で、頭の中の棚が勝手に開いた。
阮氏三兄弟。
李俊。
張横。
張順。
穆弘。
穆春。
揭陽鎮。
江州。
潯陽楼。
やめてほしい。
攻略本知識が、勝手に索引を引き始める。
「阮氏三兄弟は、水では頼りになる」
呉用様は扇を手にしたまま続けた。
「だが、梁山泊は人が増えた。舟も要る。荷も動く。湖を守るだけでなく、川筋も見ねばならぬ。三人だけでは、いずれ足りぬ」
「つまり、水軍の増員でございますね」
「そうだ」
「腕の立つ水夫が三人いることと、水軍組織があることは別でございます」
呉用様の扇が止まった。
「組織、か」
「はい。舟を出す者、漕ぐ者、潜る者、川筋を知る者、荷を運ぶ者、水辺で顔が利く者。それぞれ必要でございます。全部を阮様方に背負わせると、いつか詰みます」
「つみ?」
「行き詰まる、という意味でございます」
呉用様は少し考え、頷いた。
「言い方は妙だが、筋は通る」
大変よろしい。
宋江様がこちらを見た。
「婆惜は、水軍にも詳しいのか」
「詳しいわけではございません」
「では、なぜ今すぐそこまで言える」
攻略本です――
とは言えない。
言ったところで信じられない。
信じられても困る。
「水辺で物を動かすには、人だけでなく、土地と顔役が要るからでございます」
呉用様の目が細くなった。
「心当たりがあるのだな」
あります。
ありすぎます。
「揭陽鎮のあたりに、会っておきたい方々がいらっしゃいます」
「名は」
来た――
私は、ひとつ息を置いた。
「李俊様」
呉用様の扇が、わずかに動いた。
「李俊?」
「水の戦いに強く、人をまとめられる方です。水軍の柱にできるかと」
「柱か」
「はい。最優先でお会いしたい方でございます」
長身、優男、独身、人当たりがよい。
水軍適性あり。
頭の中で、勝手に条件が並んだ。
これは、かなりの優良物件である。
いや、違う。
人材評価である。
私は婚活担当ではない。
採用担当である。
たぶん――
「婆惜?」
宋江様が首を傾げた。
「何でもございません」
「今、少し考え込んでおったぞ」
「水軍の将来を考えておりました」
嘘ではない。
ギリギリ――
呉用様が続ける。
「ほかには」
「張横様、張順様の兄弟です。川筋、舟の扱い、水中の働きに強い方々です。特に張順様は、潜る力が得がたいかと」
「潜る者まで要るか」
「要ります。舟の上だけが水軍ではございません」
「なるほど」
「さらに、穆弘様、穆春様の兄弟も押さえたいです」
「その者たちも水軍か」
「水軍そのものというより、地元の顔役でございます。宿、荷、人足、通行、揉め事処理。こういう方々を抜きにして舟だけ集めても、現場が回りません」
「現場」
「実際に物事が動く場所でございます」
呉用様は、少しだけ笑った。
「奥方の言葉は妙だが、便利だな」
「ありがとうございます」
「褒めてはおらぬ」
「承知しております」
いつもの流れである。
晁蓋様は、ここまで黙って聞いていた。
腕を組み、深く頷く。
「阮の兄弟だけに背負わせるには、梁山泊も大きくなりすぎたか」
「はい」
「呉用、どう見る」
「悪くない。水上での戦いに通じる者を増やすのは急ぎたい。だが、こちらから大勢を出せば目立つ」
呉用様の視線が、宋江様へ移った。
嫌な予感が形になる。
「宋江殿に行っていただくのがよい」
宋江様が目を丸くした。
「わしが?」
「名が通る。話を聞かせるには十分だ。それに、江州へ向かうなら、ついでに戴宗へ手紙を届けてもらいたい」
ついで……
出た――
仕事が増える時の言葉である。
「戴宗殿か」
宋江様は頷いた。
どうやら呉用様と戴宗様が知り合いなのは、ここでも自然な話らしい。
私は内心で修正する。
戴宗様は呉用様の連絡先あり。
李逵様は、まだ拾わない。
潯陽楼あたりで勝手に発生する。
自走式の火薬樽は後回し。
「奥方にも同行していただきたい」
やはり来た。
「私は宋江様の付き添いでございますね」
「表向きはな」
表向きは――
つまり、裏は別ということだ。
「実際には?」
「人を見る役だ」
採用担当である。
私は天井を見たくなった。
聚義庁には天井がある。
だが、見たところで仕事は減らない。
「私が見て、どうすると?」
「迎えるべき者か、距離を置くべき者か。奥方は妙なところを見る」
「妙なところとは」
「飯の食べ方、話の切り方、人を遮る間合い、荷の持たせ方」
そこまで見られていたのか。
呉用様は油断ならない。
本当に油断ならない。
「それは軍略ではございません」
「だから頼むのだ」
「意味が分かりません」
「軍略だけでは、人は動かぬことがある」
さらりと言われて、少しだけ黙った。
この人は、ときどき嫌なところで正しい。
宋江様が苦笑した。
「つまり、わしは名を貸し、婆惜が人を見るのだな」
「はい」
「そなた、いつの間にそのような役になった」
「私が一番聞きたいです」
本当に聞きたい。
私は宋江様の妻である。
表向きは――
実際には、会議の進行、食客の分類、婚姻案件の保留、水軍人材の採用。
肩書きが渋滞している。
「それで、いつ出る」
晁蓋様が問う。
「早い方がよろしいかと」
「青州の件もある。大勢では動けぬな」
呉用様が頷く。
「宋江殿、奥方、護衛を少し。花栄殿は残ってもらう」
花栄様が顔を上げた。
「私も参った方がよいのでは」
「花栄様は、御家族のこともございます」
私が言うと、花栄様は黙った。
花宝燕様の顔が浮かんだのだろう。
今は置いていくべきではない。
「秦明様と黄信様も、まだ休ませるべきです」
「分かっている」
呉用様が言った。
「此度は戦ではない。戴宗への手紙と、水辺の者たちとの顔合わせだ」
ついでが多い。
戴宗様への手紙。
揭陽鎮の顔役への挨拶。
水軍衆の採用下見。
宋江様の付き添い。
私の人材確認。
これは、出張である。
しかも目的が一つではない。
「戴宗様に会うとなると、江州まで行くのですね」
「そうなる」
宋江様が言った。
「途中で揭陽鎮へ寄るのか」
「寄るというより、そちらが本命でございます」
口に出してから、私は黙った。
呉用様が笑う。
「本音が出たな」
「失礼いたしました。表向きは、戴宗様への手紙でございます」
「表向きは」
「はい」
「では裏は」
「水軍衆の採用でございます」
晁蓋様が声を上げて笑った。
宋江様は少し困った顔をしている。
だが、否定はしなかった。
話は決まった。
表向きは、宋江様の江州方面行き。
呉用様から戴宗様への手紙を届ける。
私は妻として付き添う。
実際は、揭陽鎮周辺の人材確認。
李俊様、張横様、張順様、穆弘様、穆春様。
名前だけで、頭の中の一覧表が埋まっていく。
特に李俊様。
長身、優男、独身、水軍の柱候補。
……優良物件という言葉を、私は必死で飲み込んだ。
口に出したら終わる。
宋江様に聞かれる。
呉用様に利用される。
晁蓋様に笑われる。
何より、私は採用担当である。
人材を見に行くのであって、物件を見に行くのではない。
そういうことにしておく。
「奥方」
呉用様が言った。
「はい」
「楽しそうだな」
「気のせいでございます」
「そうか」
「はい」
完全には信じていない顔だった。
だが、深追いはされなかった。
助かった。
戦は、陸だけでは勝てない。
梁山泊が大きくなるなら、水軍を増強しなければならない。
舟を動かす者。
川を読む者。
水中で働ける者。
水辺で顔が利く者。
そういう人材が必要になる。
つまり、採用である。
表向きは宋江様の付き添い。
ついでに戴宗様へ手紙を届ける。
実質は、私の人材確認。
梁山泊水軍、増員開始でございます。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
梁山泊の水軍増強につき、江州方面への出張が決まりました。
表向きは宋江様の付き添い。
ついでに戴宗様へ手紙を届けます。
実際は、揭陽鎮周辺の人材確認でございます。
李俊様――
長身、優男、独身、水軍の柱候補。
大変よろしい。
いえ、人材評価です。
婚活ではございません。
攻略本知識は便利です。
ただし、便利な知識ほど仕事を増やします。
次回、付き添いという名の採用担当として行ってまいります。




