当面は食客扱いでお願いいたします
閻婆惜でございます。
本日は、秦明様と黄信様の扱いについて確認いたします。
捕虜ではありません。
入山者でもありません。
当面は食客です。
寝床と食事は出します。
身の安全も守ります。
ただし、役目も序列も出陣命令も、まだ出しません。
採用通知は後日でございます。
なお、王英様は今回も呼んでおりません。
朝の梁山泊は、思ったより騒がしかった。
水辺から声が上がる。
荷を運ぶ音がする。
飯を炊く匂いもした。
清風山から来た者たちは、昨日のうちに寝床を割り振られている。
負傷者は手当てへ。
花栄様の御家族は、女たちのいる場所へ。
清風山組は、ひとまず一か所に集められた。
問題は、秦明様と黄信様である。
客人。
避難者。
捕虜ではない。
だが、仲間でもない。
こういう中途半端な状態が、一番揉める。
会社でもそうだった。
正式採用ではない。
外注でもない。
研修でもない。
なのに机だけ用意されている人。
誰が指示を出すのか、誰が責任を持つのか、だいたい初日から混乱する。
だから、最初に呼び名を決める。
呼び名が決まれば、扱いが決まる。
扱いが決まれば、余計な口出しが減る。
私は、晁蓋様の前に座っていた。
隣には宋江様。
向かいに秦明様と黄信様。
少し離れて花栄様。
さらに奥に呉用様と公孫勝様がいる。
王英様は呼んでいない。
呼ぶ理由がない。
「まず、昨日の件を確認したい」
晁蓋様が言った。
声は穏やかだった。
だが、場の空気は軽くない。
秦明様は、腕を組んだまま黙っている。
黄信様は背筋を伸ばし、目を伏せていた。
宋江様が口を開こうとしたので、私は小さく咳払いをした。
宋江様がこちらを見る。
「婆惜」
「宋江様は当事者でございます」
「分かっておる」
「では、まず聞く側でお願いいたします」
宋江様は、少しだけ不満そうに息を吐いた。
だが、それ以上は言わなかった。
よろしい。
晁蓋様が私を見る。
「奥方、進めてくれ」
「承知いたしました」
進行役――
またである。
私は軍師ではない。
偉いわけでもない。
ただ、誰かが順番を決めないと、話が感情で燃える。
「まず、秦明様と黄信様の立場でございます」
呉用様の扇が、わずかに動いた。
「立場から入るのか」
「はい。そこを曖昧にすると、発言の意味が変わります」
「どういうことだ」
「捕虜として話すのか、入山者として話すのか、客として話すのかで、同じ言葉でも扱いが変わります」
呉用様は黙った。
納得したのか、面白がっているのかは分からない。
私は続けた。
「秦明様と黄信様は、当面、食客扱いでお願いいたします」
「食客」
晁蓋様が繰り返した。
「はい。寝床と食事は出します。身の安全も守ります。ただし、梁山泊の者としての役目、序列、出陣命令はまだ出しません」
秦明様が、初めてこちらを見た。
「つまり、俺はまだ賊ではない」
「はい」
「だが、ここで飯は食う」
「食べてください」
「随分と都合がよいな」
「生きるには、都合も必要でございます」
秦明様は答えなかった。
怒っている。
当然である。
けれど、怒鳴らない。
その分だけ、昨日よりはましだった。
黄信様が静かに尋ねた。
「私も、食客でよろしいのでしょうか」
「はい。ただし、黄信様には証人としてお話しいただきます」
「承知した」
黄信様はすぐに頷いた。
話が早い。
非常に助かる。
「では、確認いたします。秦明様は青州より出陣を命じられ、清風山へ向かわれた。黄信様はその前後の経緯を知っておられる。ここまではよろしいですか」
黄信様が答える。
「相違ありません。私は劉高の訴えを受け、先に兵を率いて清風山へ向かいました。その後、秦明殿が出陣されました」
秦明様の眉が動いた。
劉高の名が出るだけで、空気が悪くなる。
私はそこで止めない。
止めると、余計に引っかかる。
「劉高様は、清風山にて亡くなられました」
「伏兵の矢だった」
秦明様は不機嫌そうだった。
「はい」
「俺が殺したわけではない」
「承知しております」
「宋江殿でもない」
その言葉に、宋江様がわずかに顔を上げた。
私は頷いた。
「記録いたします」
実際には紙などない。
頭の中の議事録である。
こういう時代に議事録がないのは、本当に困る。
言った言わないがすぐ始まる。
黄信様が続けた。
「清風山の戦で兵は散り、私は捕らえられました。秦明殿は青州へ戻られました」
「その時点で、秦明様は清風山に降ったわけではありませんね」
「ありません」
黄信様ははっきり言った。
「秦明殿は敗れて戻っただけです。弁明の機会があれば、そう申し開きされたはずです」
秦明様の拳が、膝の上で固まった。
「弁明など、聞く気はなかった」
誰もすぐには答えなかった。
沈黙が流れる。
重い――
だが、必要な沈黙だった。
公孫勝様が静かに口を開いた。
「青州は、門を開けなんだのだな」
「はい」
秦明様の声は低かった。
「家の者は、すでに殺されていた」
花栄様が目を伏せる。
宋江様も顔を曇らせた。
私は息を整える。
ここで慰めに行くと、話が壊れる。
慰めは必要だ。
だが、今は事実確認の場である。
「黄信様は、その処分を事前に知らされていましたか」
「知りません」
「青州より、秦明様が賊と通じたという正式な通達を受けましたか」
「受けておりません」
「秦明様が清風山に降ったと確認しましたか」
「しておりません」
私は晁蓋様を見る。
「以上でございます」
晁蓋様は腕を組んだ。
「つまり、青州は秦明殿の話を聞かず、家の者を殺した」
「はい」
「黄信殿は、その不当を証言できる」
「はい」
「秦明殿は、まだ梁山泊に入るとは言っていない」
「はい」
呉用様が扇を鳴らした。
「だが、青州へ戻る道はない」
「ありません」
「ならば、いずれ梁山泊に入ることになろう」
「いずれの話を、今決めないでください」
私が言うと、呉用様は目を細めた。
「奥方は、ずいぶん人を待たせる」
「急いで決めた結果が、昨日の青州でございます」
場が静まった。
少し言いすぎたかもしれない。
だが、取り消さない。
呉用様はしばらく私を見て、それから小さく笑った。
「なるほど。今それを言われると、急かしにくい」
「助かります」
「褒めてはおらぬ」
「承知しております」
秦明様が、わずかに息を吐いた。
笑ったわけではない。
だが、怒りだけでもなかった。
晁蓋様が言った。
「よかろう。秦明殿、黄信殿は当面、食客として遇する。梁山泊の者として名を連ねるかは、後日改めて聞く」
秦明様は黙っていた。
しばらくして、低い声で言う。
「飯を食うことは、恩になる」
「そうだな」
晁蓋様が答えた。
「だが、恩で縛る気はない。ここで休め。怒るなら怒れ。話す気になれば話せ」
秦明様は、ようやく晁蓋様を見た。
「俺は、宋江殿を許したわけではない」
宋江様が深く頭を下げた。
「分かっておる」
「清風山も、許したわけではない」
燕順様はいない。
だが、いたとしても何も言えなかっただろう。
「青州もだ」
その声だけ、少し違った。
家族を奪った場所。
戻るはずだった場所。
門を閉ざした場所。
怒りの行き先は、一つではない。
私はそのことを、頭に入れておく。
「許す必要はございません」
秦明様がこちらを見る。
「何だと」
「今は、許すかどうかを決める段階ではございません。まず、食べて、休んで、傷を増やさないことです」
「俺は怪我人ではない」
「心の話です」
言ってから、少しだけ後悔した。
現代語に寄りすぎたかもしれない。
だが、秦明様は怒鳴らなかった。
「妙なことを言う女だ」
「よく言われます」
実際には、あまり言われていない。
言われる前に書類で黙らせていた。
黄信様が静かに頭を下げた。
「晁蓋殿。私も、秦明殿と同じ扱いで構いません。ただし、証言が必要な時は呼んでください」
「分かった」
晁蓋様が頷く。
呉用様は、まだ何か考えている顔だった。
秦明様を戦力として見ている。
それは分かる。
梁山泊にとっては、喉から手が出るほど欲しいはずだ。
だが、採用通知はまだ出さない。
内定も出さない。
まして配属先など論外である。
私は頭の中の議事録を閉じた。
秦明様、黄信様は食客。
事実確認は一旦完了。
青州の処分は不当。
今後の所属は保留。
宋江様は引き続き当事者。
花栄様の妹君の件は、当然ながら本日議題にしない。
王英様の婚姻案件は、影も形もない。
よし――
今日の仕事は、ここまででよい。
人は、食事を出されたからといって、すぐ仲間になるわけではない。
寝床を与えられたからといって、過去を置いていけるわけでもない。
それでも、食べる場所がある。
眠る場所がある。
話を聞く者がいる。
今は、それで十分だ。
正式な入山は、まだ先。
当面は食客扱いでお願いいたします。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
本日の聞き取りは、ひとまず完了いたしました。
秦明様と黄信様は、当面食客扱い。
青州の処分については、黄信様より証言をいただきました。
梁山泊への正式な入山は、まだ決定しておりません。
食事と寝床は用意します。
ただし、役目も序列も採用通知も後日でございます。
急いで決めた結果がどうなるかは、青州が実演済みです。
なお、王英様は最後まで呼んでおりません。




