所属は後日に内示します
閻婆惜でございます。
本日は、所属未定の皆様を梁山泊へお連れいたします。
入山ではございません。
まずは避難です。
寝床と食事を確保してから、今後について話し合います。
空腹のまま人生を決めると、大抵ろくなことになりません。
なお、配属につきましては後日内示いたします。
王英様の婚姻案件は、今回も対象外でございます。
弔いが終わったのは、空が白み始める頃だった。
青州の城壁は、遠くに黒く残っている。
門は最後まで開かなかった。
秦明様は、土を盛った場所の前に立っていた。
黄信様も、その隣から動かない。
誰も急かさなかった。
急かしてよい場面でもない。
だが、いつまでもここにはいられない。
城壁の上には、まだ兵がいる。
こちらを見張っているかもしれない。
夜が明ければ、捜索の兵も出るだろう。
悲しむ時間と逃げる時間は、こちらの都合で分かれてくれない。
秦明様が、ようやく振り返った。
顔は疲れ切っていた。
怒りが消えたわけではない。
泣き終わった顔でもない。
ただ、立っていた。
「梁山泊へ行けと言ったな」
「はい」
「俺は、賊になるとは言っていない」
「承知しております」
秦明様の眉が動いた。
「ならば、何をしに行く」
「避難でございます」
「避難?」
「梁山泊へ向かうことと、梁山泊の者になることは別の話です」
宋江様が、少しだけ目を見開いた。
たぶん、同じものだと思っていた。
違う――
少なくとも今は、分けなければならない。
「秦明様は、御家族を弔ったばかりです。黄信様も、昨日まで青州の軍人でございました。そのお二人へ、今すぐ所属を決めろという方が無理でございます」
「着いてから考えろと?」
「はい、寝る場所と食べる物を確保してから、お考えください」
「随分と現実的だな」
「空腹のまま人生を決めると、大抵ろくなことになりません」
秦明様は答えなかった。
黄信様が、小さく息を吐く。
少なくとも、反対ではなさそうだった。
私は宋江様を見る。
「お二人は、客人としてお連れください」
「客人?」
「はい、少なくとも、梁山泊で話が決まるまでは」
「着いた後は」
「晁蓋様たちとお話しください」
「わしが決めるのではないのか」
「宋江様は当事者でございます」
「まだ言うか」
「大事なことですので」
宋江様は、少しだけ肩を落とした。
悪いとは思う。
だが、当事者が一人で受け入れを決めると、あとで揉める。
会社でもよくあった。
社長が廊下で決めた話を、総務と経理と現場が翌朝になって知る。
あれは本当に困る。
水滸伝の世界でまで繰り返す必要はない。
私は燕順様へ向き直った。
「清風山へ戻ります」
「戻るのか?」
「人と荷物の確認が必要です」
王英様が、すぐに口を挟んだ。
「俺の荷物も持っていけるんだろうな」
「必要な物だけお願いいたします」
「全部必要だ」
「では、御自身でお持ちください」
「馬に積む」
「馬は負傷者を運びます」
「俺の酒は?」
「負傷者より御酒を優先なさるので?」
王英様が黙った。
燕順様が横で笑う。
「酒は諦めろ」
「お前の酒もあるんだぞ」
「少し持っていく」
「ずるくねえか?」
「燕順様」
私が呼ぶと、燕順様も口を閉じた。
よろしい。
荷物の話を始めると、山賊でも会社員でも大して変わらない。
自分の物だけは、全部必要だと言う。
「歩ける方、手当ての必要な方、担架で運ぶ方を分けてください。馬と荷車の数も確認します」
燕順様の顔が引き締まる。
「すぐに出るのか」
「遅くとも昼前には」
「早すぎる」
「青州の兵が来てからでは遅うございます」
鄭天寿様が頷いた。
「見張りを残し、支度を進めます」
「お願いします」
話が早い。
非常に助かる。
花栄様は、清風寨の方角を見ていた。
「御家族ですね」
「はい」
「使いは、すでに動いております」
「分かっています」
返事は早い。
だが、顔は今にも走り出しそうだった。
「屋敷を出た後、東側の裏道を通り、廟へ向かう手筈です。清風山には寄りません」
「護衛は二人だけです」
「人数を増やせば目立ちます」
「しかし」
「花栄様が戻れば、もっと目立ちます」
花栄様は黙った。
「御家族を助けるために、御自身は動かないでください」
言っていて、妙な気分だった。
助けたい者ほど、自分で動こうとする。
だが、顔を知られた責任者が現場へ飛び込むと、大抵話が悪化する。
現代でも、偉い人ほど会見場へ出たがった。
出ない方がよい時に限って……
「廟へ着けば、使いから合図が来ます。それまでは、予定通り動いてください」
「……分かりました」
今度の返事は、少し遅かった。
だが、本当に理解した顔だった。
「妹も一緒です」
花栄様が言う。
秦明様の顔が、わずかに動いた。
花栄様も気づいたらしい。
それでも、婚姻の話はしなかった。
学習している。
大変よろしい。
「妹君も、まず安全な場所まで移っていただきます」
「その後は?」
秦明様が改めて聞いてきた。
「その後に決めます」
「また保留か」
「はい」
「何でも保留にするのだな」
「今決めなくてよいことを、今決めないだけでございます」
「便利な言葉だ」
「とても便利です」
黄信様が、今度こそ少し笑った。
本当に少しだけだった。
それで十分である。
清風山へ戻る道で、私は人数を確認した。
歩ける者。
傷を負った者。
馬に乗せる者。
武器を持てる者。
食料を運ぶ者。
先に出る者。
最後まで残る者。
燕順様と鄭天寿様は、質問にすぐ答えた。
王英様は、自分の荷物について三度聞いた。
三度とも同じ答えを返した。
「必要な物だけでございます」
「何が必要かは俺が決める」
「御自身で運べる分までです」
「馬がある」
「負傷者が乗ります」
「二人乗りで」
「酒樽と負傷者を一緒に乗せるおつもりですか」
「酒樽を下にすれば安定する」
「却下です」
「まだ試してねえだろ!」
試す必要がない。
清風山へ戻ると、火計の跡が朝の光の中に浮かび上がった。
麓の木々は黒く焦げ、細い煙が残っている。
道の一部は崩れ、馬では通れない場所もあった。
根城そのものは無事である。
だが、ここへ長く留まれば、青州から必ず兵が来る。
燕順様が、焼けた斜面を見た。
「本当に、出るしかねえな」
「はい」
「俺たちの山だった」
声に笑いはなかった。
私は頭を下げる。
「申し訳ございません」
「謝るのか」
「使わせていただいたのは事実です」
燕順様は、しばらく何も言わなかった。
「秦明を止めるには必要だった」
「はい」
「なら、今さら言っても仕方ねえ」
「その代わり、梁山泊までお連れします」
「奥方が?」
「宋江様が」
宋江様が、こちらを見る。
「わしか」
「はい」
「そなたも来るのだろう」
「当然でございます」
「では、二人で連れて行くのではないか」
「責任者は宋江様です」
「そこは譲らぬのだな」
「譲りません」
梁山泊へ向かう者が増えた。
秦明様、黄信様の青州組。
燕順様、鄭天寿様、王英様と清風山の者たち。
そして花栄様と、合流予定の御家族。
宋江様と私。
一行というより、移転である。
引っ越し業者が欲しい。
だが、この時代に、そのような便利なものはない。
昼前、最初の者たちが山を下り始めた。
先触れと護衛が、道の安全を確かめる。
その後ろに、負傷者と荷物。
動ける者が周囲を固める。
見張りを最後まで残し、異変があればすぐ追わせる。
廟へ先に向かった使いからは、まだ合図がない。
花栄様は何度も東の道を見た。
だが、列を離れなかった。
今は、それで十分である。
秦明様と黄信様は、列の中央に入った。
縄はない。
武器は、まだ返していない。
客人扱いと、無警戒は別である。
秦明様は何も言わなかった。
黄信様も、黙って隣を歩いた。
梁山泊へ行く。
だが、まだ梁山泊の者ではない。
逃亡者でもない。
投降者とも決めていない。
仲間と呼ぶには、まだ早い。
今、決まっているのは、ここを離れることだけである。
所属は後日。
婚姻も後日。
王英様の婚姻だけは、後日にもならない。
まずは移動。
話は、着いてからでございます。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
本日の移動準備は、ひとまず完了いたしました。
秦明様と黄信様は客人扱い。
負傷者と荷物は優先順位をつけて搬送。
花栄様の御家族とは、途中で合流予定でございます。
梁山泊への到着後、所属について改めて協議いたします。
なお、酒樽を負傷者の下へ積む案は却下いたしました。
人事と婚姻と荷造りは、勢いで決めてはいけません。
以上、引っ越し業者不在の現場からお届けいたしました。




