友人にも、立場がございます
閻婆惜でございます。
本日は、友人訪問について確認いたします。
宋江様は罪人ではございません。
ですが、梁山泊と関わった方として見られる危険はございます。
そして、花栄様は宋江様の友人であると同時に、清風寨の武官でもあります。
友人だから大丈夫、とは限りません。
良い方ほど、宋江様のために動いてしまうことがございます。
なお、後で世話する、は引き続き禁句でございます。
清風山を離れてから、宋江様はしばらく黙っていた。
道はまだ山の中だった。
木の影が深い。
遠くで鳥が鳴いている。
さっきまで男たちに囲まれていた場所から離れたはずなのに、空気はまだ少し重かった。
私は馬上で、前を見ていた。
燕順様は話が通じた。
鄭天寿様も、今のところは抑え役に回れる。
王英様は接触禁止。
そこまでは確認済みである。
問題は、宋江様だった。
「婆惜」
「はい」
「先ほどのことだが」
「後で世話する、は禁句です」
宋江様は黙った。
まだ全部言っていない、という顔だった。
だが、言いそうだったので先に止めた。
「まだ、何も言っておらぬ」
「言う顔でした」
「また顔か」
「はい」
宋江様は小さく息を吐いた。
「わしは、場を収めようとしただけだ」
「存じております」
「ならば」
「収まっておりません」
宋江様は、また黙った。
よろしい。
黙るまでが早くなっている。
「宋江様」
「うむ」
「王英様のような方に、後で何かを用意すると思わせてはいけません」
「うむ」
「今その場にいない女性を、場を収めるための材料にすることになります」
宋江様の顔が、少し沈んだ。
「そのつもりではなかった」
「分かっております」
「分かっていても、駄目か」
「駄目です」
宋江様は深く息を吐いた。
「厳しいな」
「王英様相手なので」
「王英は、そこまでか」
「そこまでです」
私は短く答えた。
名前を聞く前から嫌な札が立った。
見て、確定した。
あの視線は、近づけてよい種類ではない。
宋江様は、しばらく何も言わなかった。
山道が少し開け、木々の間から、寨の気配が見え始めた。
人の声と武具の音がし始める。
門の前に立つ者たちがいる。
清風寨――
花栄様がいる場所である。
宋江様の顔が、少し明るくなりかけた。
私は見た。
「今の顔も、少し控えてください」
「友に会うのだぞ」
「友に会う顔は構いません。ですが、気を抜く顔は困ります」
「違うのか」
「違います」
「また違うのか」
「だいたい違います」
宋江様は、諦めたように前を向いた。
清風寨の門へ近づくと、こちらに気づいた者が声を上げた。
すぐに奥へ走る。
思ったより反応が速い。
悪くない。
ただし、よく整っている場所ほど、責任者同士の関係が問題になる。
しばらくして、一人の男が姿を見せた。
すらりとした体つき。
姿勢が良い。
目元が涼しく、動きに無駄がない。
武人の雰囲気がある。
だが、荒さがない。
この方が花栄様だと、名乗られる前に分かった。
花栄様は、宋江様を見るなり表情を明るくした。
「宋江殿!」
声に喜びがあった。
だが、無邪気すぎない。
駆け寄りながらも、周囲への目配りは残っている。
かなり有能である。
有能すぎる方は危ない。
宋江様は馬を下りた。
「花栄、久しいな」
「よくお越しくださいました」
花栄様は深く礼をした。
それから私へ向き直る。
「奥方もご一緒でしたか。花栄と申します」
礼儀正しい。
目線も危なくない。
王英様の後なので、余計にありがたい。
私は頭を下げた。
「閻婆惜でございます。急な訪問となり、失礼いたします」
「とんでもございません。宋江殿の奥方ならば、私にとっても大切なお客様です」
丁寧である。
非常に丁寧である。
だが、丁寧であることと、安全であることは別である。
私は花栄様を見た。
「花栄様」
「はい」
「こちらは、花栄様の私邸へお招きいただく形でしょうか。それとも、清風寨としての客人扱いでしょうか」
花栄様は一瞬だけ止まった。
宋江様も止まった。
花栄様は、すぐに表情を整えた。
「まずは私の屋敷へ。宋江殿は私の友ですから」
「ありがとうございます。では、私邸への滞在として扱われるのですね」
「はい」
「その場合、清風寨内で問題はございませんか」
花栄様の目が、少しだけ変わった。
理解が早い。
やはり有能である。
「劉高殿のことを気にしておられますか」
出た――
劉高。
名前には嫌な覚えがある。
細かい筋は思い出せない。
だが、清風寨で炎上するなら、おそらくこの名である。
「はい」
私は答えた。
「宋江様は罪人ではございません」
宋江様が、こちらを見た。
私は続ける。
「ですが、梁山泊と関わった方として見られる危険はございます。花栄様が宋江様を私邸へ迎えることで、劉高様がどのように受け取るかを確認したいのです」
花栄様は黙った。
その沈黙は、考えている沈黙だった。
宋江様の黙り方より、ずっと分かりやすい。
失礼かもしれないが、事実である。
「奥方」
花栄様は静かに言った。
「宋江殿は、私にとって恩義ある方です。お迎えすることに迷いはありません」
「それは承知しております」
「ですが、劉高殿がよく思わぬ可能性はございます」
「やはり」
花栄様は、少しだけ眉を寄せた。
「清風寨には、私と劉高殿がおります。私は武を預かる身。劉高殿は文官側の方です」
「関係は良好ですか」
宋江様が、軽く咳をした。
花栄様も少しだけ苦笑した。
「奥方は、直に聞かれるのですね」
「遠回しに聞くと、あとで炎上します」
「炎上?」
「はい」
花栄様は、少し考えてから答えた。
「良好とは申せません」
よろしい。
正直である。
「理由を伺っても?」
「考え方が違います。私が宋江殿を敬っていることも、あちらは快く思わぬでしょう」
宋江様の顔が少し曇った。
私はすぐ見た。
「宋江様」
「まだ何も言っておらぬ」
「顔に、申し訳なさが出ました」
「それも駄目か」
「今は駄目です。花栄様が宋江様を迎えると決めた以上、宋江様がその場で謝ると、逆に花栄様の判断を軽くします」
宋江様は黙った。
花栄様は目を瞬かせた。
それから、わずかに笑った。
「なるほど」
「笑うところではございません」
「失礼しました」
訂正が早い。
花栄様もかなり危険である。
私は紙を出したい衝動をこらえた。
でも、ここは門前である。
さすがに紙を広げる場所ではない。
だが、頭の中ではすでに項目が並んでいる。
清風寨訪問確認。
一、宋江様は罪人ではない。
二、ただし梁山泊に関わる者として見られる危険あり。
三、花栄様は宋江様の友人。
四、同時に清風寨の武官。
五、私邸への滞在は劉高様にどう見えるか確認。
六、劉高様との関係は良好ではない。
七、宋江様は友人宅でも気を抜かない。
八、後で世話する、は引き続き禁句。
八は、今後もしばらく残る。
花栄様は、私たちを屋敷へ案内した。
道中、清風寨の者たちがこちらを見る。
視線は悪意ばかりではない。
だが、好奇心はある。
宋江様と宋江様の妻。
花栄様が自ら迎えた客。
この三つだけで、十分に噂になる。
屋敷は整っていた。
武人の家らしく、簡素だが乱れていない。
弓があり、手入れされた武具がある。
動線が分かりやすい。
花栄様は、私たちを奥の部屋へ通した。
「まずはお休みください。食事も用意させます」
「ありがとうございます」
私は部屋を見た。
出入り口と窓。
外の廊下に声が届く範囲。
そして、人の気配。
花栄様が静かに言った。
「奥方。部屋の扱いも確認されますか」
私は花栄様を見た。
「はい」
「では、先に申し上げます。こちらは宋江殿と奥方の部屋として扱います。用のある者は必ず声をかける。私の屋敷の者以外は近づけません。夜間の見張りは廊下の角に置き、近すぎぬようにします」
私は少し黙った。
かなりよろしい。
宋江様も驚いている。
「花栄」
「宋江殿。奥方が気になさるのは当然です」
花栄様は落ち着いていた。
「先ほどの道中で、清風山の者に囲まれたのでしょう。ならば、ここで安心できる形を整えるべきです」
非常に有能である。
有能な方は危ない。
宋江様が巻き込みやすいからである。
「花栄様」
「はい」
「ありがとうございます。では、その手順でお願いいたします」
「承知しました」
花栄様は頭を下げた。
丁寧で話が早い。
そして、こちらの危惧を先回りする。
花栄様は危険である。
王英様とは違う。
王英様は分かりやすく危険だった。
近づけてはいけない部類だった。
花栄様は逆である。
有能で、礼儀正しく、宋江様を本気で敬っている。
だから危ない。
宋江様が動けば、この方も動く。
この方が動けば、清風寨が揺れる。
清風寨が揺れれば、劉高様が動く。
私は小さく息を吐いた。
宋江様がそれを見た。
「婆惜」
「はい」
「花栄は、良い男だろう」
「はい」
宋江様は少し嬉しそうになった。
私は続けた。
「良い方なので危険です」
宋江様の顔が止まった。
花栄様も止まった。
「良いから危険なのか」
宋江様が聞く。
「はい」
「なぜだ」
「宋江様のために動いてしまうからです」
部屋の中が静かになった。
花栄様は、まっすぐ私を見た。
「奥方。それは、私が宋江殿を害するという意味ですか」
「違います」
私はすぐに答えた。
「花栄様は、宋江様を害する方ではありません。ですが、宋江様のために動きすぎる可能性がございます」
花栄様は黙った。
「そして、その動きが劉高様にどう見えるかは、別問題です」
花栄様の目が少し伏せられた。
当たっているらしい。
宋江様は、また申し訳なさそうな顔をした。
「宋江様」
「うむ」
「その顔です」
「またか」
「はい。花栄様の判断を、宋江様が背負いすぎないでください」
「しかし」
「友人には、友人の立場がございます」
宋江様は黙った。
この言葉は、今回かなり重要である。
友人――
よい響きである。
だが、花栄様はただの友人ではない。
清風寨の武官である。
宋江様の友人であることと、清風寨での立場は別である。
そこを混ぜると炎上する。
花栄様が静かに言った。
「奥方のおっしゃる通りです。私は宋江殿をお迎えしたい。ですが、この地には劉高殿もおります」
「はい」
「ならば、私がどう迎えたかも、いずれ見られる」
「そうです」
「……なるほど。これは、確かに確認が要りますな」
よろしい。
花栄様は話が通じる。
それだけでなく、手順を理解できる。
だからこそ、宋江様と近いのだろう。
そして、だからこそ危ない。
やがて、花栄様は食事の手配に下がった。
部屋に残ったのは、私と宋江様だけである。
宋江様は、しばらく黙っていた。
今度の沈黙は、少し重い。
「婆惜」
「はい」
「わしは、花栄を巻き込むだろうか」
「可能性はあります」
「はっきり言うな」
「曖昧にすると、もっと危険です」
宋江様は、苦く笑った。
「わしの友人は、火種になるのだな」
「宋江様の友人が悪いわけではありません」
「では、何が悪い」
「宋江様の友人が、宋江様を大事にしすぎることです」
宋江様は何も言わなかった。
私は卓の上に置かれた紙を見た。
花栄様の家にも、紙はある。
ありがたい。
非常にありがたい。
私は筆を取った。
清風寨訪問再確認。
一、宋江様は罪人ではない。
二、ただし梁山泊に関わる者として見られる危険あり。
三、花栄様は宋江様の友人。
四、同時に清風寨の武官。
五、劉高様との関係は良好ではない。
六、私邸への滞在は噂の火種になる。
七、花栄様は有能ゆえに巻き込まれやすい。
八、宋江様は友人宅でも顔に出さない。
九、後で世話する、は禁句継続。
宋江様が覗き込んだ。
「九は、まだ残るのか」
「当然です」
「清風寨でもか」
「場所を問いません」
宋江様は、また深くうなだれた。
悪女になる暇がない。
王英様から離れたと思ったら、今度は花栄様である。
王英様は、分かりやすく危険だった。
花栄様は、分かりにくく危険だった。
宋江様の友人は、良い方ほど巻き込まれやすい。
清風寨に入って、ようやくそれがはっきりしてきた。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
本日の確認事項は、以下の通りでございます。
宋江様は罪人ではない。
ただし、梁山泊と関わる者として見られる危険はある。
友人にも、立場がある。
良い方ほど、宋江様のために動きすぎる。
以上でございます。
花栄様は、たいへん礼儀正しく有能な方でした。
だからこそ、清風寨では火種になりかねません。
なお、後で世話する、は場所を問わず禁句でございます。




