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ついでの書状ほど、重うございます

閻婆惜でございます。

本日は、ついでの書状について確認いたします。

友人訪問だけなら、まだ話は分かります。

ですが、そこに別の方への書状が加われば、話は変わります。

清風寨と清風山。

官側と山賊側。

宋江様がその間に立つなら、ただの外出ではございません。

なお、ついでという言葉は、基本的に信用いたしません。

一ヶ月が過ぎた。

体は、ようやく戻った。

朝に起きられ、食事も取れる。

歩いても息が切れず、夜に眠れる。

当たり前のことばかりだった。

だが、当たり前に戻るまでが長かった。

梁山泊での暮らしにも、少しずつ手順ができた。

水を運ぶ者。

食事を運ぶ者。

火を替える者。

宋江様を呼びに来る者。

部屋の前で声をかける者。

勝手に入ってはいけない者。

紙に書けば、少しは整う。

整えば、少しは炎上しにくくなる。

そう思っていた。

だが、梁山泊という場所は、こちらが一つ整えると、別のところから火種が来る。

しかも、たいてい善人の顔をして来る。

その日、宋江様は朝から妙に静かだった。

静かなのは悪くない。

悪くないが、宋江様の場合、静かすぎる時は何かある。

私は卓の上の紙を揃えながら、顔を上げた。

「宋江様」

「うむ」

「何か、おっしゃりたいことがありますね?」

宋江様は、少しだけ目を瞬かせた。

「なぜ分かる」

「顔です」

「また顔か」

「一ヶ月経っても、そこは変わりません」

宋江様は諦めたように息を吐いた。

よろしい。

反論しないだけ、進歩である。

「婆惜」

「はい」

「花栄のところへ行こうと思う」

私は、筆を置いた。

花栄――

その名前には覚えがある。

小李広、弓の名手、清風寨。

父の攻略本にも、たぶん載っていた。

強い――

かなり強い。

味方にすれば頼もしい。

そこまではいい。

だが、花栄という名前の周りには、別の名前も浮かぶ。

清風寨、清風山、燕順、王英、鄭天寿、劉高。

細かい筋は、はっきりしない。

だが、何かが炎上する場所だった気がする。

私は宋江様を見た。

「友人訪問でしょうか」

「そうだ」

「本当に?」

「なぜ疑う」

「宋江様の友人訪問は、だいたい友人だけで終わりません」

宋江様は黙った。

図星らしい――

あるいは、言い返す言葉がなかったのかもしれない。

そこへ、戸の外から声がした。

「奥方。呉用でございます」

早い――

本当に早い。

この人は、必要な時にちょうど来る。

便利である。

同時に危険である。

「どうぞ」

戸が開き、呉用様が入ってきた。

手には、折りたたまれた書状がある。

嫌な予感がした。

「宋江殿が清風寨へ向かわれると聞きまして」

「耳が早いな」

宋江様が言うと、呉用様は静かに笑った。

「山寨の中でございますので」

それは説明になっているようで、なっていない。

だが、今はそこではない。

呉用様は書状を差し出した。

「ついでに、こちらを清風山の燕順殿へ」

私は止まった。

ついで――

出た……

「呉用様」

「はい」

「ついで、という言葉は信用いたしません」

呉用様の目が少しだけ細くなった。

「なぜでございましょう」

「大抵、本件より重いものが混じります」

宋江様が小さく息を吐いた。

覚えがある顔だった。

私は書状を見た。

「清風山の燕順様ですね」

「はい」

「花栄様は清風寨。燕順様は清風山」

「その通りです」

「片方は官側。片方は山賊側」

呉用様は黙った。

少し楽しそうでもあった。

やはり危険である。

「つまり、宋江様の友人訪問ではなく、二勢力接触案件になりました」

宋江様が困った顔をした。

「そこまで大げさな話か」

「大げさかどうかは、戻ってからでは遅いです」

私は呉用様を見た。

「書状の内容は、宋江様もご存じですか」

「おおむね」

「おおむね、も信用いたしません」

呉用様が笑いかけた。

私は見た。

「まだ可とは申し上げておりません」

呉用様は口元を戻した。

「失礼いたしました」

本当に早い。

訂正も早い。

だから危険である。

「封は閉じてありますか」

「閉じております」

「宋江様が開く必要は?」

「ございません」

「燕順様に直接渡せなかった場合は?」

「持ち帰っていただければ」

「途中で奪われた場合は?」

呉用様の目が、少しだけ真面目になった。

「その場合は、焼いてください」

「承知しました」

宋江様が私を見る。

「婆惜」

「はい」

「そなたも来るつもりか」

「はい」

「体は戻ったとはいえ」

「全快しております」

「山道だ」

「なおさらです」

「なぜだ」

「宋江様だけで花栄様を訪ねると、友人訪問が人材獲得になり、書状が増え、清風山まで絡みます」

宋江様は返せなかった。

呉用様が静かに言う。

「宋江殿。奥方に同行していただいた方がよろしいかと」

「呉用まで」

「はい。宋江殿お一人ですと、情で動かれる」

「わしはそこまで」

「動かれます」

私と呉用様の声が重なった。

宋江様は黙った。

よろしい。

今回は話が早い。

私は新しい紙を出した。

花栄様訪問および燕順様宛書状確認。

一、目的は花栄様訪問。

二、燕順様宛の書状あり。

三、清風寨と清風山は別勢力。

四、宋江様が接点になる危険あり。

五、書状は燕順様本人へ渡す。

六、渡せない場合は持ち帰る。

七、奪われそうなら焼く。

八、同行者は私。

九、宋江様の顔。

宋江様が九を見た。

「また顔か」

「外出ですので、むしろ重要度は上がります」

宋江様は深く息を吐いた。

その日のうちに支度は整った。

大人数では目立つ。

少なすぎても危ない。

結局、最低限の供だけを連れ、私と宋江様は清風寨へ向かうことになった。

道中は、思ったより静かだった。

静かすぎる道は嫌いである。

音が少ないと、逆に隠れているものが目立つ。

山道へ入ってから、空気が変わった。

鳥の声が遠い。

木の影が濃い。

道の曲がり方が、どこか誘っているように見える。

私は、宋江様に馬を止めてもらった。

「宋江様」

「うむ」

「囲まれています」

宋江様の顔が変わった。

その瞬間、左右の茂みから男たちが出てきた。

速いし、数もいる。

逃げ道を、先に塞がれている。

これは、使える方の拉致ではない。

前のように近所の目はない。

役所への説明に使える外形もない。

ここで連れ去られれば、ただ危ないだけである。

「宋江様」

「何だ」

「今回は、包囲されているから使える、ではございません」

「分かっておる」

本当に分かっているかは怪しいが、今はそこを詰める暇がない。

男たちの前に、三人が出てきた。

一人は、落ち着いた顔をしている。

おそらく頭。

もう一人は、白く整った顔立ちで、まだ若く見える。

最後の一人は、小柄で、目つきがよくない。

目つきがよくない――

そういう表現しか浮かばなかった。

その目が、私を見た。

嫌なカードが、頭の中で赤く立った。

王英――

名前を聞く前に、たぶんそうだと思った。

「おい」

小柄な男が笑った。

「なかなかの女じゃねえか」

私は黙った。

宋江様が一歩前へ出ようとする。

私は袖を掴んだ。

「まだです」

「しかし」

「まだです」

落ち着いた男が、こちらを見た。

「名を聞こう」

宋江様が答える。

「宋江だ」

場の空気が変わった。

落ち着いた男の顔が、はっきり動いた。

「宋江殿?」

「うむ。晁蓋殿より、燕順殿への書状を預かっている」

男は、すぐに姿勢を改めた。

「これは失礼した。俺が燕順だ」

やはり――

白い顔の男が鄭天寿。

小柄な男が王英。

頭の中で、確認事項が勝手に増える。

燕順様は話が通じる。

鄭天寿様は保留。

王英様は接触禁止。

王英様は接触禁止。

大事なので、二度書きたい。

燕順様は、宋江様に礼を取った。

それから私へ視線を向ける。

「奥方もご一緒とは」

「閻婆惜でございます」

私は頭を下げた。

その間も、王英様の視線が離れない。

非常に不快である。

燕順様がそれに気づいたらしい。

「王英、やめておけ。宋江殿の連れだ」

ここまでは良かった。

ここまでは、まだ良かった。

宋江様が口を開いた。

「連れではない。わしの妻だ」

私は止まった。

正しい――

確かに正しい。

だが、今ここで言うと危ない正しさである。

王英様の目が変わった。

やはり危ない。

宋江様はさらに続けた。

「王英殿、今は堪えてくれ。必要なら、後で――」

「宋江様」

私は静かに呼んだ。

宋江様が止まる。

「……言ってはならぬやつか」

「はい」

「まだ最後までは」

「最後まで言う前に止めました」

燕順様が私を見る。

鄭天寿様も黙っている。

王英様だけが不満そうだった。

私は宋江様へ向き直った。

「今の後半は、取り消してください」

「後半」

「必要なら、後で世話する、の部分でございます」

宋江様は困った顔をした。

「場を収めようと」

「収まりません。火種に名札をつけただけです」

燕順様が、少しだけ眉を上げた。

私は続けた。

「女は、場を収めるための品物ではございません。王英様に期待を持たせる言い方も危険です。そして、宋江様がその期待を引き受ける理由もございません」

宋江様は黙った。

かなり気まずそうだった。

しかし、ここで引かないと後で燃える。

私は王英様を見た。

「王英様」

「なんだ」

「今の話は、なかったものとして扱ってください」

「宋江殿が言ったではないか」

「取り消しました」

「奥方が決めるのか」

「この件に限っては、私が当事者です」

王英様が口を開きかけた。

その前に燕順様が低い声で言う。

「王英。やめろ」

鄭天寿様も、静かに続けた。

「やめておけ」

王英様は舌打ちしたが、それ以上は近づかなかった。

よろしい。

燕順様は抑え役として使える。

鄭天寿様も保留から一段上げてよいかもしれない。

ただし、王英様は接触禁止で確定である。

燕順様は、深く頭を下げた。

「宋江殿、奥方。手荒な真似をした。申し訳ない」

「身元確認の前に囲む手順は、改善の余地がございます」

宋江様が横で小さく咳をした。

燕順様は一瞬固まり、それから苦笑した。

「……心得た」

「特に女性連れの場合は」

「それも、心得た」

よろしい。

私はようやく、少しだけ息を吐いた。

書状は燕順様に渡された。

封はその場で確認され、破られた。

内容に目を通した燕順様は、宋江様への態度をさらに改めた。

だが、私の頭の中では、別の紙が増えていた。

清風山遭遇確認。

一、今回は使える拉致ではない。

二、人目のない山中での連行は危険。

三、燕順様は話が通じる。

四、鄭天寿様は保留。

五、王英様は接触禁止。

六、妻という説明は相手を選ぶ。

七、後で世話する、は禁句。

八、宋江様の善意は、火種に名札をつける。

私は七を強く心に刻んだ。

後で世話する、は禁句でございます。

これは、今後も必要になる。

嫌な予感がする。

かなり嫌な予感がする。

宋江様が、小さく言った。

「婆惜」

「はい」

「減点か」

「大減点です」

「妻だと言ったことがか」

「前半は保留です。後半が大減点です」

宋江様は、深くうなだれた。

悪女になる暇がない。

体調が戻った途端、宋江様の友人訪問に同行し、清風山で拉致されかけることになった。

しかも、ついでの書状は本当に重かった。

水滸伝の世界では、ついでに頼まれるものほど危ない。

特に、その先に王英様がいる場合は……

本件、閻婆惜よりご報告いたします。

本日の確認事項は、以下の通りでございます。

ついでの用件ほど、先に中身を確認する。

人目のない場所での包囲は、利用価値より危険が勝る。

王英様は接触禁止。

後で世話する、は禁句。

以上でございます。

友人訪問のはずが、清風山で囲まれることになりました。

書状は無事に渡せましたが、確認事項は大幅に増えております。

なお、宋江様の善意は、時々火種に名札をつけます。

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