↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
二章:結び師と告げ師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/50

七、姫の舞

(私が、〈結び〉なんて……)


 スオノは、自分の血に流れる力が呪わしかった。刹那的に、どうしようもなく、務めから逃げてしまいたくなることがある。まだ子どもの頃、ばあやに泣きついて、ほんとうに逃げてしまったことがあって、そこでソノラと出逢ったのは、必然としか思えなかった。


(……ソノラ)


 双子の妹。

 妹が捨てられた理由を、スオノは知らない。だが、推し量ることはできた。


 ──ソノラは、〈結び〉の力が使えないのだ。


 季節の暮れ方に蜜梅(みつばい)の下で会うようになってから、判明したことだった。

 結び取り遊びをしている時に、どのような結び目でもほどいてしまうソノラに、スオノはびっくりした。葉結びでも、菜の花結びでも、ソノラは、あっという間にするっとほどいてしまう。


「すごいのね、ソノラ」

「昔から特技なの」


 笑ったソノラの顔は、花曇りのように見えた。あまりふれないでほしいと言っているようで、スオノはつい目を背けた。


(私の悪いくせ)


 ──気づいているのに、見ないふり。


「じゃあ、結ぶのはどう?」


 話を変えるように紐を差し出すと、ソノラの顔はこわばった。スオノは、簡単なあわび結びを見せてやったが、ソノラは、指を震わせていた。どんなに丁寧に見せてやり、手を添えてやっても、ソノラはついに結ぶことができなかった。

 スオノは、驚いてソノラを見やる。


「昔からだめなの」


 満月の逆光を受けて、スオノはその時、妹がどんな顔をしているのかわからなかった。

 一族のなかで紐を結ぶことができない人間はいない。だからスオノは、双子の妹がいなかったことにされて捨てられた理由を、なんとなく理解してしまったのだ。



「──テソン皇子さまが、お見えになりました」



 物思いにふけっていると、メノウ姫の侍女がそう告げて、まもなく〈明けの国〉の皇子テソンが座敷に現れた。


 空気が、寸暇のうちに、膨れ上がるように緊張を孕んだ。

 気をよくしていたはずの〈暮れの国〉の皇子ヨルカが、厳しく横目に、テソンを見やる。


 ──東に〈明けの国〉、西に〈暮れの国〉。


 海より来たる外ツ国から、両国は長年、〈幹(王)〉を戴く〈央の国〉を守ってきた。だが、この数年、両国の関係は、芳(かんば)しくない。


 〈暮れの国〉の〈明けの国〉への憎悪は、この数年、水面下で激しく募っている。


 ヨルカ皇子の態度は、そういうもので、皆が無言のうちに察していた。


 一方で、〈明け〉のテソンは表情を変えなかった。堂々ながらも礼儀正しく、メノウに礼を取る。スオノとホロンはさっと立ち上がって位置を変えると、テソンに道を譲ってやった。テソンは、ヨルカに目礼をすると、隣に楽座になる。


 メノウ姫は一見、にこにことしていて、テソンが来ても、振る舞いを変えなかった。次代を担う者として、婚約より前にどちらかに肩入れすることは、よしとしない。模範とも呼ぶべき姫君の対応であった。

 スオノは、姫が衿(えり)を整えるのを目の端に見た。そのまま、視線を畳の目にやる。


「テソンさまもいらっしゃったことだから、歓迎に舞をよろしいかしら」


 そう言って、メノウは立ち上がった。五つ襞(ひだ)の入った花裳(はなも)がふわっと広がって、腕よりも長い白袖が膝から流れ落ちる。

 舞衣装をまとっていたメノウは、スオノたちに声をかけた。


「ホロン、龍笛(りゅうてき)をお願いできる? スオノは箏(そう)をお願い」


 ふたりは、心得ていた。メノウの後ろに控えるように立ち上がると、用意された糸竹で、調べを奏でる。


 メノウの舞は、雅であった。

 白袖は、やさしき心を意味する。くるくると回って袖を天井に掲げるさまは、優美にあふれ、白梅の天井からは、綿毛灯(わたげび)を細かにしたような花の粉が輝き落ちる。

 余韻に、梅香が移ろった。


「たいへん美しうございました」


 すぐに称賛を示し、両手を打ったのは、〈暮れ〉のヨルカであった。剣を握って硬くなっているからだろうか。音がしたたかに聞こえる。


「ありがとうございます」


 舞を終えたメノウは、上気した顔でたおやかに笑む。

 ヨルカ皇子は許しを得ると、控えていた従者に命じて、メノウの侍女に綾子(りんず)の反物を渡した。


「次代の姫君の美しさをたたえて」


 淡桃色に黄丹の花を咲かせた絹織物は、品のいい豪華さがあった。

 メノウは、桜唇(おうしん)に弧を描いて、満足したと金色の視線をやる。

 次いだのは、〈明け〉のテソンであった。


「恐れながら……」

 テソン皇子は、照れた顔をしながら、詫びるように言う。

「なんとお褒めすればよいのかわからず」


 はっ、と後ろで、ヨルカ皇子が鼻で小さく笑ったのを、スオノは聞いた。


「褒めてくださろうとするお気持ちが、うれしく思います」


 メノウは肯定的に受け取った。

 姫君らしい鷹揚さを示す。


 テソン皇子は、ヨルカ同様に従者に命じると、今度は侍女に木綿の反物を渡した。無地の素朴な草木染めのされた布で、ヨルカ皇子が品位を疑うように、あからさまにテソンに侮蔑を込めた目を向ける。

 テソンは、てらいがなかった。


「美しい舞を披露するためには、修練のお時間が必要でしょう。これは、その時にお召しになるものとしてお使いください。水通しをすませておりますので、本縫いを終えれば、すぐにでも袖を通せます」


 メノウが、金の目を瞠(みは)る。


「どうぞ、お健やかにお過ごしなさりますよう」


 テソンが頭を下げた時、メノウの顔が一瞬ただの少女に戻ったのを、スオノは見た。顔を上げたテソンとメノウのあいだで、しばし視線が交わされる。


 メノウが示した心をわからぬヨルカ皇子でもなかった。ヨルカが楽座に拳を強く握り、唇を噛み締めるのを認めて、スオノはそっと目を伏せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。