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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
六章:ほどき

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四拾八、ほどき師

 ソノラは、タカラに背負われて、壁伝いに玉梅の上に昇った。スオノは片腕に担がれて、悲鳴を上げている。


「どうしてここへ?」


 わずかな凹凸に手足をかけながら、軽業のように登るタカラは尋常ではない。声をかけても、涼しい声だった。


「あなた方になにかあってはならないと、テソンから命じられた。護衛はヒジャルたちもいる。おれの頑丈さゆえの命令だ」


「信頼されているんですね」


「……もとは、あなたが引き返さなければよかった話だ」


 タカラは憮然と言ったが、きちんとソノラとスオノを瓦屋根に下ろしてくれた。下方に控え、滑り落ちた時にも備えてくれる。


「どうやってほどくの?」


 スオノがこわごわと揺れる瓦に立ちながら、尋ねる。

 ソノラは、そんなスオノに、ほほ笑んだ。


「紡ぐの」

「え?」


「わたしは、糸繰りの娘だから」


 紡ぐの。


 ソノラは、〈結び〉の儀式の残り香を感じた。


(スオノがいてくれる)


 姉はもう、やり遂げた。


(なら……)


 霞のようにたちこんでいた梅香に、眼下を見下ろせる。黒い〈もつれ〉の全容が、目に入った。


(今度は、わたしの番)


 ソノラの両手に、金が灯(とも)った。メノウとヨルカの〈結び〉をほどいた時とは異なる光。辺り一帯を、少しずつ照らしはじめる。


 ぽうっ、ぽうっ。

 綿毛灯のような、柑子色の灯り。

 腕の痛みは遠く、ソノラは、両手を見つめる。


(糸繰りの匠、ミハヤの娘ソノラは……)


 ──決して、見逃さない。


 〈ほどき〉の力。

 ソノラは、思い浮かべる。


 オリの里。種蒔きの唄。背負子(しょいこ)に感じた、ミハヤの、おこげの匂い。

 そっとなでられた背に、壊してしまった大事なもの。

 ミハヤはあれからなにも言わなかったけれど、きっと、落ち込んでいたにちがいない。


 集まった金の光が、しなやかに形を変じた。大きく、人ひとりの扱える代物。

 秋風に吹かれて、音が聞こえはじめる。



 カラカラカラカラ──……

 風車の、音がする。


 カラカラカラカラ──……

 紡ぎ車の、音がする。



 ソノラの手には、ほどなく黄金(こがね)の紡ぎ車があった。

 握りを掴んで、そっと、回しはじめる。


 カラカラカラカラ──……

 交わした言葉を思い出す。


(〈もつれ〉はきっと……)



 ──ほどかなくてもいい。

 抱えたままでもいい。


「わたしは、ただ、」


 カラカラカラカラ──……

 ──すくいとる。



 音にただよう香霧は、薄紅の綿となった。

 やわらかさと、あたたかさ、やさしい匂い。

 ソノラの手にふれ、取られた綿は、紡がれる。梅の香りが縒られて、金の糸に変わっていく。


 紡がれた金糸は、紡錘(つむ)に巻き取られてから、流水となった。

 央ノ宮から、滝のように流れ落ちる。


 糸滝となって、突き抜ける岩を伝い、大地に黄金の清水が注がれる。


 〈根〉に絡み、黒い〈もつれ〉に辿り着き、ふれると、ゆっくりとすくいとられ、次第にとけるように、ほどけていく。


 ソノラは、紡ぎ車を回しつづける。


 カラカラカラカラ──……

 紡げなかった糸が、紡がれていく。濯(すす)がれていく。


(母さん)


 ミハヤを、思った。

 同時に、亡き実の母を。


(お母さま……)


 わたしを、こうしてすくってくれたんだね。

 縁を、結んでくれたんだね。


 ソノラは、ユノアに会って、礼を言いたかった。


 握りを、回す。

 香霧の綿は、ほどきの糸となっていく。


 ソノラは、そうして、夕暮れまで、糸を紡ぎつづけた。

 央ノ宮から流れ落ちる金の流水は、梅の香をまとって、黄昏のなかでも明るく輝いていた。


 やがて〈根〉の揺れは収まり、気づけば、大地に這う黒い〈もつれ〉は、すくいとられ、いつの間にか見えなくなっていた。



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