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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
六章:ほどき

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四拾三、暮れの〈もつれ〉

 ソノラは、姉スオノの視線を受けて、瞬時にヨルカに目をやった。

 感覚が、糸で結ばれているような気がしながら、スオノが見つけたものを、ソノラもまた、見る。


 ──蕎麦の〈もつれ〉。


 それが、黒の度合いを増して、うじょうじょと増殖したようにもつれていくさまを、見た。


(あれは……)


 ソノラが動き出すよりも早く、鋭く、放たれる矢があった。


 どすっ、という音。


 次々に、柱に射さる矢の音。

 鉄と鉄が擦れる音で、御殿広場は、あっという間に騒擾(そうじょう)となった。


 女たちの悲鳴が上がる。

 宮の警護に当たっていたつわものたちが、沸いてきた者たちに応酬する。──〈暮れ〉の者だ。


 予想された以上に多くの狼藉者(ろうぜきもの)が広場に押し寄せた。メノウがよかれと思って、罷免(ひめん)しなかった〈暮れ〉の者たちが招き寄せたとわかるのは、騒ぎが収まったあとのことだ。

 警護の混乱が、揺れのように感じられて、押されるのがわかる。


「我らは、沈みゆく黄昏」


 先頭を行く男。剣を鞘走り、テソンや〈明け〉の者へと向ける地の底から吹き出した淀む声に、ソノラは、叫びそうになった。


(こんな……!)



 ──こんなことをして、なんの意味があるのだろう。



 央にとっても、〈明け〉や〈暮れ〉にとっても、〈幹〉の健やかさがなにより大事で、次代であるメノウ姫の婚礼は、祝福すべき、めでたいことのはずであった。恨みや憎しみで台無しにするものではないはずだ。

 たとえ、憎しみがあったとしても、婚礼の儀式を襲うこと、テソンに刃を向けることが、国にとって、民にとって、なににもならないことは、幼子にもわかる。


(なんて……)


 愚かなのだろう。

 ソノラは思う。


 自分のことしか考えない。憎しみに囚われる。その発憤のみが目的であれば、そうすることでどうなるのか考えない。なんて醜く、浅はかなのだろう。


(だから、ずっと選ばれないんだよ)


 目の前のことしか考えられないから、〈暮れ〉は、伴侶として選ばれないのだ。

 思いながら、姉スオノと寝る間に横たわって、話したことを思い出した。



『人は、どうしようもないものを抱え込んでしまう、生きものなのかもしれないわ』



 ──そういう人間が集まってしまうと、見えなくなってしまうことがあるのだろうか。



 自問に、ソノラは唇を、ぎりっと噛んだ。絹の下の拳を強く握る。


(わたしは……)

 ソノラは今、どうするべきだろうか。


「テソンさまっ!」


 メノウの悲鳴が聞こえた。

 ソノラは、顔を上げた。矢を受けたテソンに、メノウが寄り、周囲の敵を薙ぎ払うタカラを認めた。タカラは、ふたりを御殿の奥に促す。


「君も!」


 ヒジャルに促され、ソノラも、ホロンとスオノとともに御殿へと逃げる足を走らせる。

 鍔(つば)迫(ぜ)り合いの音を背に、ソノラはどうしようもないものを呑み込んだ。






 正殿の内部は、外の騒ぎと隔絶されたように、静かだった。降り積もった雪に音が吸われてしまう、そういう静けさで、ソノラたちの足音だけがやけに響く。

 〈幹〉は、いない。すでに退避したのであろうか。


「テソンさま……!」


 顔を歪めるテソンに、歩きづらそうなメノウが懸命に支える。


「お前はよく矢を受けるな」


 おどろおどろしい空気に、タカラの指摘が場ちがいに聞こえた。

 テソンが苦痛に笑う。


「そろそろ的の気持ちがわかりそうだ」

「的だと思われてるな」

「ちがいない」


 ソノラは、ふたりのやり取りに呆れつつもなんだか笑ってしまった。スオノたちが蒼白で真面目くさった顔をしているので、気が紛れる。

 一行は、玉梅の内苑(なかにわ)に、辿り着く。


 そこには、〈幹〉がひっそりと袂(たもと)に座っていた。



「──人とは皆、幼子のようだ」



 ソノラたちに気づかない。独白のようだった。


「あれがいやだ、これがいやだ。羨ましい。妬ましい。ずるい。集まれば、ますます衆愚となり、わがままを増す。

 なぜ、そのような者たちのために、わたくしだけが身を捧げなければならぬ? わたくしが、健やかでありつづけなければならぬ?」


 〈幹〉は、白金に輝く、玉梅の木肌をなでた。


「わたくしは、ほんとうに疲れた……」


 その苦しみは、ぼたん、と雫が穿つようであった。

 静けさを打ち破るようにして、武具防具の金物が擦れる音が辺りに響いた。重々しさからなのか、板の間が細かに揺れる。

 メノウとテソンが身を寄せ、他の複数の護衛たちがふたりを囲うようにして、その中央にタカラが立つ。

 ソノラたちは、ヒジャルら一部の護衛に守られながら、耳元で囁かれた。


「俺たちが、引きつけているあいだに、姫さまに付いて行ってください。外へとつながる路をご存知でいらっしゃいます」


 ヒジャルは、逃げろと言っているのだ。

 ソノラはヒジャルの目を見て、次にタカラに目線をやろうとして、喊声が上がった。やって来た〈暮れ〉の者たちに突っ込んでいくのを見る。


 〈暮れ〉の先頭──ナヒョンと呼ばれる男が躍り出て、タカラに応じた。


 高い、鉄の弾ける音。

 強い。ふたりが拮抗する。


 残る他の者たちが、タカラを抜けて、ソノラたちのほうへ押し寄せてくるのをヒジャルらが防ぐ。


「ソノラ……!」


 呼ばうスオノに、ソノラの足は踏み留まった。

 動けなかった。


 〈暮れ〉の者たちのなかに、黒く淀んだ〈もつれ〉を認められたからだ。もうこんがらがって、結び目もほどき目もわからない。弓状窟(きゅうじょうくつ)に迷い込んだ時のことが思い出される。

 ──どうしようもなく、もつれすぎてしまったモノ。


「ソノラ!」


 剣の音。男たちの雄叫び。

 ソノラは見た。


 ──蕎麦の〈もつれ〉。黒くなりすぎて、自分でもくやしくて持て余してしまっている〈もつれ〉。


 集団のなかにいるヨルカの視線は、玉梅の後ろに向かうメノウとテソンを追う。

 苦しそうに、顔を歪める。

 ヨルカは、剣を手に取って、真っ直ぐにテソンたちのほうへ突っ込んでいった。


「お前は……っ!」


 目が血走っていた。

 タカラが察する。ナヒョンを蹴り飛ばすと、肉薄するヨルカに対峙しようと身を翻す。


(だめ……!)


 ソノラは、逃げるより先に、叫んでいた。


「ヨルカ殿下!」


 声を上げた。

 考えずに、交わした台詞を吐いた。


「殿下は、そんなお人柄だったんですか!」



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