四十、父の小間物屋
連れて行かれたのは、工芸品を扱った店が軒を連ねる、奢侈街の通りだった。袴姿で歩いた時は居たたまれなかったのに、着ているものが異なるだけで、歩きやすさがちがう。実際には長衣に花靴は歩き慣れなくて、足のあいだがすうすうして、落ち着かなかった。
そもそもが慣れないのだ。里山に住む田舎者には、この都の空気が合わない。
スオノに手を引かれ、招かれるように足を踏み入れた場所は、帯留めや簪、打紐などの飾りを扱った、心惹かれる小間物屋であった。
「わあ……!」
ソノラは、声を上げる。
年頃の娘だから、やはりこういう店には憧れがある。里の土産話になるだろうと、ひとつひとつの帯留めを手に取って、装飾を眺める。漆の亀甲文様などはかっこいい。
(母さんのお土産にしようかな)
匠の羽織にも似合うにちがいない。
ソノラは、ミハヤを喜ばせてやろうと、内心でたくらむ。
ふいに、別れ際のミハヤの顔を思い出す。腹のずっと奥底にいだいていた不安が、押し寄せるような気がした。昔、泣き叫んだ不安が連想されて、その縁を見るように、じっと、文様の溝を眺める。
「やあ、いらっしゃい」
品を眺めていると、店の奥から、父ソルが出てきて、ソノラはびっくりした。驚きで感じていたものが雲散する。
「ここは僕の店なんだよ」
父の言葉に、スオノがにこにこと得意げな顔をするので、ソノラはあえてここに連れてこられたのだとわかった。
店の奥にある、得意客用の部屋に通されて、ソノラはきょろきょろとする。透かし格子の入った椅子と卓は洒落ていて、赤珊瑚の珠暖簾のかかった部屋に、上品に調和していた。
父ソルの趣味のよさと目利きをうかがい知ることができる。
「よく来たね」
まもなく緑茶とともに現れた父は、真向かいに座っていたスオノの横に現れると、ひとつ、話題を口にする。
──告げの一族当主ウロンが、急逝したこと。
「持病の悪化によるそうだ」
もとより心臓が悪いなかで、一族の切り盛りをしていた。自分の罪を告白した安心なのか、〈幹〉より沙汰を受けた負担なのか、どちらにしろ死因は心臓の麻痺によるものだった。
父は、結びの当主として、スオノは、結び師として葬ノ列に参列したが、ホロンはずっと泣いていたという。ぽっと出のソノラはあえて参列を控えたけれど、ホロンという若者は、聞くにかわいそうだと思った。告げ師という責だけではなく、当主の座も継ぐことになって、負担になるにちがいない。
「大丈夫だと思うわ」
スオノは言った。
「顔色がいいの。たしかに悲しんでいるけど、あやまった〈告げ〉をしてしまった時と大ちがいだわ。たぶん、大丈夫だと思う」
幼馴染のスオノがそう言うのであれば、そうなのだろう。
「僕も、ホロン殿を支えるつもりでいるよ」
遺言があったからね、と父は言った。
話題は、メノウ姫とテソン皇子の婚礼に移った。
本来であれば、ヨルカ皇子との婚礼だったものの、相手を替えてもとより予定していた日取りで執り行うのが決まっている。
民草から聞かれた国の状況から、一刻も早く、次代の健やかな気を届けることが先決であると判断されたためであった。
──次の種蒔きまでには、国土に十分な気が行き届かなければならない。
日取りを変更せずに行うことが決まったのは、そういう理由からで、スオノは、その儀礼を結び師として司る。仮の打紐のうえに、深碧色の正式な紐で〈結び〉を行えば、メノウ姫の健やかな気が〈根〉に届くので、重要な役割であった。
「衣裳とか、準備は間に合うの?」
ソノラは、気になることを尋ねた。
相手が異なる結婚だ。用意されていたものはこれまでヨルカのために誂えていただろうに、一ヶ月で準備を終えられるのか甚だ疑問であった。
「そこは、テソン殿下の懐の深さだよ」
父が答えた。
なるべく簡略し、これまで準備してきたもので使えるものがあれば使えるよう、儀礼尚書に命があったという。メノウ姫の意向でもあるということだった。
衣裳だけは、急ぎ受注し直され、〈明け〉を示す朱紅の衣ができあがる予定だという。
「我が家の職人も出向して、婚礼までは大忙しだ」
父は呑気に話したが、当の職人たちは大変だろう。
ソノラは、耳を傾けながら、目の奥底に残像する光景を思い出していた。
(ヨルカ皇子は……)
どうなったのであろう。
ソノラがほどき、スオノが結び直したあの日から、ヨルカの話はとんと聞かない。〈暮れの国〉についてもだ。どこか不気味な静けさをもって、沈黙している。
「姫さまが、〈暮れ〉の人間を重用するのをやめなかったのが、功を奏したのかもしれないわ」
スオノは、気にするソノラにそんなふうに返した。
婚約を結び直しても、メノウ姫は周囲に置いた〈暮れ〉の者を罷免することはなかった。
ウロン爺の訴えに、なにか心動かされるものがあったからだろう。
気にしすぎよ、とスオノは言ったが、それでもソノラは、どうしても最後に見た〈もつれ〉が目の奥に焼きついてしまって、仕方がなかった。
増殖する〈もつれ〉。
蕎麦の色が濃くなって、黒くなっていくさまを、忘れられなかった。それは、ミハヤとの別れ際と、奥底にいだいていた不安に似ている。
ソノラは、護岸で渡し船を見ながら、そのさまを思い出していた。




