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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
六章:ほどき

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40/50

参拾九、対の衣

 ソノラは、ぼうっと護岸の石積にしゃがんで、運河にかかる太鼓橋の下を渡し船が通るのを見ていた。

 まだ陽の昇りきらぬ早朝、早起きが癖づいているソノラは、目が覚めてしまった。もう一度眠ることもできず、暇を持て余して、朝の散歩に出た。


 朝靄(あさもや)に、息をすると、視界がはあっと白く曇る。

 その白が、すっかり消えるまで見つめる。


 この数週に起きたことを、思い出していた。


 ──ほどき師、であるということ。その役目を果たしたこと。


 口さがない人間は、凶ツ者(まがつもの)となじったが、ソノラは相手にしなかった。父や実の母、先代告げ師カロンの思いを聞いたからだろう。芝居小屋で聞いた時と異なって、不思議と心は波立たなかった。


「君は強いんだね」

 やさしげな父の目元は、姉であるスオノにそっくりで、自分にも似ていた。

 ソノラは、肩を小さくした。


「べつに、そうじゃありません。言われて嫌な気持ちになることはたしかですから」

「それでも流すことができる。十分強い」

「……ありがとうございます」


 ソノラがぺこっと頭を下げると、父は薄く笑う。

 スオノは最近、やたらと、はしゃいでいた。


「きっと、これが似合うわ」

「似合わないよ」


 スオノが片っ端から卓に並べていったのは、光沢の美しい反物(たんもの)の数々だった。凝った織り目に、あざやかに染め抜きがされ、金銀の刺繍が施されている。折り重なる野菊や蜜梅、扇などの娘らしい華やかな模様は、ソノラの心を躍らせたけれど、どこか現実味がなかった。


 ミハヤが、この場にいなかったからかもしれない。





「あたしは、里に戻るよ」


 ソノラが、〈幹〉の前で、〈ほどき〉を行った翌日のことだ。

 ソノラには、一月(ひとつき)のちに行われるメノウ姫とテソン皇子の婚礼ノ儀まで、都に滞在するよう命がくだった。国の命運を担うほどき師として、儀礼に参加するように、というお達しだった。

 スオノはとても喜んで、そのあいだ、結びの屋敷に滞在できるようにしてくれたが、ミハヤは、里長とともに、オリの里へ先に戻ることを選んだ。


「母さんもいてくれるんじゃないの?」

「糸繰り堂があるからね。これ以上、留守にはできないよ。また、ヨナとトハンが喧嘩をおっぱじめるかもしれないしね」


 たしかに。

 あのふたりは、どうにも言葉が足りないところや、どちらも感情をぶつけるところがあるから、留守が長くなれば長くなるほど、喧嘩が起きる可能性は高まる。

 ソノラは肯く。


「わたしが帰るまで仲よくするように言っておいて。喧嘩したら、堂の埃(ほこり)取りを隅から隅までやって、冬に合わせて指先が凍るような水拭きをやらせてやるって」


 冗談に、珍しくミハヤは乗ってこなかった。

「言っておく」

 低く、軽く応じる。それから、ソノラの頭に、ぽんと手を載せると、若草色の髪をくしゃっとさせた。ソノラは、むっとしながら見上げる。


「もう、子どもじゃないんだから」

「元気でね」


 その笑い方は、ミハヤらしくなかった。

 奏聞を踏まえて、国が倉を解放することが布告されると、ミハヤと里長は、帰途についた。

 そこから数週、ソノラだけが、都に取り残されている。





「今日はこれを着ていきましょう」


 スオノがそう言って手に取ったのは、品のある菫が刺繍された対の長衣(ちょうい)だった。色ちがいになっていて、黄と水色の地になっている。控えめな菫草(すみれぐさ)が揃いとなって、裾模様がかわいらしかった。


(わたしに似合うかな)


 ソノラが苦笑を浮かべると、スオノがおずおずと口を開く。


「あのね、私……」


 恥ずかしそうに言う。


「……ソノラといつか、並んで、揃いのものを着たいと思っていたのよ」


 そう言われてしまうと、ソノラは降参するしかなかった。

 侍女に手伝われて、未だに慣れない長衣をまとって、髪をくしけずられる。肩より少し長いだけの髪を結ってもらって、合わせた菫の歩揺(ほよう)を挿してもらい、化粧を施してもらう。そうして、姿見の前に立てば、スオノにそっくりな立派な令嬢がいて、ソノラはまじまじと鏡面を覗き込んだ。


「よく似合うわ!」


 同じ長衣をまとったスオノが、喜色を浮かべる。


 スオノが水色で、ソノラは黄色。

 対の双子が、鏡のなかに並んでいる。


「お買い物に参りましょう!」


 明るい声でスオノがソノラの腕を引いて、揃いの花靴を履いた。

 スオノは、真の〈結び〉を終えてから、ソノラが滞在するようになって、ずっとこんな調子だった。泣いてばかりの浮かない姉の姿はない。


(もしかしたら……)


 これが、姉本来の気質なのかもしれない。結び師という責任がなければ、ただの年頃の、高貴な娘。

 それが姉スオノという人なのかもしれなかった。



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