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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
五章:一族の誇り

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参拾八、正直者(二)

 その場に、困惑と緊張、期待、さまざまな感情が蠢いた。ソノラは遠くから、さまざまな〈もつれ〉がこの場に満ち、されど、中央に立つホロンという告げ師の〈もつれ〉に、目がいった。


「──め……」

 ホロンは、わずかの間ののち、口を開いた。

「め、メノウ姫さまを、さ、さ、さ、支えるのは……」


 待つものにとっては、長く感じる時間だった。


「て、て、と、と……」

 ホロンは、音を繰り返す。


「──て、テソン皇子さまに、ご、ございます」


 すうっと、〈もつれ〉が消えてゆく。

 朝の空にとけて、涼風に、運ばれていく。

 風車が、カラカラ、と回る音がする気がした。


 壇上で、顔を覆うメノウ姫の姿があった。すぐに、テソン皇子が姫のもとに膝を折りにいく。〈告げ〉を受けて、ふたりが手を取り合うのは、どんな芝居を見るよりも感動するような場面に見えた。


 ソノラは、けれど、視線を横に動かした。


 感動的な場面で、ひとり、ぽつんと取り残された姿。その蕎麦のような〈もつれ〉をとらえる。それがうじゃうじゃと増殖するように黒くなって、地へと流れるのを目にして、足を踏み出そうと──……


「──ソノラ」


 名を呼ばれて、ソノラは、顔を上げた。

 父のソルが、手を伸ばしている。


「〈幹〉が呼んでいる」

「え?」


「君とスオノを、呼んでいるよ」


 そこで、ソノラは、スオノと、面紗をかけた自分に、百を越える視線が注がれているのがわかった。

 大衆が割れて、その先には、〈幹〉が美しいかんばせを浮かべている。

 父に、手を取られる。

 ソノラは、導かれるままに、人形のように着せられた華美な裳裾をひいた。スオノと手をつなぎ、前に出る。


「──お前が、ほどき師か?」


 目の前の、神々しい女人が、ソノラの面紗を取った。スオノとそっくりの顔が現れると、静かなざわめきが広がった。


 凶兆。凶ツ者(まがつもの)。


 そんなつぶやきが聞こえて、けれど、ソノラの耳には残らなかった。


「双子とは奇っ怪よの。されど、このような時のために、神は用意したもうたのだね。お前の出番だよ」


 〈幹〉は、なにが、とは言わなかった。

 ソノラは、スオノの琥珀と目が合って、その奥に輝いているものを見つけると、自分がこの場でなにをすればよいのかわかった。


 すっと、一歩、はじめて履いた花靴を踏み出す。

 メノウ姫の前に、出る。


 その手首に結ばれた、目に見えない金色の結び紐を見た。ソノラには、輝く打紐が見える。梅結びの美しい結び目が光を放って、結ばれている。

 指先で、輝きにふれた。


(わたしは……)


 途端に、ソノラの指からも金の光が流れ出て、しゅるりしゅるりと、音を立てるように、梅の結びがほどけていく。梅の花びらが散じる。かがよう紐は、波紋が凪ぐように消えていく。


 ソノラは、糸を紡ぐことのできぬ過去を思い出した。

 スオノと並んで、結び紐を結べぬ自分を思い出した。


 ──〈ほどき〉の力。


 ほどき師としての、力。

 そういうものが、自分に宿っているのだとわかった。


(でも……)



 ──わたしがやるのは、ほんとうに、これだろうか。



 またたきのうちだった。

 ソノラがほどいた横から、スオノが新たな花萌葱(はなもえぎ)の打紐を取り出すと、メノウとテソンの手首に〈結び〉を施す。実りの鈴とともに、紗の衣をまとい、風を孕み、花裳を開いて舞うスオノは、同じ姉妹だとは思えぬほど、高貴で神々しい存在だった。


 しゃんっ、しゃんっ、という鈴の音が響く。

 神の社での舞だった。

 白金色の光が、真の〈結び〉を祝福するように、梅と鶴、エ霞紋(えがすみもん)を描いて、周囲を明るくした。


「正しき〈告げ〉と〈結び〉に祝福を」


 〈幹〉がメノウとテソンの手を取ると、歓声が、沸く。

 ソノラは、自分の指先を、静かに見つめていた。



   *



 宮殿から帰ってきて、ウロンは、ぐったりと脇息にもたれかかった。慣れぬことをしたからだろう。張っていた気がゆるむとともに、体に気怠さが残っていた。

 どこか、満足のいく疲労感であった。


(後悔は……ない)


 死地に向かうことが決まったとしても、ホロンが立派に務めを果たすことができたのを見れば、兄やカロンに、夜見の国での報告ができるというものだ。


「──当主さま」


 従者から声がかかって、まもなくして客人が招かれた。

 ウロンは、もたれていた背筋を伸ばす。

 無論、想定していたことだった。

 昨日から今朝にかけてウロンが行ったことは、あちらの国には一切伝えていないことで、今日のことは寝耳に水であっただろう。


 ウロンは用心して、入室してきた男──〈暮れ〉のナヒョンを見定めて、その明るい剽軽(ひょうきん)さに面食らった。


「今日は一本、取られましたわ!」

 ナヒョンは、額を叩いた。

「まさか、あのような形で、〈幹〉に我らが舐めてきた辛酸を伝えるとは、思いつきますまい」


「…………」


「そのうえで、ウロン殿がすべて罪をかぶってくださるとは、なんとありがたきこと! 酒盛りでもしましょうや!」


 ナヒョンは言って、酒瓶を差し出した。しばし、ナヒョンの浮薄な目の奥に、鋭い光が浮かんだ。ウロンは無言で、その光を受け止める。

 ほんの数瞬後、ウロンは痛い膝に鞭を打つと、戸棚から盃をふたつ、取り出した。


 こぷこぷ、と酒が、波々と注がれる。

 ウロンは、ナヒョンから酒盃を受け取って、目顔で、乾杯を示した。

 くいっ、と口のなかに招く。


(ああ……)


 うまい酒だ。

 老いた体の、隅々のしわに沁みる酒であった。米の味わいが深く、昔ながらの粕漬けを思い出す。


(兄者……カロンや……)


 ──儂は、告げ師の誇りを、守ることができただろうか。


 ウロンは、まぶたを閉じ、酒を一気に飲み干す。ナヒョンは、そのさまを見届けると、いつの間にか退室していった。

 ウロンは、隅に敷かれた蒲団に向かって、体の思うままに横たわった。

 遠くなる視界に、幼いホロンを、思い出す。


(もう一度……)


 ──風車を、買ってやりたかったなあ。


 そう思うと、ウロンは、しっとりと夜気にくるまれるように眠った。


 翌朝、ウロンは起きてこなかった。従者が起こしに来た時には、つめたくなった顔に笑みを浮かべて、眠っていた。





五章:一族の誇り──了──



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