参拾七、正直者(一)
「──すべて、この儂、告げのウロンが、仕組んだことにございます」
央ノ宮の御殿広場にて、告げの当主ウロンが玉砂利に額づく姿に、ソノラをはじめ、集められた者たちは、呆然としていた。
簡易に敷かれた筵道に、皆が膝を折っている。頭を下げるウロンの先、石段の上には、今上の〈幹〉が、圏椅におわした。
装飾傘の下に、たおやかに肘をかけている。横には、メノウ姫がいて、さらにはその横に、〈暮れ〉のヨルカ皇子がいた。下座には、〈明け〉のテソン皇子がいたが、護衛を担うタカラは、この場にはおらず、どこかで控えているのだと思った。
壇上では、驚愕するメノウに対して、ヨルカは、これでもかと憤怒を浮かべている。
朝告げ鳥の鳴く早朝、〈幹〉の急使によって叩き起こされ、集められた者たちは、告げの当主ウロンの自白を聞かされるままになった。
──半年前の〈告げ〉に偽りあり。
だれより一番驚いているのは、ホロン、そして、スオノであった。
「〈告げ〉を、たばかった。そう、申したか?」
溜息の出るような、美しい女人であった。
ソノラは、皆の集まる一番後ろ、ミハヤとともに並んで、少し遠目に〈幹〉を拝む。
ミハヤよりも少し年上。そうは見えぬ美しさが、〈幹〉であった。むしろ、歳を重ねているからこそ、娘であるメノウ姫より奥行きのある美を秘めていた。淡桃の髪に豪奢な簪、錦の長衣と花裳がよく似合う。
「あたしも、あれくらい美人だったらねえ」
「母さん……」
真面目な場で漏らすミハヤのつぶやきを、ソノラは面紗ごしにたしなめた。スオノと双子であることは、まだ公になっていない。この場に関係ない騒ぎを起こさぬための面紗であった。
(緊張感がないんだから)
ソノラは嘆息しそうになったが、結びの屋敷に滞在していたソノラたちまで呼ばれるに至ったのは、よくわからなかった。
「このウロンが画策し、当代の告げ師ホロンに、偽りの〈告げ〉を命じました」
「お前のみが独断で動いたと? わたくしが、そのような申し出を信じるとでも?」
「お休みになっている陛下の手を、これ以上なにをわずらわせましょうか。すべて、この老いぼれがたくらんだことにございます」
「お前の行動は納得がいかぬ。〈告げ〉をたばかるうまみが、お前たち一族のどこにある? よほど、どこかに唆されたという理由のほうが納得いく」
〈幹〉は、厭世的な顔で、ちらっとヨルカ皇子や、控える〈暮れ〉の者たちを見やった。水面の下がゆらりと澱む。
「おっしゃる通りにございます」
「弁明があるか?」
「──儂は、ずっと、なぜ我が一族のみが苦しみを負っているのか、悩んで参りました」
ウロンは、頭を少し上げると、訥々と語った。
「皆が、我が一族の苦悩と盾のうえにあぐらをかいて暮らしていると思っていたのです。結びの一族が栄えるなか、同じ責任をともにしているはずなのに、傾くばかりの一族の立場に、煮え湯を呑まされている気分でございました」
「生活は苦しくないはずだが?」
「妬ましかったのでございます」
ウロンの低い声は轟いた。
「その力と立場で、人々に持て囃されるのが」
「それがなぜ、偽ることにつながる?」
「〈告げ〉を受けたうえで、〈結び〉を行うのは結び師の責任にございます。〈告げ〉に応じた振る舞いをするのかは、結び師の判断による」
「そのようなことをしても、〈告げ〉が偽りとわかれば、お前たちの責任にもなる」
「たとえ、責任を負うことになったとしても、同じ煮え湯と苦しみを、味合わせたかったのでございます」
血を吐くようなウロンの唸りであった。
「ただ、縁を結び、人々に喜ばれ、華やかな力としての〈結び〉ではなく、我が一族と同等の責任と苦しみを、現に味合わせてやりたかったのです」
前方にいたスオノが、わずかにこわばった。父ソルがその背をなでるのを、ソノラはそっと視界に入れる。
「西を守る〈暮れの国〉もまた、似た立場にございました。儂は囁きました。地を這い、根を伝う、我らが苦しみを、陛下や朝廷に伝えよう、と。姫殿下の伴侶になりさえすれば、我らの苦しみは伝わろう、と」
「…………」
「儂はそうして、ホロンに偽りの〈告げ〉を伝えるよう、命じました」
腹の底の澱みをすべて吐き出したように、ウロンが再度額づくと、御殿広場は、石のように静まり返った。
わずかな時間が流れたのち、澱みに浮かぶ泡沫がぱちんと消えたように、〈幹〉の嘆息がひとつ聞こえた。
「……私怨とは、かくも恐ろしきかな」
〈幹〉は、かけていた肘を下ろすと、立ち上がって、ウロンを階のうえで見下ろした。ひどくつまらない昔噺を聞いたあとのように、うんざりした顔で、持っていた扇で指し示す。
「沙汰を申す。
──告げの当主ウロン、お前は、これより二週のち、西ノ藩州よりいでて、北西島嶼部にて、防人の任を命ず。任期は無期。戻ることはあたわず」
「へ、陛下……!」
懇願のように、ホロンがウロンの前に躍り出た。
「じ、爺は、足と心ノ臓を患っております……! 戦地に赴くなど、死と同様で……」
「今すぐ死罪を命じなかっただけ、免じたことがわからぬのか? それとも、ホロン、当主が全責任を負うと言って、お前が偽りを申したことに目を瞑ってやったこと、お前のためをと思って当主が申し出た機会を、みすみす逃すつもりか?」
〈幹〉の言葉に、ホロンは、はっとした。ウロン爺を見やる。
「爺……」
「──お前には、やり直しを命じる」
〈幹〉は、ウロンを視界から追いやって、全体を見渡した。
高らかに、宣言がある。
「これより、あらためて、〈告げ〉の場を設ける。
──告げ師ホロン、わたくしの前に出て、申すがよい」
「あらためて……?」
「玉梅より聞いた神の声、わたくしの娘メノウの、真の伴侶はだれか。真実を、申すがよい」




