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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
五章:一族の誇り

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参拾六、あとづけ

 ソノラは、ウロンの腹にある〈もつれ〉を見て、自分が言うべきだと思った。


(凝り固まって、ねっとりとした〈もつれ〉)


 強固なように見えるそれを、ソノラの言葉ひとつでどうこうできるものではない。


(あとからほどけることも……あるかもしれない)


 ソノラは、立ち上がる。

 父の後背から一歩踏み出して、面紗を取る。


「──ソノラ、と申します。結び師スオノの双子の妹です」


 名乗ると、ホロンがぽかんとし、ウロン爺は太い眉をしかめた。一言、つぶやかれる。


「……凶ツ者(まがつもの)か」

「そう、言われるみたいですね」


 ソノラは、苦く笑った。

 気にしなかった。


「わたしは、先代告げ師の方による〈告げ〉のおかげで、育った人間です」

「ち、父上のおかげ?」


 ホロンが、気を取り戻したように問う。

 双子を見比べて、聞きたいことは山ほどありそうだったが、ソノラはにっこりと笑い返した。


「はい。あなたのお父さまが、わたしの実の母に〈告げ〉を授けてくださったことで、わたしは、こうして元気に過ごすことができています」


 ソノラの言葉に、怪訝を強くするウロンと、訳のわからないホロンに、その場にいた父ソルが、名乗りを上げる。


「僕が、お話をしましょう」


 父は、今朝と同じように、先代の告げ師カロンと、結び師ユノア、自分たちのあいだに起きたことをつまびらかに語った。

 聞き終えたウロンは、黙した。

 ホロンは、絶句している。


「わたしはたしかに、捨てられましたが……」


 ソノラは、自分が今思っていることを素直に口にした。


「よかったと思っています。そうなって、よかったと」


 ウロンがソノラを見た。

 ソノラは、ウロンの〈もつれ〉の、ねっとりとした芯を押さえるようにつづける。


「拾ってくれた人と出会えたからです。その人に出会えてよかったと、心から思っているからです」


「…………」


「捨てられていなかったら、それはそれで幸せだったかもしれません。豊かな暮らしをして、やさしい父と姉と一緒で、楽しく暮らせていたかもしれません。……でも、」


 ソノラの胸の裡(うち)には、あたたかいおこげの香りが漂っている。


「捨てられてよかった、と思います。あの人に、育てられてよかった、と」


「……あとづけだな」


 ウロン爺が、歯の隙間から唸るように言う。


(あとづけ)


 たしかに、とソノラは笑った。


「そうだと思います」


「なに?」


「実際、そうなんです。あとから、いろいろと噛み締めて、そう思う。自分の都合のいいように、起こった不幸に意味を見出して、糸を縒って紡いで、過去を織り上げる。そうやって、なにかに意味を持たせて、今を捉え直す。それでいいんだと……思います」


「…………」


「だから、先代の告げ師には、感謝です。そういう出会いを招いてくださって」


 ウロンは、言葉を継がなかった。


「正直に、告げてくださったからこそ、わたしは、凶ツ者と言われず、真っ直ぐに糸を紡ぐように、育ててもらうことができました」


(ほんとに、真っ直ぐかな)


 言ってみたものの、自信はない。

 ミハヤの糸繰りの技は継げなかった。それだけは、ソノラのなかで、もつれとして残っている。


(でも、抱えたままでいい)


 ミハヤから大事なものは、もらっている。

 ソノラは、顔を上げた。爺の目を、今一度見つめて言う。


「わたしが伝えたかったことはここまでです。正直さに、結果的に救われたものもいる。そういうことを知っておいていただけたら、と思いました」


 ウロンは一言も、口を開かなかった。



*



 ──正直者は、損をする。


 甥のカロンは、かつて、ウロンに苦しく語ったことがある。

 自分の〈告げ〉が、結び師のユノアを追い詰めてしまって、彼女にあやまった判断を強いてしまったのではないか。自分が告げなければ、よかっただろうか、と。


 告げ師は、正直であること、嘘をついてはいけないこと、その誇りを持ちつづけるために苦しみを負う。

 だのに、それほどの苦しみを負っていても、だれからも感謝されない。立ち行かない。栄えない。


 ──なんと、損な立場なのであろう。


 ウロンは、兄を見て、甥カロンを見て、虚しく感じた。一方で、その苦しみを負う強さがなければ、告げ師にはなれないのだろうと思った。

 だから、ホロンを育てるに当たって、ウロンは自分に言い聞かせたのだ。


(厳しくせねばならん)


 ──厳しく育ててやらねば、告げ師の苦しみを負うことができぬだろう、と。


 ウロンは、そう思って、ホロンを育ててきたのであった。

 他方で、子に恵まれなかったウロンにとって、ホロンはかわいい孫同然だった。


「ち、ちい爺さま! ちい爺さま!」


 ホロンは、覚えていないだろう。

 まだ三つかそこらの頃、表で風車を買ってやると、縁側から見える中庭で、うれしそうに跳ね回っていた。

 兄や甥が病で倒れるまで、ウロンは、そういうホロンの、かわいい姿を見るだけでよかった。

 ほんとうは、その姿だけを見ていたかったのだ。


(足が……痛む)

 畳んだ足が、じいんと痛む。


(椅子に座れば……)

 このような痛みは、なくなるのだろうか。


 ソノラたちが帰ったあと、奥の間には、ウロンとホロンだけが取り残されていた。ホロンは、気まずいのか、もぞもぞと座布の上で身じろいでいた。小さな頃から、そわそわと自信のない動きをしてばかりの大甥だった。

 ふいに、ウロンは、ホロンの姿に、目の奥が束ねられた俵のように、じんとした。足の痛みが遠のくのを感じる。


「ホロン」


 ウロンは、いつの間にか、呼びかけていた。いつもより、ゆるんだ声音だった。そういえば、こんな声も出すことができていたのだと知る。


「は、は、はい」


 ホロンが、喫驚(きっきょう)して、〈吃〉を出す。


「しばし、待っておれ」

「は、はい」


 ウロンは、ゆっくりと立ち上がって、文机(ふづくえ)の前に移った。文箱(ふばこ)から、筆や墨、硯(すずり)を取り出し、文に強く太い字を綴る。

 幾許(いくばく)も、なかった。

 書き終えると、ウロンは従者に文を託して、またホロンと膝を突き合わせる。


「じ、爺……?」


 行動の意味をまったく理解できなかったホロンが、ウロンを見た。

 ウロンは、ひとつ、溜息のような息を吐き出す。


「もう、寝なさい」

「はい……?」

「明日の朝、早朝に出る。きちんとした格好をするのだぞ」


 ホロンに注意深くそう伝えると、ウロンは、おざなりにホロンを追いやって、それから馴染んだ蒲団に体を横たえた。

 体中で凝っていたものが、ほぐされたように、ぐっすりと熟睡した。



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