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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
五章:一族の誇り

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参拾五、告げ師の誇り

 ホロンの口のなかには、まだあまい餡が残っていたからだろうか。怖いはずのウロン爺を目にしても、〈吃(きつ)〉はひどくならなかった。むしろ、立ち上がった爺の姿がこんなにも小さいのかと、自分が、いつの間にか爺よりも大きくなっていることに気がついて、無性に、かなしい気持ちになった。


(ぼくは……)


 こんなにも小さくなった爺に、面倒を見てもらってばかりいたのか、と。


 ホロンは、スオノの横を抜け、奥の間に入る。

 対峙するように、ウロン爺の前に立った。


「も、もうやめましょう、爺」

「なんだ、ホロン。部屋から出ずにいたかと思えば」


 爺の表情が険しくなった。

 一瞬足がおののいても、ホロンは、引かなかった。自分を叱咤する。

 スオノが、自分から来てくれたように。

 ぼく自身も、自分の行動にけじめをつける。


「──じ、爺、ぼ、ぼくは、じ、自分の、あ、あやまちを認めることにします」


 爺の眉間にしわが寄った。深く、刻まれる。

 肌が、びくっ、と動いたが、ホロンは、口に残る餡を思い出した。


 子どもの頃の味。

 メノウと、スオノ、三人で食べた味が、ホロンの舌をなめらかにしていく。


「ぼ、ぼくは……」


 スオノの視線を背後に感じた。

 大丈夫。

 きっと、そう言ってくれている。


「つ、告げを、まちがえました。メノウ姫さまの伴侶は……」

 言う。言える。

「ほ、ほんとは……」


 ──言え。


「て、テソン皇子さまです」


 餡にほころんだ安堵が、ホロンのなかにあっても、爺の眉間はゆるまなかった。


「だから、どうした」


「で、ですから……」

「ヨルカ皇子と、もう〈結び〉は終えたであろう。今更それを伝えてどうするのだ。混乱を呼ぶだけだろう。結んだものはどうにもならぬ」


 爺の眼光は一向にひるまなかった。恐怖がよみがえってきそうだったが、それでも畳の目を踏みしめるようにする。

 顎を引いて、ホロンもまた、ひるまなかった。


「そ、そう、つ、〈告げ〉をするように、じ、爺が言ったのでは、あ、ありませんか……!」


「なに……?」


 ウロンが、ホロンを見た。

 それをスオノたちの前で告げられたことよりも、ホロンが言い返したことそのものに、爺は驚いているようだった。


「じ、爺がそう言うように、つ、告げ師である、ぼ、ぼくに言ったではありませんか……!」

「ホロン、お前……っ」


 もう一度伝えると、ウロンはやっとどこの場か思い出して、羞恥と怒りで顔を真っ赤にした。


「お前が、自分で、判断して〈告げ〉たのだろう……っ!」


「そ、そうだよ!」


 ホロンは、認めた。


「ぼ、ぼくが、結局は言ったんだ! じ、自分の弱さで、き、〈吃〉に甘んじて、言ったんだよ! それは、ぼ、ぼくが、考えなきゃいけないことで、き、きっと、自分と、む、向き合いつづけなきゃいけないことなんだ。

 で、でも、そ、それと、これは、ち、ちがう! 爺のやっていることは、い、一族や、歴代の告げ師たちの気持ちを、ぶ、侮辱することだ……!」


「儂がなにを侮辱した! 言うてみよ!」


「と、父さんの! お、お祖父さんの、ほ、誇りを、ぶ、侮辱したんだ!」


「それはなんだ!」


「う、嘘は言わない! つ、告げ師は、う、嘘だけは、絶対についちゃいけないんだ!」


 ホロンは、叫びながら、父カロンの声を思い出した。






「──ホロン、告げ師は、その内容がたとえどんなに残酷であっても、嘘は言ってはいけないよ」


 父はいつも、かなしそうな目でそう言った。

 告げの宮に、落葉が目立つ、侘びしい晩秋の頃だった。


「ど、どうしてですか?」


「それが、誇りだからだよ。後ろ指を指されたとしても、偽りなく、真実を告げること。たとえ、相手にとって嫌なことであっても、真実を伝えること。それが、告げ師の誇りなんだ」


「で、ですが、う、嘘も、ほ、方便と言います。と、時には相手にとって、ひ、必要な嘘もあるのではないですか?」


 ホロンは、告げの宮に来た客が、父カロンの告げを聞いて唾を吐いているところを見たから、父にまた、そんな目に遭ってほしくなかった。


「日常では、たしかにそういうこともある。いい嘘、というものだね」


「で、では、時には、つ、〈告げ〉でも、相手のためであれば、いい嘘をついてもよいのでは……?」


「それは、告げ師の役割ではないんだ」


 父カロンは、乾いた落ち葉を踏むように、ぴしゃりと言った。


「世のなかには、自分にとってやさしい言葉をかけてくれる人は意外といるものだ。それは人が生きていくうえで大切なことだよ。やさしい言葉、労いの言葉、時には甘えとなる言葉。それらをもらえることで、現実を生きやすくする」


「……はい」


「でも、告げ師は、神から力をもらっている。この世に必要な、その人に必要な〈告げ〉を受けて、伝えるために。わかるかい?」


「う、うん……」

 ホロンは、この時、父の言葉の半分も理解できていなかった。

 それでも、紅葉に射す、父の強い眼差しを受けて肯く。


「生きているうえで、だれかひとりは、厳しい現実を〈告げ〉なければいけない。それを、告げ師は担っているんだよ。〈幹〉の伴侶を〈告げ〉ることだけが、告げ師の務めではないんだ」


「…………」


「告げ師は、厳しいことを言う。それでも、きっといつか、現実を生き抜く頼りとなる。それが、告げ師の〈告げ〉というものだ」


「はい」


「だから、決して、嘘をついてはいけないよ。告げ師の誇りを忘れてはいけない。たとえ、家が傾くことになっても、だれかを、かなしませることになったとしても。それが父から息子へ、代々伝えられている誇りだよ」


 父は、かなしみを浮かべながらも、厳しい冬を乗り越える立ち木のように、ホロンにそう伝えたのであった。





「──ぼ、ぼくは、い、一度、嘘をついた。だ、だから、これから、す、スオノと一緒に、償いに行ってきます」


 ホロンが、この半年近く苦しんだのは、父や一族の誇りを汚したこと、なにより楽なほうへと流れてしまった自分自身への嫌悪だった。

 それを、スオノは、一緒だと言った。自分も同じなのだ、と。


(スオノは、変わろうとしている)


 だったら、ホロンも、央の命運を担う一人として、変わらねばならない。


「じ、爺も、ど、どうか、ぼ、ぼくと一緒に、あやまちを正してください……っ! しょ、正直でありましょう! 今ならまだ、間に合うはずです……!」


「…………」


「ぼ、ぼくはもう、あ、あなたに守ってもらわなくても、だ、大丈夫です! り、立派に勤めを、は、果たすことができます!」


「正直であることのなにがよいものか!」


 怒髪天を衝く勢いで、ウロン爺は声を荒げた。そこまでの声を聞いたのは、ホロンははじめてで、舌がもつれて引っ込んだ。


「逆恨みをされ、騙され、金を奪われることもある! 真正直な言葉を受け止める度量を持たず、告げ師はよくないと噂するものもいる! 正直さが、一族の、お前の、なにを救うというのだ!」


 ウロンの目は爛々とし、山犬のように輝いていた。これ以上なく凄まじいほどの感情を今にもこの場で爆発させ、牙を向こうとしている。


「──あの……」


 場ちがいな声が、ホロンの耳に届いたのは、その時であった。スオノの声かと思ったが、聞こえてきたのは前方だった。

 ソノラが、おそるおそる手を挙げていた。面紗をかけ、完全に黒子となっていたが、出番ではなかろうか、という挙手の仕方であった。


「だったら、わたし、きっと救われています」


 ソノラは、立ち上がった。


「わたしはきっと、その正直さに救われているんです」



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