参拾四、スオノとホロン
スオノは、当主との話は父に任せ、侍従にホロンの私室へと案内をしてもらっていた。ついていこうか、と言うソノラの提案は、あえて断った。
(ここは、私ひとりが来なければいけないところ)
ホロンと向き合うのは、スオノがせねばならないことだ。
「ホロン、入るわね」
慣れた部屋に、スオノは引き音を立てて、足を踏み入れた。
「……す、す、す、スオノ」
蒲団から体を起きあげたホロンは、すっかり痩せ細って、少し前に会った姿よりふた周りは小さくなったのではないかと思った。内心でびっくりして、けれど、スオノはそれを表に出さなかった。
「久しぶりね、ホロン」
「ど、ど、どうして……」
「どうしてって、あなた、最近なかなか顔を見せないのだもの。心配で来たわ。姫さまも心配されている。あなたの好きなお饅頭、買ってきたの」
スオノはそうして、蒸かされたばかりの、あまい豆の餡が入った饅頭を出した。ほくほくと、まだあたたかい。
「ほら、食べられる?」
一口にして、差し出してやると、ホロンはおずおずと手に取った。
「おいしいわよ。あったかいうちに食べたほうがいいわ」
スオノがそう言って、見本を見せてやるように一口いただく。
粒の濃い餡のあまみが、舌の先をそっとなでていって、スオノのここまで来たがんばりを褒めてくれるような気がした。
(おいしい)
ソノラにも、あとで食べさせてやろう。双子の妹は、食べるのが好きだから、きっと喜ぶだろう。
おいしそうに食べる自分そっくりな顔を思い浮かべると、腹の底があたたかくなる。
「す、スオノ……」
ホロンは、なにが言いたげだった。
「食べないの?」
「そ、そ、そうじゃなくて……」
「食べたほうがいいわ。あなた痩せすぎよ。女の私より痩せ細って、芝居小屋にでも出たいの?」
「ちがくて……」
「それとも、食べたくないの? じゃあ、私がもらおうかしら」
「す、スオノ……!」
声を上げるホロンに、スオノは、やさしくほほ笑む。
「なに、ホロン」
「あ、あ、あ、ぼく……」
「ごめんね、遮って。聞くわ」
スオノがもう一度そう言うと、ホロンは途端に引きつけを起こしたようになった。成人した若男が、涙を流して顔を伏せる。ウロン爺に見つかればきっとみっともないと言われるであろうに、ホロンは、我慢ができなくなったように忍びながら泣く。
スオノはただ、それを静かに待つ。
「……ぼ、ぼく」
「うん」
「ぼ、ぼ、ぼく……」
スオノは無言で肯く。
「つ、〈告げ〉を……」
「……ええ」
「あ、あ、あやまって……」
「…………」
「つ、つ、つ、伝え、たんだ」
声が大きくなった。
スオノは、そっとまぶたを下ろす。
「……そう」
「と、とんでも、な、な、いことを……」
「知っていたわ」
「……え?」
スオノは、顔を上げてきたホロンと視線を合わせた。
「知っていたわ、ホロン」
「え、あ……、で、でも、そ、そしたら、な、なんで……」
「──私ね、とても弱い人間なの」
スオノは、自分の汚い部分を見せるようにした。
「見ないふりをしてきたの」
「す、スオノが?」
「ほんとうは、とても弱い人間なの。結び師なのに」
「……そ、そうは見えないよ。いつも、きちんと、し、しっかりしているよ」
「そう見えているのなら、繕ってきた甲斐があったわね」
スオノは、静かに笑みを返す。
「でもね、」
「う、うん……」
「ほんとうは、結び師なんて、これっぽちもやりたくないし、責任なんてまったく取りたくないの。いい加減に生きて、適当に遊んで暮らしていたいの。そういう人間なの、私」
「……そ、それは、ぼくも、わかる」
ホロンがとてもしっかりと肯く。
「だから、ほんとうは嫌なことはやりたくないし、大事なことは気づかないふりして、何事もなく楽しく過ごしたいの。それが、私なのよ」
「う、うん、そ、そっか」
「どうかしたの?」
「な、なんか意外だけど……」
その、と言葉を濁して、ホロンが言う。
「ほっとする」
「ええ……」
「す、スオノがぼくと同じで……」
ホロンの安堵した顔に、スオノは言う。
「だからね、一緒に行きましょう」
「ど、どこへ……?」
「姫さまのところよ。姫さまが一番、悲しんでいるわ。一緒に、謝りに行きましょう」
ホロンは、顔色を悪くした。
「……でも」
「私も、知っていて、〈結び〉をあやまった。私たちは、大変なことを仕出かしてしまったわ」
「…………」
「自分の行動には、責任を取らなければいけない」
「……ば、罰せられる?」
「その可能性はあるわ」
ホロンの不安な問いに、スオノは慰めの言葉をかけなかった。
スオノもまた、罰を受けるつもりでいる。あやまっていると知って結んだスオノの罪は重い。結んだ縁は強固になって、〈根〉に影響を与えるものであった。それが結び師の力で、時に揺らぎやすい人の縁を強くする力であった。
だが、あやまった〈結び〉は、〈幹〉の健やかさ、ひいては央の土地全体に影響する。
スオノとホロンのあやまちは、許されるものではない。
ふたりは、無言になる。
「それでも、私は、ちゃんと言うわ」
「…………」
「自分が見ようとしなかったことを、ちゃんと見る。それで、罰をきちんと受ける」
スオノが言うと、ホロンの薄い瞳が揺らいだ。蝋燭の、陽炎のように揺らいで、それから瞳の位置が定まっていった。
「ぼ、ぼくも」
「……ええ」
「ぼくも、じ、自分の過ちを言うよ」
スオノはホロンの意志を受け取ると、ふたりで残りの饅頭を口にした。少し冷めていてもおいしい饅頭であった。




