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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
五章:一族の誇り

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参拾二、スオノの思い

 スオノは、主堂(おもや)の外で、ソノラとミハヤが話している背を見つめた。自分のなかで沈殿していたものが、隙間風に吹かれていくような心地がする。


(いいな……)

 ソノラとミハヤの背に、そう、思った。


 ──慰めてくれるだれかがいて、羨ましい。


 同時に、ソノラから昨日、言われたことが思い出された。

 ずきっ、とするようで、どこか、ほっとするような痛みだった。自分が目を閉じてきたものを、抉り出されるようで、やっと切り取ってもらえたような、そういう痛み。

 そこに、薬液が沁みたように、じんとする。


「スオノ」

 痛みの尾を感じていると、父の声がかかった。

「ごめんね」

 父は言う。


「スオノにも、苦しい思いをさせたね」


 スオノは、黙って、琥珀色の双眸を向ける。


「ソノラのことを知っていたんだね」

「……たまたま会ったの」


 もう八年近く前になる。母に叱られてばかりの毎日。東ノ藩主のところで、〈結び〉をうまくできなくて恥をかき、出て行ったところで、ソノラと出会った。

 スオノは、父にそれを語った。


「最初は、自分と同じ顔の人間がいるのか不可解だったけれど、あまり疑問に思わなかった。でも、成長して、当時お母さまのお産に立ち会った産婆をさがしたら、たしかに双子だったって。あとに産まれたほうは、すぐに死んだ、そうお父さまたちから聞いたって知ったの。

 その時、それはお母さまとお父さまの嘘だと思ったの。双子の妹は生きていて、その妹がソノラだとわかったわ」


 父が、スオノを見つめる。


「どうして、僕たちに秘密にしていたんだい?」

「信じられなくなったの」


 スオノのなかで、たえてきたものがぶるっと震えた。


「お父さまとお母さまが、私に笑いかけてくれている裏で、なにを考えているのかわからなくなってしまったの」


 スオノはつづけた。


「お母さまは、私に結びの技を教えてくれた。厳しかったけれど、がんばっているわねって、いつも、やさしい声をかけてくれたわ。でも、そう言いながら、ソノラを捨てているのよ。私が知らないところで」


「…………」


「お父さまも、そう。お父さまはあたたかくてやさしくて、商会の仲間たちからも慕われていて、お得意の人たちからも好かれているわ。結びの家の品は信頼できるからいいって。……でも、ソノラを捨てているのよ」


「……スオノ」


「お父さまの、ほんとうの顔がわからなくなってしまったの。特に、お母さまが病気で死んでからは、商いで忙しくして。私はまるで、結び紐を作ったり、寿(ことほ)ぎをしたりするための商売道具のようで……」


 言葉に被さるように、父の体がスオノを包んだ。


「信じられなくなると、怖くて怖くて……私も、いつか捨てられるんじゃないか……って」


「言わないほうがいいと思ってたんだよ。不安にさせるだろうからって。スオノには言わないでおこうと、ユノアと誓っていたんだよ」


 父の苦渋が、浮かんだ。

 スオノは、父に抱きつきながら衣をつかんだ。


「それでも……、言って……ほしかった」

「……そうだね。最初から、スオノにも話しておけばよかったね」


 ごめんね、と強く抱きしめられると、スオノは、父の胸のなかに顔を埋(うず)めた。


 父の体から、母と同じ梅のあたたかい香りがすると、無性に懐かしくてたまらなくなった。小さな頃に、飴売りから飴を買ってもらった時のことを思い出す。三人で歩いた、懐かしいあの頃。白いウサギの飴がうれしくて、笑って見上げた父と母の眼差しが、スオノの隙間にそっと流れ込んでくるようだった。

 薬液に沁みていた痛みが、ふっと、やわらいだ気がした。体が弛緩したように、痛みがゆるむ。


 ──同じ飴を、ソノラにも分けてやりたい。


 そういう気持ちが、たしかに自分のなかにもあるのだと、思った。






 ソノラが主堂へ戻ってくると、双子は、どちらともなく、気詰まりな顔で向き直った。鏡映しのように視線が交わって、ふたりして同時に口にする。


「ごめん、スオノ」

「ごめんなさい、ソノラ」


 言葉が重なる。

 目を丸くして、互いに黙って、それから一緒になって、笑い合う。


「わたし、ちょっと言いすぎた」

「私も、ずっと……ごめんなさい」


 ふたりのあいだに、漠然と伸びていたものが、綿毛灯(わたげび)に運ばれたようになった。柑子色(こうじいろ)の光を放って飛んでいく。代わりに、すうっと打紐のように素早く結ばれるものがあった。

 四つの琥珀が、奥に閉じ込められたものを輝かせる。

 スオノが口を開く。


「私、やることがあるわ」

「うん」

「私しかできないことだと思う」


 ソノラは肯く。


「わたしも、手伝う」

「ええ、お願い」

「一緒にやろう」

「ソノラがいるなら、安心」


 ふたりは、えへへ、とまた笑い合った。



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