参拾二、スオノの思い
スオノは、主堂の外で、ソノラとミハヤが話している背を見つめた。自分のなかで沈殿していたものが、隙間風に吹かれていくような心地がする。
(いいな……)
ソノラとミハヤの背に、そう、思った。
──慰めてくれるだれかがいて、羨ましい。
同時に、ソノラから昨日、言われたことが思い出された。
ずきっ、とするようで、どこか、ほっとするような痛みだった。自分が目を閉じてきたものを、抉り出されるようで、やっと切り取ってもらえたような、そういう痛み。
そこに、薬液が沁みたように、じんとする。
「スオノ」
痛みの尾を感じていると、父の声がかかった。
「ごめんね」
父は言う。
「スオノにも、苦しい思いをさせたね」
スオノは、黙って、琥珀色の双眸を向ける。
「ソノラのことを知っていたんだね」
「……たまたま会ったの」
もう八年近く前になる。母に叱られてばかりの毎日。東ノ藩主のところで、〈結び〉をうまくできなくて恥をかき、出て行ったところで、ソノラと出会った。
スオノは、父にそれを語った。
「最初は、自分と同じ顔の人間がいるのか不可解だったけれど、あまり疑問に思わなかった。でも、成長して、当時お母さまのお産に立ち会った産婆をさがしたら、たしかに双子だったって。あとに産まれたほうは、すぐに死んだ、そうお父さまたちから聞いたって知ったの。
その時、それはお母さまとお父さまの嘘だと思ったの。双子の妹は生きていて、その妹がソノラだとわかったわ」
父が、スオノを見つめる。
「どうして、僕たちに秘密にしていたんだい?」
「信じられなくなったの」
スオノのなかで、たえてきたものがぶるっと震えた。
「お父さまとお母さまが、私に笑いかけてくれている裏で、なにを考えているのかわからなくなってしまったの」
スオノはつづけた。
「お母さまは、私に結びの技を教えてくれた。厳しかったけれど、がんばっているわねって、いつも、やさしい声をかけてくれたわ。でも、そう言いながら、ソノラを捨てているのよ。私が知らないところで」
「…………」
「お父さまも、そう。お父さまはあたたかくてやさしくて、商会の仲間たちからも慕われていて、お得意の人たちからも好かれているわ。結びの家の品は信頼できるからいいって。……でも、ソノラを捨てているのよ」
「……スオノ」
「お父さまの、ほんとうの顔がわからなくなってしまったの。特に、お母さまが病気で死んでからは、商いで忙しくして。私はまるで、結び紐を作ったり、寿ぎをしたりするための商売道具のようで……」
言葉に被さるように、父の体がスオノを包んだ。
「信じられなくなると、怖くて怖くて……私も、いつか捨てられるんじゃないか……って」
「言わないほうがいいと思ってたんだよ。不安にさせるだろうからって。スオノには言わないでおこうと、ユノアと誓っていたんだよ」
父の苦渋が、浮かんだ。
スオノは、父に抱きつきながら衣をつかんだ。
「それでも……、言って……ほしかった」
「……そうだね。最初から、スオノにも話しておけばよかったね」
ごめんね、と強く抱きしめられると、スオノは、父の胸のなかに顔を埋めた。
父の体から、母と同じ梅のあたたかい香りがすると、無性に懐かしくてたまらなくなった。小さな頃に、飴売りから飴を買ってもらった時のことを思い出す。三人で歩いた、懐かしいあの頃。白いウサギの飴がうれしくて、笑って見上げた父と母の眼差しが、スオノの隙間にそっと流れ込んでくるようだった。
薬液に沁みていた痛みが、ふっと、やわらいだ気がした。体が弛緩したように、痛みがゆるむ。
──同じ飴を、ソノラにも分けてやりたい。
そういう気持ちが、たしかに自分のなかにもあるのだと、思った。
ソノラが主堂へ戻ってくると、双子は、どちらともなく、気詰まりな顔で向き直った。鏡映しのように視線が交わって、ふたりして同時に口にする。
「ごめん、スオノ」
「ごめんなさい、ソノラ」
言葉が重なる。
目を丸くして、互いに黙って、それから一緒になって、笑い合う。
「わたし、ちょっと言いすぎた」
「私も、ずっと……ごめんなさい」
ふたりのあいだに、漠然と伸びていたものが、綿毛灯に運ばれたようになった。柑子色の光を放って飛んでいく。代わりに、すうっと打紐のように素早く結ばれるものがあった。
四つの琥珀が、奥に閉じ込められたものを輝かせる。
スオノが口を開く。
「私、やることがあるわ」
「うん」
「私しかできないことだと思う」
ソノラは肯く。
「わたしも、手伝う」
「ええ、お願い」
「一緒にやろう」
「ソノラがいるなら、安心」
ふたりは、えへへ、とまた笑い合った。




