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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
五章:一族の誇り

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参十、結びの家(二)

「国が揺らぐ前兆に、生まれることが多いからだよ」


 告げ師カロンがつづける。


「そうでない時もある。天の采配だ。わからぬことも多いが……冷害や、虫害、あるいは大きな天災の前に、ほどき師たちは生まれてきた」

「なにか理由が?」


「昔……ある〈幹〉の御世に、結び師が〈結び〉をまちがえることがあった」


 カロンは、説明する。


「〈幹〉の健やかさが揺らいで、国が大きく荒れてね。土地も貧しくなったが、地揺れなども起きるようになった。不幸が重なって、その時になって、やっと、〈結び〉があやまっていたことがわかった」


「それまで、まちがいがわからなかったのかい? 告げ師がいるのだから、ちがう相手と縁を結んだら、すぐにわかるだろう」


「不幸が重なったんだよ。当時の告げ師は、〈告げ〉を終えたあと、事故ですぐに死んでね。次代の告げ師はまだ幼子で、だれも、正すことができなかった」


「結び師のほうも、正しい〈告げ〉を聞いたのに、まちがえたのか?」


「言ったろう。不幸が重なった、と。当時は今よりも外ツ国(とつくに)との争いが多かった。結び師のほうは侵入してきた外ツ国の者に殺された」


「すぐにまちがいを伝えれば、殺されなかったはずじゃないか」


 ソルの正論に、カロンは薄く笑みを浮かべた。


「……言えなかったんだろうね。まちがったことをした、と。どうしても言えなかったのだろう」


 商人であるソルは、当時の結び師の気持ちがわからなかった。

 商いでは、誠実さがすべてだ。誤魔化しは、あとの負債となる。


「殺された結び師には、双子の妹がいて、彼女がほどき師として、あやまった〈結び〉をほどいた」


「あらたな〈結び〉は?」

「それより十年後。ほどいたものの、十年、央は苦しんだそうだ」

「それだけ聞くと、ほどき師が凶兆には聞こえない」


 ソルの感想に、カロンはいらえる。


「ほどき師というのは、神があらかじめ用意した力なのだと思う。幸をつなぐ結び師に対し、不幸を退けるほどき師として。……ただ、命運を告げるだけの告げ師とはちがう」


 告げ師であるカロンの苦渋が、わずかに滲む。


「一方で、ほどき師こそが、不幸を呼ぶと考える者もいた。不幸の前ぶれとして生まれてくると、因果を《《逆に考える》》者がいたのだ。ほどき師が生まれるから、災いが訪れる、と。周囲の不安もそうだが、結びの一族のなかにも懸念するものがいて、彼女たちを生贄に捧げることによって、災いを防ごうと考える風潮もあったと聞く」


「よく考えれば、わかることじゃないか」


「そうだね。でも、実際に起きたことだ。当時のほどき師たちは、さぞや恨んだことだろう。想像するだけで心苦しい。民間ではそういった話が伝わって、凶ツ者(まがつもの)としてのほどき師の伝承ができあがった。──そうだね、ユノア?」


 カロンが問うと、腹を抱えてじっと黙っていたユノアは肯く。


「事実ではないんだね」


 ソルは、そうまとめた。


 商いでは、人の噂を知る。風説のなかには、人のさまざまな願いや需要が交じるから、商機を見るのに役立つ。一方で、事実を掻き分けることも大事だった。根も葉もない噂を信じ物を売れば、むしろ信用を失う。事実を知り、真の需要に応えることが大事だった。


「──伝承は、事実ではない。なら、気にしなくていいことだ」


 自分の子は関係ない。ソルは、割り切った。 ……ユノアが視界に入っていたにも関わらず。むしろ、彼女に聞かせるように断言したのだ。それ以上、その話を不安視することはない、と。


 だが、それこそが、あやまっていた。


 ユノアは、双子を産むと、ソルが商談で留守にしているうちに、生まれた妹のほうをどこかへやってしまった。


「気はたしかか!」

「……たしかよ」


 ユノアは、思い詰めた顔をしていた。


「あの子を救うためにはそれしかなかったの」


「君は……! 逃した縁は、飛んでいってしまうと言っているだろう! 娘と親の縁をなんだと思っている!」


「たとえ、もうこれきりの縁だとしても、なにも知らずに、一族の苦しみに縛られず暮らしたほうが幸せよ」


「だが、娘だ! 僕たちが守ればよかった……! ただの迷信だ!」


「それでも信じる人間はいるのよ!」


 いつも冷静なユノアは、産後で、いつになく感情的だった。


「……私のお腹が大きいのを見て、まさか双子ではあるまいな、と疑う親族もいたわ。未だに、いるのよ。ほどき師を凶ツ者と思う者たちが」


「そんなこと……」

 自分が知らないところで、あったのだろうか。


「あなたは、たかがと言うけれど、人は根も葉もない噂を盲信することがあるの。集まれば、なにをするのかわかったものではない。同じ思想の持ち主が集まって互いに承認し合えば、それが世界の真実になるのよ。あなたのように、糸を手繰(たぐ)るように事実を知ろうとするものはいない。そんな人、珍しいのよ」


 ユノアは、疲れたように息をつく。


「これが正解なのよ。せめて、ソノラは、外で健やかに育ってほしい」

「ユノア……」

「しっかりとした人が、あの子をもらってくれたわ。大丈夫。きっといい縁になったわ」


 大丈夫。

 何度も、ぶつぶつとつぶやくユノアは、恐ろしかった。

 なにかに憑かれているようで、見ていられなかった。


 目を伏せようとして、ソルは、自分が見ようとしてこなかったものに気づいた。


 ──懸念。不安。引っかかり。


 一時、怪訝に思ったはずのことを、人は忘れてしまう。あるいは、理屈をつけて、なかったように見過ごしてしまう。

 人は自ら見たいと思うものを選び、信じたいものを信じる。ソルもまた、盲信する者たちと同じだ。自分の都合がいいように、人を理解する。


 ソルにとって、ユノアという人は、瑕疵(かし)のない宝玉であった。結び師という職責に、うぬぼれるでも謙遜するでもなく、自負を持つ。

 ひょっとすれば、人の群れのなかで何者にもなれぬまま埋没し、河原の石となっていたソルを拾い上げてくれたのは、ユノアであった。


「あなたとの〈縁〉を感じたから」


 ユノアはそう言って笑ったが、ソルはそんなユノアの琥珀に魅入られてきた。

 いささかの瑕(きず)もあろうはずがない。

 そう信じて、見たくなかったのだ。


(たかが伝承。たかが言い伝え)


 つまらぬ路傍の噂に揺らぐ、ユノアを見たくなかったのだ。


(どうして、あの時、聞いてやれなかったのだろう……)


 どんなに後悔しても、時は戻せない。

 商会の伝手(つて)を辿って、ソノラを見つけようとしたが、行方は杳(よう)として知れなかった。


 ユノアの行いを知ると、告げ師のカロンは、蒼白になった。


「なんてことを……」


「せっかく、忠告をもらったのに、こんなことになってしまって」

「ちがう」


 カロンは否定した。


「自分のせいだ」

「君のせいではない」


「自分のせい、なのだ。自分が、ほどき師などと余計なことを言わなければ……」


 それから、カロンは沈黙してしまって、ソルは、悄然とするカロンに言葉を継ぐことができなかった。

 スオノとホロン。子どもたち同士は親しくしていたものの、結びの一族と告げの一族は、それから互いに気まずくなってしまった。

 数年後に都を襲った病で、ユノアもカロンも亡くなり、そのまま、ソノラのことは忘れ去られたように語られないままになった。


 そうして、ソルだけが、各地に広げた商会の網を使って、娘の行く末をずっと探りつづけることになったのだ。



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