参十、結びの家(二)
「国が揺らぐ前兆に、生まれることが多いからだよ」
告げ師カロンがつづける。
「そうでない時もある。天の采配だ。わからぬことも多いが……冷害や、虫害、あるいは大きな天災の前に、ほどき師たちは生まれてきた」
「なにか理由が?」
「昔……ある〈幹〉の御世に、結び師が〈結び〉をまちがえることがあった」
カロンは、説明する。
「〈幹〉の健やかさが揺らいで、国が大きく荒れてね。土地も貧しくなったが、地揺れなども起きるようになった。不幸が重なって、その時になって、やっと、〈結び〉があやまっていたことがわかった」
「それまで、まちがいがわからなかったのかい? 告げ師がいるのだから、ちがう相手と縁を結んだら、すぐにわかるだろう」
「不幸が重なったんだよ。当時の告げ師は、〈告げ〉を終えたあと、事故ですぐに死んでね。次代の告げ師はまだ幼子で、だれも、正すことができなかった」
「結び師のほうも、正しい〈告げ〉を聞いたのに、まちがえたのか?」
「言ったろう。不幸が重なった、と。当時は今よりも外ツ国との争いが多かった。結び師のほうは侵入してきた外ツ国の者に殺された」
「すぐにまちがいを伝えれば、殺されなかったはずじゃないか」
ソルの正論に、カロンは薄く笑みを浮かべた。
「……言えなかったんだろうね。まちがったことをした、と。どうしても言えなかったのだろう」
商人であるソルは、当時の結び師の気持ちがわからなかった。
商いでは、誠実さがすべてだ。誤魔化しは、あとの負債となる。
「殺された結び師には、双子の妹がいて、彼女がほどき師として、あやまった〈結び〉をほどいた」
「あらたな〈結び〉は?」
「それより十年後。ほどいたものの、十年、央は苦しんだそうだ」
「それだけ聞くと、ほどき師が凶兆には聞こえない」
ソルの感想に、カロンはいらえる。
「ほどき師というのは、神があらかじめ用意した力なのだと思う。幸をつなぐ結び師に対し、不幸を退けるほどき師として。……ただ、命運を告げるだけの告げ師とはちがう」
告げ師であるカロンの苦渋が、わずかに滲む。
「一方で、ほどき師こそが、不幸を呼ぶと考える者もいた。不幸の前ぶれとして生まれてくると、因果を《《逆に考える》》者がいたのだ。ほどき師が生まれるから、災いが訪れる、と。周囲の不安もそうだが、結びの一族のなかにも懸念するものがいて、彼女たちを生贄に捧げることによって、災いを防ごうと考える風潮もあったと聞く」
「よく考えれば、わかることじゃないか」
「そうだね。でも、実際に起きたことだ。当時のほどき師たちは、さぞや恨んだことだろう。想像するだけで心苦しい。民間ではそういった話が伝わって、凶ツ者としてのほどき師の伝承ができあがった。──そうだね、ユノア?」
カロンが問うと、腹を抱えてじっと黙っていたユノアは肯く。
「事実ではないんだね」
ソルは、そうまとめた。
商いでは、人の噂を知る。風説のなかには、人のさまざまな願いや需要が交じるから、商機を見るのに役立つ。一方で、事実を掻き分けることも大事だった。根も葉もない噂を信じ物を売れば、むしろ信用を失う。事実を知り、真の需要に応えることが大事だった。
「──伝承は、事実ではない。なら、気にしなくていいことだ」
自分の子は関係ない。ソルは、割り切った。 ……ユノアが視界に入っていたにも関わらず。むしろ、彼女に聞かせるように断言したのだ。それ以上、その話を不安視することはない、と。
だが、それこそが、あやまっていた。
ユノアは、双子を産むと、ソルが商談で留守にしているうちに、生まれた妹のほうをどこかへやってしまった。
「気はたしかか!」
「……たしかよ」
ユノアは、思い詰めた顔をしていた。
「あの子を救うためにはそれしかなかったの」
「君は……! 逃した縁は、飛んでいってしまうと言っているだろう! 娘と親の縁をなんだと思っている!」
「たとえ、もうこれきりの縁だとしても、なにも知らずに、一族の苦しみに縛られず暮らしたほうが幸せよ」
「だが、娘だ! 僕たちが守ればよかった……! ただの迷信だ!」
「それでも信じる人間はいるのよ!」
いつも冷静なユノアは、産後で、いつになく感情的だった。
「……私のお腹が大きいのを見て、まさか双子ではあるまいな、と疑う親族もいたわ。未だに、いるのよ。ほどき師を凶ツ者と思う者たちが」
「そんなこと……」
自分が知らないところで、あったのだろうか。
「あなたは、たかがと言うけれど、人は根も葉もない噂を盲信することがあるの。集まれば、なにをするのかわかったものではない。同じ思想の持ち主が集まって互いに承認し合えば、それが世界の真実になるのよ。あなたのように、糸を手繰るように事実を知ろうとするものはいない。そんな人、珍しいのよ」
ユノアは、疲れたように息をつく。
「これが正解なのよ。せめて、ソノラは、外で健やかに育ってほしい」
「ユノア……」
「しっかりとした人が、あの子をもらってくれたわ。大丈夫。きっといい縁になったわ」
大丈夫。
何度も、ぶつぶつとつぶやくユノアは、恐ろしかった。
なにかに憑かれているようで、見ていられなかった。
目を伏せようとして、ソルは、自分が見ようとしてこなかったものに気づいた。
──懸念。不安。引っかかり。
一時、怪訝に思ったはずのことを、人は忘れてしまう。あるいは、理屈をつけて、なかったように見過ごしてしまう。
人は自ら見たいと思うものを選び、信じたいものを信じる。ソルもまた、盲信する者たちと同じだ。自分の都合がいいように、人を理解する。
ソルにとって、ユノアという人は、瑕疵のない宝玉であった。結び師という職責に、うぬぼれるでも謙遜するでもなく、自負を持つ。
ひょっとすれば、人の群れのなかで何者にもなれぬまま埋没し、河原の石となっていたソルを拾い上げてくれたのは、ユノアであった。
「あなたとの〈縁〉を感じたから」
ユノアはそう言って笑ったが、ソルはそんなユノアの琥珀に魅入られてきた。
いささかの瑕もあろうはずがない。
そう信じて、見たくなかったのだ。
(たかが伝承。たかが言い伝え)
つまらぬ路傍の噂に揺らぐ、ユノアを見たくなかったのだ。
(どうして、あの時、聞いてやれなかったのだろう……)
どんなに後悔しても、時は戻せない。
商会の伝手を辿って、ソノラを見つけようとしたが、行方は杳として知れなかった。
ユノアの行いを知ると、告げ師のカロンは、蒼白になった。
「なんてことを……」
「せっかく、忠告をもらったのに、こんなことになってしまって」
「ちがう」
カロンは否定した。
「自分のせいだ」
「君のせいではない」
「自分のせい、なのだ。自分が、ほどき師などと余計なことを言わなければ……」
それから、カロンは沈黙してしまって、ソルは、悄然とするカロンに言葉を継ぐことができなかった。
スオノとホロン。子どもたち同士は親しくしていたものの、結びの一族と告げの一族は、それから互いに気まずくなってしまった。
数年後に都を襲った病で、ユノアもカロンも亡くなり、そのまま、ソノラのことは忘れ去られたように語られないままになった。
そうして、ソルだけが、各地に広げた商会の網を使って、娘の行く末をずっと探りつづけることになったのだ。




