弐拾九、結びの家(一)
「お茶は好きかな。南ノ藩州にある茶畑のものでね。とてもコクのある味がするんだ」
「……いただきます」
ソノラは卓子につきながら、残睡に返事をした。
目の前の男──若草色の髪に、胡桃色の目をした男が、自分の実の父親であるということが、どうにも現実感が伴わなかった。
ぼうっと、堂内を見やる。
(他人の家の匂いがする)
紅楼とも言える邸宅で、とても豊かな生活をしているのだとわかった。梅や竹の繍屏が美しく、調度は流行のもので、磨かれた木目が美しい。ところどころ、花窓近くや、剥き出しになった梁に、結び紐が吊り下がっていた。
友結びに、菊結び、玉房結びの連なり。
その連なりから、自分はないものとされて、今ここにいる。
たまご粥を食べ終えて、ぼんやりとする。鶏出汁のきいた、体に沁み渡るような、おいしい粥だった。
「こんなきれいな緑茶、オリでは見たことがないねえ!」
茶器に注がれた茶を見て、ミハヤが隣でうるさくした。
ソノラは、そのうるささに、どこかほっとする。
「昨日はびっくりしたな。家に帰ったら、スオノがふたりいるからね。疲れて、目が霞んでいるのかと思った」
父は、茶を口にしながら、突然そのようなことを話しはじめた。
「そのうえ、テソン皇子殿下までいらっしゃる。いかに、うちが結びの一族と言えども、皇子殿下を無断で招ける立場でもないしね。スオノが、逢瀬でもしているのかと」
「お父さま……」
ずっと黙っていたスオノが、父の横で顔を赤くした。朝だから香羅をまとっていて、磨かれた肌によく似合っていた。
ソノラもいつの間にか同じものを着せられていたが、絹の衣はつるつるとして落ち着かない。
「なにが起こっているんだと混乱したものだが、いやはや、さすがテソン皇子さまだ。冷静に説明してくださる。あの方はほんとうに立派だね。なぜ、メノウ姫さまのお相手として〈告げ〉がなかったのか不思議だ」
沈黙に、吊り下がった結び紐が揺れる。
「さて、」
そんな前口上があってから、父のやわらかい眼差しが、ソノラを見定めた。
「はじめましてだね、ソノラ。僕は、ソルという。君の、血のつながりのある父親だ」
「…………」
「──会いたかった。きっと、死んだ妻ユノアも、生きていたらそう言っただろう」
ソノラは、父から言葉を受けた瞬間、茶葉から滴が垂れるように、たえてきたものがぽろっと落ちた。ぐっと唇を噛み締めて、下を向く。
「ごめんね」
「…………」
「苦しかっただろう」
「……なぜ、わたしを」
捨てたのですか。
その問いは皆まで言えなかったが、十分に伝わったようだった。
隣のミハヤが、ソノラの背に手を当てた。茶と一緒に、あまいおこしが出される。
「ずっと、君をさがしていたよ」
父ソルは、遠い目を窓の外、透かし模様の美しい先を見てから、戻ってきた。隣にいる、目を腫らしたスオノにも視線をちらっとやる。
一度、間があった。
それから、父は、口を開く。
「昔の話をしよう。僕たちの……いや、僕のあやまった話を」
*
「──ユノア、あなたは双子を孕んでいる」
先代告げ師のカロンは、神木に手をふれたのち、ユノアとソルに、そう告げた。ふたりは、告げの宮に懐妊の占を聞きに訪れていた。
「とても元気な双子だよ。若草色の髪に琥珀色の目をして、初夏の輝きを持つ子たちだ」
「あなたが、そう《《告げ》》てくれるなら安心ね」
ユノアは、笑顔で、自らの腹を撫でた。夫であるソルも一緒に、ふたりの愛し子が無事に生まれてくるのを願った。
「ただ……」
先代の告げ師は、顔を曇らせた。
「あとから生まれてくる子は、〈ほどき師〉だ」
聞いた途端、ユノアはさあっと顔を白くした。告げ師であるカロンを見返す。入り婿であった父ソルは、その意味を深くは理解しなかった。
「親友であるあなたたちにこんなことを言いたくはないが、自分は告げ師として、嘘はつけない。──ほどき師は、凶兆と言われる」
「……ええ」
ユノアは、今度は腹を抱えるようにした。まだ身ごもってから数ヶ月しか経ってなかったが、双子のいる腹は大きかった。
「今まで、生まれてきた、ほどき師の子がどのような憂き目に遭ってきたかも、わかっている?」
カロンの問いに、顔色を悪くしながらユノアは肯く。
「どのような目に遭ってきたんだ? 双子だと、必ずそのほどき師なのかい?」
ソルが尋ねると、ユノアが応じた。
「いいえ。双子であっても、ほどき師とは限らないわ」
「じゃあ、生まれてくる子がほどき師とは……」
「告げ師であるカロンが、そう《《告げている》》。それが、なによりの証拠なの」
告げの宮には、玉梅の小枝を折って挿し木とした神木がある。告げ師はその神木から、さまざまな告げを聞いた。
「過去のほどき師たちは、どういう扱いを受けてきたんだ?」
「生まれてすぐ……殺されたわ」
「生贄にされることもあった」
ソルの問いに、ユノアと、カロンがそれぞれ答える。
「……なぜ?」
「国が揺らぐ前兆に、生まれることが多いからだよ」




