弐拾八、姉妹の〈もつれ〉(二)
ソノラの啖呵に、ぎょっとしたのは成り行きを見守っていたテソン皇子だった。
「スオノは、捨てられてないじゃない!」
関係なく、叫んだ。姉が、たじろいだ。
「実際に捨てられてないのに、頭のなかで妄想して、自分を憐れまないで! お嬢さま気質なのもたいがいにしなさいよ!」
「ソノラ……」
スオノの溜まっていた涙が大きくなる。
「ひどい……」
「ひどくない!」
「だって、そんな言い方……」
「ほら、スオノはそうやって見ないふりをするんだ!」
そういう姉の姿が、ソノラは大嫌いだった。
ほんとうは見えているのに気づかないふり。きっと、だれかが気づくだろう。自分以外のだれかがやってくれるだろう。そうやって生きたほうが楽なのだ。スオノは、めでたい人間なのだ。
「もうやめなよ! 現実を見なよ! スオノは捨てられてない! ただ責任から逃げたくなって、いろんなことを言い訳にしてるだけだ! そうやって今の自分を見ないで、大切なものも一緒に見逃してるのは、スオノのあり方そのものだよ!」
ソノラの言葉に、スオノがはっとする。
「いやなことから逃げてばっかりで、目の前にあるものを見ない、大切にしない。ほんとに、わたしの姉さんだと思えない! かっこ悪い! あんたなんて、同じ顔なだけで姉さんじゃない!」
「ソノラ……」
「わたしだって……」
震えるように、自分のなかにあったえぐみが浮かんでくるようだった。
「わたしだって、捨てられたくなかったよ!」
ソノラは声を上げた。
「なんで捨てられたかわかんなくて、怖い話ばかり聞いて、自分は何者なんだろうって自問して……」
糸紡ぎのできなかった昔が、よぎった。
「それなのに、スオノはいつも会うと、きれいな着物を着て、素敵な爪で、紅を差して、おいしいものを食べて、羨ましかったよ……。いい生活して、ほんとうの家族と過ごすことができて、ずっと羨ましかったよ。捨てられたのは、なんでわたしなんだよって何度も何度も思ったよ……。
──どうして、捨てられたのはスオノのほうじゃなかったんだろう。きれいな着物を着てるのは、わたしだったはずなのに」
「…………」
「気持ちがよかったよ」
「ソノラ……」
「考えると、一瞬、気が楽になるの。スオノのことだけじゃないよ。あの子いいなあって。わたしよりできて、わたしはなんでできないんだろう。できないわたしは、なんてかわいそうなんだろう。かわいそうなわたしを憐れんでって」
「私は……」
「逆もあるよ。あの人は、ほんとうに頭が悪い。仕事ができない。性格が悪い。怒ってばかりの嫌なやつ。そうやって人を見下して、わたしはあいつよりできるって思うの。自分を上げたり下げたり。最高に気持ちよくて、気色悪い」
スオノが絶句していた。
「でも、」
ソノラは気づけば、大粒の雫を浮かべていた。
「それは自分の頭のなかの妄想で、結局、目の前をどうするのか決めるのは、自分でしかない」
吃逆が止まらなかった。
「目の前をどうするのか、自分の気色悪いところを見つめて、今を決めるのも、自分自身なんだよ……!」
「……ごめんなさい」
「気づかないふりをやめるのかどうか、自分の立ち位置をどうするのか決めるのは、スオノ自身なんだよ!」
「ごめんなさい……ソノラ。ごめんなさ……」
「わたしだって……、ほんとうは、わたしだって……!」
「ソノラ、ごめんね。……ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい」
スオノが泣きながら、涙をこぼすソノラに寄った。
ソノラも、姉の衣から匂い立つ梅香にふれる。互いの背に両手を回す。
みっともない子どもみたいな泣き声が、堂に響いた。
「これはどうしたことか」
帰宅して、呆気に取られたのは、スオノの父──つまり、ソノラの実の父であった。やさしげな顔に戸惑いと、それからスオノとそっくりなソノラを見つけて、言葉を失う。
「──私から事情をお話ししよう」
泣き乱れる双子の様子を察して、声を出したのはテソンだった。引き合わせたふたりの様子に居たたまれなくなっていたものの、帰ってきた父に、テソンは、そう申し出たのであった。
タカラとテソンたちは、結びの屋敷をあとにした。
ソノラとスオノは、泣きじゃくりながら抱きしめ合って、そのまま疲れたように眠ってしまった。
「家族でゆっくり話すこともあるだろう」
泊まっていくよう促す言葉を、テソンは丁重に辞退し、帰途についていた。
ミハヤは、屋敷に残った。
「あたしも、一応当事者だからねえ」
飄々とミハヤは言ったが、外からソノラが怒り狂っている様子を見ている時は、気が気ではない様子で、いつでも飛び出ていきそうだった。
(まさしく娘なのであろうな)
タカラは、思い出して、ふっと笑う。母娘の様子を思い出すと、あのふたりは大丈夫であろうと思えた。
秋月の光が、夜更けの路を照らす。
やおらに、提灯の狭間、通る路地裏に、滲むように現れるいくつもの姿を、タカラは鵞皮で感じ取った。
武人としての感覚が、血を騒がせる。
タカラが構えると、目の合ったヒジャルが、テソンのそばに寄った。
にじり寄る覆面が、七つ。
タカラは、無言で腹に、足の肉に力を入れ、地面を蹴った。
瞬間、三つの影が、タカラを襲う。
前頭部で一撃。一人を迎え撃つ。懐から、小刀をいくつも出して投げやると、二人目を動かなくした。三人目は腕っぷしで、タカラに敵わなかった。
ふらついた一人目が戻ってくると、鳩尾に拳を入れて、残る四人の後ろを追う。テソンとヒジャルに近づく四人目の後頭部に、飛びかかって足底を食らわす。ヒジャルは、タカラの攻撃の巻き添えを喰わないように、テソンを守備する。
五人目と六人目のあいだに飛び込んで、二の腕の力で、互いの額をぶつけてやると、タカラは七人目を見た。
「鬼神めが……」
怨嗟のつぶやきを無視して、タカラは身をかがめる。最後のひとりに殴り込みにいこうとした。
一筋縄ではいかない男であった。
何度も拳や足がぶつかり、頭突き合い、互いに埒が明かないと、剣を抜いた。
鉄の輝きが、月光に鈍色を光らす。一合、二合と、鍛鉄のような音が響き、火花が散る。空で身を返しつつ、タカラは男の技を見極めていた。
(やはり〈暮れ〉か)
剣筋が〈央〉や〈明け〉とは異なる。
男が、舌打ちをして、タカラの剣を流したのち、身を返した。捨て身を覚悟に、テソンをねらう。タカラは手を伸ばしていた。
「テソンっ!」
タカラは男の衣に辿り着くと、ぐいっと力を入れてこちらを向かせた。剣を上段から振り下ろしたところで、男が身を捩る。角度が異なって、男の覆面が取れた。
寸暇に、男の顔が晒される。
後方で、テソンの前に出たヒジャルが息を呑むのがわかった。
男は、腕で顔を隠すと、間もなくして後退して下がっていった。
夜の静寂が、急速に戻ってくる。
「あの男だった……」
ぽつりと、ヒジャルが言う。
「〈明け〉で出会った、俺に酒を飲ませた行商は、あの男だ」
ヒジャルのつぶやきに、タカラは無言でテソンを見る。テソンもまたタカラを見返し、それから伸びる影に視線をやる。
「事は、人同士のもつれを解消するだけでは、立ちゆかぬ……か」
テソンの独言は、しじまの波に、じっとりと呑まれていった。
四章:秋月の奏聞──了──




