弐拾七、姉妹の〈もつれ〉(一)
ソノラは、姉スオノに対して、炯々とした琥珀色の目を向けていた。川床に沈んでいたはずの粘土が、静かな怒りとなって、ソノラのなかを舞う。
同じ顔の、髪や眉の整った顔が、驚嘆したままにソノラを見上げてくる。
──姉スオノは、なにかにつけて物事を誤魔化すきらいがある。
偶然に出会ってから、季節に一度会うなかで、ソノラはスオノの悪癖を感じ取っていた。
たとえば、成人となる〈梅の祝い〉で寄越してきた祝い着もそうだ。
スオノは、たとえ離れ離れであっても、同じ衣装をまとって絆を大切にしようと言ったが、それがスオノの恐れと懐柔、ソノラと向き合うことを放棄した選択ゆえだと知っていた。
姉スオノは、ソノラに〈もつれ〉をいだいている。
子どもの頃、梅結びで遊んでいた時、ソノラが《《結べなかった》》のを見て、スオノはほっとしていた。〈もつれ〉ていたものが、少しほどけるように見せかけて、また〈もつれ〉ているのを見たのだ。
ソノラは、かなしかった。
(わたしが、いないほうが、よかった? 出会わないほうがよかった……?)
出会った時から、スオノの腹には〈もつれ〉があったけれど、ソノラと会うたびに、スオノの〈もつれ〉はどんどんひどくなった。
それを見ると、ソノラはたまらない気持ちになった。
いつも高価な菓子や、都でしか得られないものを土産として持ってくるスオノの気持ちが、ソノラはわかるようでわからなかった。
──見ないふりをしているのも。
(わたしだけなら、いい)
ソノラは、ぎゅっと唇を結んだ。
(姉妹だもの。甘えたっていい)
春の宵月の時のように、スオノは泣いて、妹であるソノラには甘えたっていいのだ。
(でも……)
ソノラは、顔を上げる。スオノを、しっかりと見る。
耳の奥で、紡ぎ車の音がする。
──〈もつれ〉を見逃すのは、ちがう。
「テソン皇子さまから聞いたよ、スオノ。半年前、無事に〈結び〉の儀式を終えたんだってね」
言ノ葉に、苛立ちが滲んだ。
「よかったね、スオノ。心配で、まちがえないか不安だったもんね」
「ソノラ……」
「終えられて、よかったよ」
「……なんで、ここに」
スオノの、〈もつれ〉がひどく歪んだ。
──なんで、結びの屋敷に、捨てられたはずのソノラがいるのか。
姉の歪み方は、そういうものだった。
「心配だったんだよ」
ソノラは、正直な気持ちを伝えた。
夏の終わりに来なかったスオノを、ソノラは心配していたのだ。なんとなく、双子として感じ取ってしまう感情とともに、なにかよくないことが起こったのではないかと、心から心配していた。
「なのに、スオノ、かっこ悪いよ」
ソノラは繰り返した。
「かっこ悪い」
「な、なにが……」
スオノの顔は、〈もつれ〉とともにくしゃっと歪んだ。
「ほら、そうやってとぼけて、気づかないふりをする」
「ソノラ……」
「事実はわからない。聞いてみないとわからない。じゃあ、直接聞くけど、スオノ、〈結び〉をまちがえたの?」
ソノラの問いに、姉の琥珀が丸く見開かれた。
「〈告げ〉の内容がちがうとわかっていて、まちがえた〈結び〉を行ったの?」
ソノラは、数年前に、結びの一族のこと、告げの一族のことをスオノから聞いた。告げ師と結び師、それから次代の姫との関係。そういうものを、聞き知っていた。
スオノが、幼なじみのふたりを大事に思っていることも、知っていた。
「わかっていて、知っていて、気づかないふりをして、〈結び〉を行ったの?」
「わ、私は……」
「どうなの、スオノ」
「し、知らないわ。知らなかったわ……! まちがっているなんて、そんな、どういうこと──」
「ほんとうに?」
おろおろと唇を震わせるスオノに、ソノラはかぶせた。
「ほんとう? スオノ」
「…………」
「正直に言ってよ」
「──私は、ソノラじゃないもの!」
泡が弾けたようだった。
「私はソノラみたいに、かっこいい生き方を教わってないもの!」
自分と瓜ふたつの顔に、姉スオノ本来の表情が浮かんだ。
ソノラは、怪訝を浮かべる。
「どういうこと?」
「私には、ミハヤさんみたいな人はいないもの!」
「なんで、ミハヤが出てくるの?」
「家から出されたとしても、ソノラは幸せそうじゃない! いつも迷わず生きている。家の責任を負ってなくて、伸び伸びとして。羨ましかったわ!」
「なんの話……?」
姉の突然の発憤に、ソノラはいささか勢いが削がれた。
涙を浮かべて、スオノは言う。
「ソノラが、もし家に残っていたらって思ったのよ!」
「わたし?」
「残った私は運がよくて、たまたま、私が〈結び〉の力を持っていたからで、もし力を持っていなかったら、捨てられたのは、こんな情けない私だって思ったの!」
そこでやっと、ソノラは姉の〈もつれ〉がわかった。なにを抱えてきたのか、細部まで編み目が見えるようだった。
──国の行く末を決めるような責任を、十七という歳で担わねばならない。
それは苦しいだろう。ソノラにはわからない貴族同士の力関係もあって、きっと不自由なこともある。つらいだろう。そういうつらさが、姉をここまで苦しめたのだとわかった。
それは、ソノラが担っていない苦しみで、深く同情した。
一方で、ソノラのなかで燻っていたものが着火するようだった。
「ソノラが羨ましいってずっと思ってた……」
(なに言ってるの)
その台詞は、ちがう。
「ばか言わないでよ! 甘えんのもいい加減にして!」




