弐拾五、奢侈街の暖簾
ソノラたちがテソンに連れて行かれたのは、央のまろかる都──盛り場を過ぎて、奢侈街と呼ばれるところであった。
通り全体が品のよい店構えで、ゆったりとした足取りで歩く人々も落ち着いている。一見して、貴族たちが利用するような場所とわかり、ソノラはおののいて足が止まった。
「しゃきっとしな」
ミハヤがそんなソノラの背中をばしっと叩く。
「こういうところは堂々と歩くのが肝心だよ」
「だって、あまりにも格がちがうじゃない。そもそも、母さんなんてその格好……」
一日牢に放り込まれていたミハヤの服はくたくたで、汚れがついていた。奏聞にあたって、新しい衣をまとっていたはずだが、すっかり古着のような有りさまだ。
里長は、ついてこなかった。牢に放り込まれてくたびれてしまったこと、テソンの用がソノラにあるとわかると、宿で休むほうを選んだ。
「皇子殿下がいいって言ってるんだからいいんだよ」
ほんとうにそうだろうか。
周囲の目線が気になって仕方がなかったが、辿り着いた場所が格式の高そうな料理屋で、ソノラは、目を回しそうになった。テソンたちもミハヤも気にせず暖簾をくぐるので、息を止めて、あとを追う。
「この者たちの面倒を見てあげておくれ」
テソンがそう言えば、別室でミハヤだけでなくソノラも体を拭かれて、衣を新しくされた。店の者たちは慣れた様子で愛想よく振る舞い、ミハヤは大変満足そうな顔をしていた。ソノラは恐縮すぎて落ち着かなかった。
体も衣もさっぱりすると、テソンのいる場所へ通される。ヒジャルは外に控えていた。
「かけなさい」
言われて、ミハヤはどっかりと、ソノラはおそるおそる腰を下ろしながら、養い親を横目に睨みつける。
「ほんとうにスオノ殿とは、まるでちがうな」
そんな様子に、テソンが笑う。
ソノラは上座を見上げた。
「姉を、知っているのですか?」
「結び師だからな。次代の〈幹〉メノウ姫さまとお会いする時には、いらっしゃることも多い。出歩かれる時は面紗を下げていることも多いから、顔を知らぬ者も多いだろうが」
自分は知っている、とテソンは言う。
まもなくして、とろみのついた羹が運ばれてきた。蕪や茸に、つみれの入った上品な汁物で、ソノラはテソンに促され、すぐに食してしまった。体が芯からあったまるおいしさで、仕事の疲れが癒えるようだった。
横にいたタカラが面白そうに片眉と唇をくいっと上げたのを、ソノラは見ないふりをした。
「どこから話そうか」
テソンが、人払いを示すと、さあっと店の者がはけていく。
「ここは、私の親族が営む料理屋でな。勝手が利くのだ」
それゆえ、毒の心配もない。
テソンは言って、羹を一匙口にすくった。うまそうに顔をほころばせる。
(だから、こんなお店に来たんだ)
皇子が町家で食事をするなんて聞いたことも想像もしたこともなかったが、納得する。
「私たちには、憂慮していることがある」
テソンが口火を切った。
「〈根〉の状態だ」
「あまり……よくなっていないということですか?」
ソノラがたしかめると、テソンが肯く。
「大地に広がる健やかな〈根〉というのは、今上の〈幹〉の影響を受けるが、代替わりが近づくと、次代の〈幹〉の影響も受ける。半年前に、〈結び〉を行ったのであれば、少しずつ次代の気を吸って、土地の状態はよくなっていくはずなのだ」
「まったくその気配はないけどね」
ミハヤがけろっとつぶやく。
「それゆえ、私たちは、〈結び〉のまちがいを疑っている」
テソンの言葉に、ソノラは驚いたように顔を上げた。
半年前のスオノ。蜜梅の下で泣いていた姿を思い出す。
「まちがえるなんて、そんなことあるのですか?」
訊きながら、ソノラは、いや、と自分のなかで否定した。
昨日の芝居屋。〈結び〉をあやまった話。
「おれは、まちがえたのではなく、偽ったと思っている」
口を開いたのは、テソンの横に控えたタカラであった。ソノラは、深緋を覗き込む。
「あえて偽りの〈結び〉を行ったのだ」
「──姉は、そんなことはしません」
タカラの台詞に、ソノラははっきりと言った。皇子とタカラの視線が、ソノラに集まった。
「姉は……たしかに、気の弱い人ですが、半年前に会った時、まちがえるのではないかと不安がって……泣いていました。その姉が、偽るなんてことするはずがありません」
ソノラの否定に、テソンとタカラは呑まれたようになった。顔を見合わせて、やや気後れしたように、つぶやきが漏れる。
「では、ホロン殿のほうか……」
「高潔な一族だと思っていたのだがな」
テソンのつぶやきに、タカラが言う。幻滅したと言わんばかりの言いようだった。
「確証を得なければなんとも言えぬ」
「どうせ、〈暮れ〉だろう。弱い者同士、癒着している」
タカラの言葉に、テソンは押し黙る。
「どういうことですか?」
ソノラは、わからず首をかしげた。テソンが答える。
「我が国と同様に央の外を守る〈暮れの国〉は、戦によって疲弊しきっているのだ。タカラはそれを言っている」
「ホロンという方は……?」
「当代の告げ師で、告げの一族だ。〈幹〉の伴侶を告げる。結びの一族とともに〈幹〉を支える立派な一族だ」
「なぜ、そのホロンという方と、〈暮れの国〉がつながることになるのですか?」
役目も役割もちがうだろうに。
「……今言ったように確証はない。〈暮れ〉が弱ってきているように、告げの一族も、弱くなっているのだ。一族の蓄え、民草の信用からなる朝廷での影響力。そういったものが」
「似たような境遇にあるふたつの一族が、なにかを企んでいる……?」
「タカラはそう言っている」
テソンの返答に、ソノラはタカラを見て、それから静かに胸の裡にたゆたったものを感じた。
「……もつれてるんですね」
「そうだな。さまざまに、もつれている」
「姉は、その渦中にいる」
ソノラは、半年前のスオノの心境が、やっと細かにわかった気がした。都に近づくほどに、感じ取った姉の不穏な心境のようなものも。
数日前に、夢見に鳥となって見た央の〈もつれ〉を感じるようだった。
「〈暮れの国〉に唆された告げ師が、異なった〈告げ〉を行い、その〈告げ〉を受けた結び師が、過ったということだな。結び師は気づいていただろうが」
タカラが断ずるようにまとめた状況に、ソノラは不気味に顔を上げた。
「気づいていた……?」
「儀式の時の振る舞いだ。テソンに言わせれば、確証はない話だがな」
「姉は、気づいていたのに、結んだということですか?」
ソノラは、どろっとしたものを覚えた。
央の〈根〉に張った、いくつもの黒い〈もつれ〉を思い出す。芝居小屋での、凶ツ時、という言葉が、ソノラのなかでつながって、頭の奥で紡ぎ車の音がするような気がした。
顔を上げて、ミハヤの顔を見る。養い親が静かに見返してくる。
ソノラのなかで意志が束になっていくようだった。
「──姉の家に案内していただくことはできますか?」
「結びの一族の屋敷か?」
驚いたように、テソンがソノラを見る。タカラから、ソノラの事情を聞き知っているのだろう。気にかけたように問われた。
「はい。姉に聞かねばならないことがあります」
「平気なのか?」
念押しに尋ねたのは、タカラであった。
ソノラはきょとんとして、それから笑みを深めて、堂々と返す。
「──決して、〈もつれ〉は見逃さない。それが、わたしの信念ですから」




