弐拾一、日雇いの勤め
御者の男から話を聞いてすぐ、ソノラは飛び出すようにして、央ノ宮へ向かった。なにも考えず、無我夢中だった。砂埃が上がるなか、城に登る門へ辿り着く。
兵が、両脇を守っていた。声をかけても、通してもらえないのを悟り、ソノラは踵を返す。うろうろと通いの門をさまよっていたところで、声をかけられた。
「あれ、君……?」
男の声に、ソノラは見上げた。記憶を辿って、昨日出会ったタカラと結びついて、ソノラは声を上げる。
「──ヒジャルさん、ですか?」
「以前はありがとう。君に声をかけてもらえてよかった」
〈もつれ〉のほどけた男──ヒジャルは、照れ臭そうに笑った。
たいしたことはしていない。
タカラに言ったようにヒジャルの礼へも恐縮したが、ヒジャルの腹に、もう〈もつれ〉が見えないのを確認すると、ソノラは、ほっと息をついた。
それから、ふと思いつく。
ヒジャルに、にじり寄った。
「こんなことをすみません。──王宮に入る伝手をご存知ではありませんか?」
王宮に入ることができれば、ミハヤたちの様子を知ることができるかもしれない。
「……どうかしたのか?」
ヒジャルが、ソノラの様子に声色を変える。
「急いでいるんです。困っていて……」
ソノラは、ミハヤが捕まったいきさつをヒジャルに説明した。
ヒジャルはしばし悩みを見せてから、簡潔に言う。
「伝手は、ある」
ソノラは、ぱっと顔を上げた。
「ついてきてくれ。ちょうど、奏聞の列で汚れた宮を掃除する日雇いを募っている」
ソノラは、宮殿に知り合いのいるヒジャルの伝手で、その日だけの下働きの仕事に潜らせてもらった。ヒジャルは、〈明けの国〉の武官で、王宮への出入りを許される証を持つ立場で、捕まったミハヤと里長がどこに連れて行かれたのか、また保釈されるのか探ってきてくれるとのことだった。
今日は非番であったとのことだったが、好意に甘えさせてもらうことにした。
「上役に聞いてみよう。なにか知っているかもしれない」
「休みの日にすみません。タカラさんにもお礼を」
「タカラを知っているのか?」
ヒジャルは、驚いたように目を丸くして、それから思い出した顔をした。
「そうか、オリで……」
「昨日も少し、お世話になることがあって」
まさか、あなたの件で礼を言われたとは言えない。もちろん、餅をたらふくご馳走になったことも。
昨日の別れ際、タカラに少しそっけなく帰ってしまったことを、ソノラは申し訳なく感じていた。また縁があるとは思っていなかったが、もし顔を合わせることがあれば、きちんと礼を尽くそうと思う。
「タカラは、実直な男だ。もし、不当に君の親が捕まったことを知れば、助力してくれるだろう」
「少し、わかります」
ソノラは、タカラの腹にそそぐ、天から伸びる真っ直ぐな糸を思い出した。
「お力添えを、ありがとうございます」
しっかりと頭を下げた。
ミハヤにしつけられたあり方のひとつだ。
ソノラは、ヒジャルと別れると、日雇いの仕事についた。下働きの元気のよさは、里長の屋敷と同じだった。
「あっちをやっておくれ!」
支給された衣に着替えると、ソノラはすぐに里での働きを思い出した。体が慣れた動きをはじめる。
箒を持って、落ち葉を掃いていく。途中の四阿の塵や埃を払い、汚れを濯ぐ。
ソノラは働き者で、目的を忘れて夢中になるままに動いた。もとから働いている者たちが舌を巻き、「あっちもお願い」と頼りにされるほどだった。
あれよあれよと仕事を受けているあいだに、気づけば、ソノラは、宮中で道に迷っていた。
(どうしよう)
きょろきょろする。石段をいくつかのぼった。階段をくだれば、もとの掃除場に戻れるだろうか。勤めはきちんと果たしたかった。
そうして道を急いで進んでいると、切り立った岩の曲がり角で、真正面から人とぶつかった。酒気がする。
顔をあげれば、体つきのしっかりとした男だった。背はそこそこの、顔はまあまあの男だ。ただし、あまりにも酒臭い。
「なんだ、お前は! しれ者めが!」
──まさか、その人物が、〈暮れ〉の皇子ヨルカであるとは、ソノラは思わなかった。




