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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
四章:秋月の奏聞

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弐十、奏聞の騒ぎ(二)


「──次なるは、オリの里長よりの申し出となります」


 進行の官吏がそう告げると、スオノは、はっとした。


 オリの里は、ソノラの住まう場所だ。

 直前の騒ぎを黙って見ているしかなかったスオノだが、鼓動はどくどくと胸を鳴らしていた。今もまた早鐘を打つ。


(ソノラ……)


 夏の暮れ、スオノはソノラに会いに行けなかった。

 自分の振る舞いが情けなくて、いつでもすっと背筋を伸ばしている妹の顔を見られなかったのだ。


 スオノは、ぎゅっと、膝にかかっている長衣(ちょうい)を握る。


「姫殿下に申し上げます。我がオリの里は、央の東〈明けの国〉の国境に位置しております」


 里長を名乗ったものが述べはじめる。


「綿の衣や、糸を作りあげ、これまで宮にも献上して参りました。少し前は、〈明け〉のテソン皇子さまがいらっしゃり、我が里の衣を手に取られ、姫君への贈呈品とされた次第にございます」


 メノウが、そっと身じろぎした。


「ですが……、我が里の名産である綿が今年は……いえ、今後は献上が難しくなってしまうかもしれません」

「どうしたというの?」


 メノウが凛と尋ねる。声に、緊張が載っていた。


「棉花(めんか)の収穫が悪くなっているのでございます。特に、今年は……ひどい。同じく作物の実りも悪く、我が里では冬越えが喫緊の問題でございます。──ミハヤ、申すがよい」


 聞こえてきた名前に、スオノは思わず、御簾の網目を覗くようにした。

 透(す)けるその先。

 その名前は、妹ソノラの養い親の名前ではなかったか。


「はい、申し上げます」


 声の低い、されどよく響く女人の声だった。


(あの人が……)


 ソノラの母親代わりなのだ。


 スオノは、惹かれたように目と耳を向ける。


「私は、オリの里、糸繰りの匠ミハヤと申すものです。棉花から、反物(たんもの)を作るのに一番はじめの糸紡ぎを生業としております。

 里長が申しました通り、昨今、棉花の収穫は悪く、年々綿の質が……落ちています。繊維の厚みが減り、か細くなっていってるのです。とは言え、私も匠でございますから、どうにか紡ぎ方を工夫し、これまでの厚みを維持できるよう行って参りましたが……今年は、特にひどい。このままでは、冬の峠を越えられない者が出て参ります」


「どういうこと……?」


 メノウの不安が、ふわっと漂った。


「綿は、便利なものでして。吸水性にすぐれ、夏は涼しく、冬は肌をあたたかくします。里の者は皆、このあたたかさに救われているのです。普段着や蒲団などに用いることができます。ですが、このままでは……私たちの使用する分が足りません」


 ミハヤは、一拍、間を置いた。


「献上する分はなんとかございますが、私たちが冬を越せないのです」

「宮への献上を少なくすればいいわ」


 メノウは震えるように言ったが、御簾ごしのミハヤは首を振った。


「それでも足りないでしょう。いえ、足りたとしても、冬は到底越すことができません」


「どうして……?」


「長や、これまで並んできた者たちが申した通りでございます。そもそも、綿のみならず、あらゆる実りが少ないのでございます。食い凌ぐことができぬのです。土地が……貧しくなっているからです」


 押し殺せぬ、漣(さざなみ)のようなざわつきが辺りに満ちるようだった。

 だれもが、直接的には口にせぬことを、ミハヤは堂々と告げている。


「姫さま、」


 ミハヤは、さも御簾ごしに起きていることを見抜いているように、声を響かせた。


「姫さまは、お幸せですか?」


 メノウの足が、一歩、後ろに下がった。



「姫さまは、お健やかでいらっしゃいますか?」



 その問いに、花芯のようなメノウの双眸が揺らぐのと同時に、御簾が持ち上がって憤怒の声が轟いた。



「──無礼者めが!」



 ヨルカ皇子が、顔を真っ赤にして、ミハヤのもとへ向かう。


 姫が健やかでないのはお前の支えが足りないせいだ。


 ミハヤの言葉を、そう受け取ったのであろう。

 鞘走り、剣を抜いて、怒りのままに処断しようとするヨルカを止めたのは、官吏たちで、それがなければミハヤの首は落ちていたかもしれない。

 御殿広場が、一気に騒ぎになった。


「連れていけ!」


 怒り心頭のヨルカを慰めるためには、ミハヤと里長を連れて行くしかなかった。ふたりは、衛兵らによって引っ立てられていく。


 ずるずると引きずられていくさまを、スオノは呆然と見送った。


 尚書によって騒ぎは鎮圧されたが、ヨルカの怒りは奏聞の列に伝播していった。陳情を述べに来た者は皆、言葉を選び、顔色をうかがい、おそらくなにも本心を言うことができず、列は前年よりはやく途絶え、夜更け近くに解散となった。


 沈鬱とも緊張とも言えぬ沈黙が、メノウの宮に帰る行列に広がっている。スオノもまた、連れて行かれたミハヤの行方が気になって、鼓動が音を立てて、致し方がなかった。


「──姫さま」


 最後尾に位置していた〈明け〉の皇子テソンが、メノウの宮に辿り着く直前で、声をかけた。

 青白い姫の顔が持ち上がる。


「少し、ふたりだけでお話を」

「そなた──」


「わかりました」


 またもやヨルカが怒り散らそうとしたが、メノウがかぶせた。


「スオノも伴います」

「もちろん、構いません」


 蚊帳の外へ追いやられたヨルカ皇子であったが、スオノの名前が出ると、少し溜飲を下げた。

 テソン皇子は、メノウと後ろにスオノを連れ立って、青垣の四阿(あずまや)に入る。秋の名月に、吊り灯籠がいくつも下がって、揺れていた。


「私は、まもなく帰国したいと思っております」


 テソン皇子は、用件を直截(ちょくせつ)に言った。


「今回は奏聞のために来られましたものね。夏もお帰りになられていましたが、次はまた、春の宵祭(よいまつり)にお会いできましょうか」


 メノウは、月夜に頬を染めて、テソンを見上げていた。

 テソンは、そんなメノウにやんわりとした笑みを向ける。


「いえ。私はもう二度と、都には上がらないつもりでおります」


「え……?」


「〈告げ〉で選ばれなかった男が、この恥を晒して、また都に上がっていたことこそが、おかしなことだったのでございます」


 テソンは自嘲する。


「それに、ヨルカ殿も……私がいると気が落ち着かぬでしょう。今日も二度、騒ぎになりました。一度目は姫さまが抑えてくださったものの……私がいると、彼によくありません」


「ですが……!」

「私にも……よくないのです」


 あらがったメノウに、テソンはそっと笑んだ。


「このままでは、あなたへの気持ちを断ち切れません」


 メノウが、言葉を失った。

 夜風に、淡桃の髪が揺れていく。

 スオノの衣から、母の台詞が匂い立った。


(逃した縁は……)


 ──糸になって、風に運ばれてしまう。


「荷の準備と、各所への挨拶を終えましたら、立とうと思います」


 テソンは、メノウやスオノの心中を知らずに告げる。


「どうか……お健やかで」


 それが、テソンの別れの言葉であった。






 メノウは、ふらふらと自分の宮へ戻った。ヨルカ皇子はすでに辞去をすませ、央ノ宮内部に与えられた、べつの宮に帰ったのであろう。


「……スオノ」


 メノウの化粧は取れかかって、衣の合わせはゆるんでいた。金色の花芯は、スオノを見上げる。


「わたくし、わたくし……」


 スオノは、姫の体を受け止めた。幼なじみの気やすさで、その尊い体を抱きしめる。メノウは、声を上げずに、泣いていた。


(大変なことを仕出かしてしまった……)


 スオノは呆然とする。後悔がもたげても、どうすればよいのかわからぬまま……。

 メノウのかなしみが、足底から地の下へ張る〈根〉に伝い、暗く、淀んでいくようだった。



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