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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
三章:都上がり

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19/50

拾八、動かぬ山

 タカラは、ソノラの背に思うことがあった。


 ──タカラは、養子だ。


 赤子の頃、〈明けの国〉武家の名門ユン家に引き取られた。


 養父は、央の都にある北の素雪門(そせつもん)で、タカラを見つけたという。素雪門あたりにある弓状窟(きゅうじょうくつ)は、めったな人間がうろつかぬところで、生きた墓場と呼ばれた。都の灰汁(あく)を煮詰めたような場所だった。


 その年は、先の〈幹〉が急な病で身罷(みまか)った年であった。人々は凶作に喘ぎ、風雨に嘆き、寒さに身を削られた。多くのものが苦しんだ年であった。


 そうして一番、歪みが集約した先が、その年に産まれた赤子たちであった。北の門の袂(たもと)には、おくるみに包まれた赤子の山で、柱が見えなくなったほどだったという。

 タカラはそこを、たまたま通りかかった養父に拾われたのだ。


「力強い泣き声は、いっそ不吉に射す光明であったぞ」


 その山で息をしていたのは、タカラだけだった。皆が死の山を避けるなかで、養父だけが近づき、タカラを取り上げた。ちょうどユン家を継ぐはずであった子が死産で、次の跡取りが産まれるまで、つなぎとなる子を探していた。すぐに、この子にしようと決めたという。


「これぞ、縁であろうな」


 タカラは、その事実を六つになるかならないかで知らされた。


 あの、身の内のすべてが抉り取られてしまったような感覚を、なんと言えばよかったのであろう。

 なにをしていても、乾いた砂をさわっているような、なめているような感覚を、タカラは忘れることができない。


 まもなくして、念願の跡継ぎとなる義弟が生まれ、いよいよタカラの役目がなくなることが決定づけられると、己がなんなのか、わからなくなった。


 ──木偶坊(でくのぼう)だ、おれは。


 世の流れを滞らないようにするための沢渡(さわた)りでしかない。

 深緋の目の奥に、灰が積もりはじめたのはその頃からであった。年月を経て、燻ぶり、山となっていく。

 それを言い当てたのが、乳兄弟であったテソンであった。


「そなたには、降り積もった山があるな」


 血のつながりのない母親の、同じ乳で育ったからまさしく乳兄弟であった。


「動かぬ山が、お前を強くしている」


「……おれは、お前を守るだけだ」


 その頃から、父に命じられるがまま、テソンの護衛の任についていた。十五になるかならぬかくらいだったろう。

 どうせ、使い捨ての駒だ。皇子の護衛として生きるのであれば、武家であるユン家にもらわれたからには誇るべきことで、タカラに唯一残されているつながりのようなものであった。


「そうではないだろう」

 テソンは、声を上げて笑った。


「自覚がないのか」

「なにがだ」

「お前は、立派なユン家の人間だな、と言いたい」


 タカラは、眉をしかめた。


「おれが?」

「ユン家の人間は逆境には負けない」


 その日、テソンとタカラは、ちょうど修練に混ざって体を動かしていた。外ツ国との戦は減ったものの、明けの国の人間は戦場に出ることも多い。宮殿には修練場があって、そこで時折、武官たちの訓練に混ざっていたのだ。

 夏の陽射しが暑いなかだった。汗だくで、ただの井戸水が、これ以上ないほどあまく感じた。


「それが家の信条だ」


 もらわれたからには、タカラはそうでなければならない。


「その信条がお前を強くしているのだ」


 テソンもまた井戸水を柄杓(ひしゃく)ですくっていた。布で汗を拭いながら言う。


「さっきもそうであっただろう? 追い詰められたら、大の男たちをお前は片っ端から殴っていた」


 最後の一人になるまで殴り合うという至極簡単な訓練であった。

 早々にひ弱なテソンは、退場し、残るタカラは、大人たちに混ざって殴り合った。タカラの体は俊敏でしなやかで、岩ヤギのようであると養父は言っていた。


「おまえが、実の息子であればな」


 養父はよく、そう言った。その台詞を思い出して、タカラは大の男たちを殴っていた。


 ──黙れ。


 おれを勝手に拾っておいて、つなぎにして、要らなくなれば盾として前に差し出す。

 身寄りがないのがなんだ。捨てられていたから、なんだ。おれはおれで、つなぎでも、木偶でもない。

 ただ、おれは今を生きているだけだ。


 気づけば、タカラは一人だけ立っていた。顔も体も血や痣や腫れだらけで、全身にびっしょりと汗をかいていた。

 井戸の水を桶で汲んで、頭から全部かぶると、タカラはテソンに返答する。


「親父の、残り滓でしかない」

「捻くれているなあ」


 テソンは、呵々(かか)と笑う。


「もっと、素直になればいい」


 テソンの言葉の意味を噛みしめることになったのは、養父の死の床であった。

 二年前、タカラがちょうど二十になった頃だった。


「──俺は人を育てることが下手らしい」


 へばっている養父は、唐突にそんなことを言った。養母になじられて、死が近づいて、やっと口にできた。そんな話しぶりであった。


「俺は……昔、多くの人間を殺めてきた。言葉のわからぬ連中との戦いだ。同じ人とは思わず動く人形と思え。そう教わって、死線をくぐり抜けてきた。だが、ある時、ふと家の櫓(やぐら)をくぐった時、思ったのだ」


 殺した外ツ国の者たちには、どのような家があったのであろうか。


 養父は、柱に浮いた茶色の染みを見ながら言った。


「思うと、なぜだか震えが止まらなかった。ユン家の男がなにを恐れているのかと、自問した。ちょうどお前の……ほんとうなら兄になる子が死産だったからだろうな。気分が塞がっていたのであろう」


「……親父」


「お前を見つけてよかったと思っている。俺が唯一よいことをしたと思ったのは、お前をあの門から拾ってやったことだよ。きっと俺の弱さを見抜いた子が、お前との縁をつないだのであろうな。力強い声はもしかしたら、死んだ子の声だったかもしれぬ」


「…………」


「お前の逆境はつづくかもしれぬが、ユン家の男は、どんな逆境にも負けぬ。やりたいようにやれ」


 ──どんな逆境でも、お前なら越えられる。


 それが、養父がタカラに遺した言葉だった。

 葬ノ列で、タカラは、忍んでやってきたテソンに、遺言の意味を尋ねた。


「ばかだな、そなたは」


 テソンは、不謹慎にも大きな声で言った。

 雨粒のなかだったから、幸いにして目立つことはなかった。


「そなたは家を継ぐことはないかもしれないが、きちんと継いでいるということだろう」

「おれが……?」

「そうとも」


 でなきゃ、あんな無茶な戦いはできない。

 テソンは、命を狙われることの自身の立場と、周りが身を挺して護らなければならない状況を憂えていた。タカラのことも心配しているのだ。


「おれは、親父を……継げているのか」

「まちがいなくな」


 呆れたようにテソンは言う。


「そなたは、そなた自身が思っているよりも、よほど父君にそっくりだよ」


 テソンの言葉は、タカラのなかに積もった灰を固めるようだった。


 以来、タカラの燻った深緋の奥には、山ができ、周囲を見下ろしている。裾野のできた山は動かず、タカラの芯に据わっているのだ。

 だから、タカラは揺らぐことはない。


(あの娘も……)


 いつか、タカラのような裾野ができるだろうか。


 ソノラの背を見送りながら、タカラはそんなことを思っていた。



   *



 ソノラは、宿に帰り着くと、臥榻(がとう)に転がるようにしてもぐった。都の宿は、どこもこの寝床が使われているようで、蒲団(ふとん)暮らしのソノラは落ち着かなかった。

 オリの里の、おこげの匂いが染みた蒲団が、すでに懐かしい。


(ミハヤ……)


 早く、帰ってきて。


 気づけば、ソノラはそんなことを思いながら、眠り込んでいた。うとうとではなく、本格的にぐっすりと眠って、次に起きたら朝靄の出る早朝であった。


 ミハヤと里長は、まだ奏聞(そうもん)から帰ってきていないようだった。

 朝餉のちまきを適当な屋台で買ってきて、はふはふと言いながら食べた。茅の葉の香りに、醤油の味が染みて、おいしいご飯だった。


 呑気さに胡座をかいていられるのは、朝餉までのことであった。


 表通りに行き交う人が多くなっても帰ってこないミハヤと里長に、さすがになにかがおかしいと思って、ソノラが表に出ると、走ってやって来たのは、御者の男であった。


「大変だ、ソノラ!」


 とても、いやな予感がした。


「ミハヤがつかまった!」


「え?」

「里長もだ!」


 ソノラは、その話に、〈もつれ〉の糸先が見えた気がした。


「奏聞で、無礼を働いたという理由で、つかまったんだ!」





三章:都上がり──了──






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