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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
三章:都上がり

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拾七、秋風の茶屋(二)

 ソノラは、ちっとも覚えがなかった。

 困っていることを助け出されるようなことも、贅沢な菓子餅を奢ってもらう理由も。


(これは、里では食べられない)


 竹楊枝の削られた白い筋を見る。


 ──都は、豊かなのだろう。


 東西南北の門から、街道が通って、北ノ藩主や南ノ藩主、明けや暮れの国から通じている。海から流れてくる品も含め、央の都には、さまざまなものが届く。

 宮殿に、〈幹〉の健やかさを願って、多くの品が届けられるのだ。


 すべてが、都に届く。それは、かえって溜まり込んでしまうような、〈もつれ〉を生むものではないだろうか。

 ソノラは、そんなことを思いながら手のなかで竹楊枝を転がす。


「あなたが、作ってくれた機会が役立った」

「機会……?」


 ソノラは、首をかしげる。


「ヒジャルと言ってな。オリの……屋敷で佇(たたず)んでいた男だ。思い悩んでいる様子だから、上役なら声をかけたほうがいいとあなたは言った。あのあとすぐに、話を聞いた。聞けてよかったと思っている」


 タカラは、深緋(ふかひ)の目でソノラを見据える。


「感謝する」


 貴族の武人に頭を下げられて、ソノラは、慌てて立ち上がりそうになったが、タカラの通っている糸を見ていると、なんとなく体が動かなかった。

 糸先が、そっと、ソノラの大事にしているものにふれたからかもしれない。


「いえ……」


(ただ、話したほうがいいと言っただけ)


 たいしたことはしていない。

 ソノラが、ヒジャルという男の前を通らなくても、タカラとヒジャルは話せたかもしれない。むしろ、その可能性のほうが高いだろう。


 けれど、タカラが、ソノラの見つけた〈もつれ〉をきちんと扱ってくれた気がして、恐縮する気持ちが凪いでいった。


 秋風が、そよっと頬をなでていく。気持ちのよい、涼風であった。


「ところで……」


 用を終えたタカラは、すぐにでも去るかと思いきや、そうではなかった。

 幾分、躊躇の間があってから、ソノラは尋ねられる。


「あなたには、この都に、親族がいるか?」

「どういうことでしょう……?」


 そよぐ暖簾から、ソノラはタカラに視線を戻す。


「都に、血のつながりのある者はいるか?」


 ソノラは、その時、さきほどまで感じていた不安を思い出した。


 凶ツ者(まがつもの)。

 〈ほどき〉。

 ……捨てられた、自分。


 スオノは、ソノラがなぜオリの里にいるのか知らないと言っていた。一人娘として、母から厳しく育てられ、〈結び〉の力を継承したという。


「いますが……」


 ソノラは、ふと、自分のなかの〈もつれ〉を感じ取った。

 人の〈もつれ〉は見ることができるのに、自分の〈もつれ〉は見ることができない。

 ソノラは、感じ取ったものを、ネコが腹に溜まった毛玉を吐き出すように、気づけば口にしていた。



「──わたしは、捨てられたんです」



 目の前の男は貴族だ。今後、会う可能性は低いだろう。

 そう思うと、逆に話しやすかった。


「わたしは、ある家の双子の生まれだと思うんですが、その家から捨てられたんです」


 タカラの表情は、変わらない。

 無言で、深緋に、つづきを促される。


「理由はわかりません。都にある、力を持つ家です。ただ、ちょうど、捨てられた理由がなんとなくわかってしまって……ぼうっと歩いていたら、タカラさんと会った場所に辿り着いていました」


「なぜ、力を持つ家だとわかった?」


「姉から聞きました。姉とは、たまたま昔、オリの里近くに訪れているところで、出くわして……以来、時折会っているんです。姉は、わたしが捨てられた理由を知りませんが、よくしてくれます。わたしに会うのも楽しみだと。

 姉との話で、知ったんです。実家は……わたしの実の親は、力を持っているから、理由あって捨てるしかなかったのだと」


「…………」


「時折、それが侘しく感じることがあります。自分と姉の、どうしようもないちがいに気づいた時に」


 たとえば、それは立ち居振る舞い。

 身なり。

 言葉づかい。


 双子であって、見た目や声はほとんど同じなのに、一寸(ちょっと)の差に、身分や、育ちの差が出てしまう。


 ソノラは、里の家にある葛籠(つづら)にしまった、立派な衣を思い出した。

 以前、スオノは、それをソノラの成人の祝い着としてくれたのだ。


「私たちは、離れ離れだけど、一緒のものを着ましょう。お揃いで、〈梅の祝い〉をしましょう?」


 そうしてもらった衣は、絹地に刺繍と染め抜きのされた、きらびやかなものであったが、ソノラには似合わなかった。


 姿見を覗いて、愕然としたのだ。


 わたしは、ちがう。貴族の娘ではない。

 ──わたしは、〈結び〉の一族じゃない。


「タカラさんの質問の意図はわかりませんが、もしかして、姉と会ったのかも……しれませんね」


 ソノラは、ふっと自嘲するように笑った。


「姉にも同じ質問をされましたか?」

「……ああ」


「姉は、なんと?」


 ソノラの問いに、タカラは視線を逸らせずとも、返事はなかった。

 無言は、明敏に語る。


「今日は、ご馳走さまでした」


 ソノラは、立ち上がる。

 さっと匠の娘らしく、かっこよく振る舞う。


「このたびは、わざわざ、ありがとうございました」


 ソノラは振り返った。今一度、きちんとした礼をし、タカラに背を向けると、茶屋を出て行った。



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