拾七、秋風の茶屋(二)
ソノラは、ちっとも覚えがなかった。
困っていることを助け出されるようなことも、贅沢な菓子餅を奢ってもらう理由も。
(これは、里では食べられない)
竹楊枝の削られた白い筋を見る。
──都は、豊かなのだろう。
東西南北の門から、街道が通って、北ノ藩主や南ノ藩主、明けや暮れの国から通じている。海から流れてくる品も含め、央の都には、さまざまなものが届く。
宮殿に、〈幹〉の健やかさを願って、多くの品が届けられるのだ。
すべてが、都に届く。それは、かえって溜まり込んでしまうような、〈もつれ〉を生むものではないだろうか。
ソノラは、そんなことを思いながら手のなかで竹楊枝を転がす。
「あなたが、作ってくれた機会が役立った」
「機会……?」
ソノラは、首をかしげる。
「ヒジャルと言ってな。オリの……屋敷で佇んでいた男だ。思い悩んでいる様子だから、上役なら声をかけたほうがいいとあなたは言った。あのあとすぐに、話を聞いた。聞けてよかったと思っている」
タカラは、深緋の目でソノラを見据える。
「感謝する」
貴族の武人に頭を下げられて、ソノラは、慌てて立ち上がりそうになったが、タカラの通っている糸を見ていると、なんとなく体が動かなかった。
糸先が、そっと、ソノラの大事にしているものにふれたからかもしれない。
「いえ……」
(ただ、話したほうがいいと言っただけ)
たいしたことはしていない。
ソノラが、ヒジャルという男の前を通らなくても、タカラとヒジャルは話せたかもしれない。むしろ、その可能性のほうが高いだろう。
けれど、タカラが、ソノラの見つけた〈もつれ〉をきちんと扱ってくれた気がして、恐縮する気持ちが凪いでいった。
秋風が、そよっと頬をなでていく。気持ちのよい、涼風であった。
「ところで……」
用を終えたタカラは、すぐにでも去るかと思いきや、そうではなかった。
幾分、躊躇の間があってから、ソノラは尋ねられる。
「あなたには、この都に、親族がいるか?」
「どういうことでしょう……?」
そよぐ暖簾から、ソノラはタカラに視線を戻す。
「都に、血のつながりのある者はいるか?」
ソノラは、その時、さきほどまで感じていた不安を思い出した。
凶ツ者。
〈ほどき〉。
……捨てられた、自分。
スオノは、ソノラがなぜオリの里にいるのか知らないと言っていた。一人娘として、母から厳しく育てられ、〈結び〉の力を継承したという。
「いますが……」
ソノラは、ふと、自分のなかの〈もつれ〉を感じ取った。
人の〈もつれ〉は見ることができるのに、自分の〈もつれ〉は見ることができない。
ソノラは、感じ取ったものを、ネコが腹に溜まった毛玉を吐き出すように、気づけば口にしていた。
「──わたしは、捨てられたんです」
目の前の男は貴族だ。今後、会う可能性は低いだろう。
そう思うと、逆に話しやすかった。
「わたしは、ある家の双子の生まれだと思うんですが、その家から捨てられたんです」
タカラの表情は、変わらない。
無言で、深緋に、つづきを促される。
「理由はわかりません。都にある、力を持つ家です。ただ、ちょうど、捨てられた理由がなんとなくわかってしまって……ぼうっと歩いていたら、タカラさんと会った場所に辿り着いていました」
「なぜ、力を持つ家だとわかった?」
「姉から聞きました。姉とは、たまたま昔、オリの里近くに訪れているところで、出くわして……以来、時折会っているんです。姉は、わたしが捨てられた理由を知りませんが、よくしてくれます。わたしに会うのも楽しみだと。
姉との話で、知ったんです。実家は……わたしの実の親は、力を持っているから、理由あって捨てるしかなかったのだと」
「…………」
「時折、それが侘しく感じることがあります。自分と姉の、どうしようもないちがいに気づいた時に」
たとえば、それは立ち居振る舞い。
身なり。
言葉づかい。
双子であって、見た目や声はほとんど同じなのに、一寸の差に、身分や、育ちの差が出てしまう。
ソノラは、里の家にある葛籠にしまった、立派な衣を思い出した。
以前、スオノは、それをソノラの成人の祝い着としてくれたのだ。
「私たちは、離れ離れだけど、一緒のものを着ましょう。お揃いで、〈梅の祝い〉をしましょう?」
そうしてもらった衣は、絹地に刺繍と染め抜きのされた、きらびやかなものであったが、ソノラには似合わなかった。
姿見を覗いて、愕然としたのだ。
わたしは、ちがう。貴族の娘ではない。
──わたしは、〈結び〉の一族じゃない。
「タカラさんの質問の意図はわかりませんが、もしかして、姉と会ったのかも……しれませんね」
ソノラは、ふっと自嘲するように笑った。
「姉にも同じ質問をされましたか?」
「……ああ」
「姉は、なんと?」
ソノラの問いに、タカラは視線を逸らせずとも、返事はなかった。
無言は、明敏に語る。
「今日は、ご馳走さまでした」
ソノラは、立ち上がる。
さっと匠の娘らしく、かっこよく振る舞う。
「このたびは、わざわざ、ありがとうございました」
ソノラは振り返った。今一度、きちんとした礼をし、タカラに背を向けると、茶屋を出て行った。




