拾五、まろかる都
央の都は、城壁にまろかる花咲く都であった。中央に〈央ノ宮〉が梅の花を咲かせ、そこから区画の整えられた城下が広がる。
ソノラは大きな都に息を呑んだが、四季城門のひとつ、青陽門の入り口に、隊列が長く連なって街道まで続いているので、今度は目を回した。
「まさか、この行列を並ぶんじゃ……」
「日暮れまでに門に辿り着くといいがなあ」
真っ青になるソノラに、里長はのんびりと応じる。
ソノラたちが、やっとのことで都入りしたのは、日暮れの閉門間近で、宿を取り終える頃には、辺りは行灯や置き看板が明かりを点し、夜の都が浮かび上がっていた。
上がる幟に、下がる暖簾。
床見世の品々と、矢場の騒ぎ。
陽が落ちても、都からは活気がなくならなかった。当たり鉦と鼓の音さえ響く。
「おのぼりさんだねえ」
ソノラがきょろきょろとしているところで、ミハヤがげらげら笑う。
真っ赤になって、養い親の腕を叩くと、ミハヤはそれさえも笑った。
「うるさいわよ」
ソノラは悪態をつく。
「こっちへおいで」
里長に手招きされたのは、よい香りのする屋台であった。近くでは酒壺と酢と醤油の甕を引いた、やる気のない大八車が通っている。
蒸籠飯の屋台だった。蒸し器からすでにいい匂いが漂って、ソノラは腹が鳴るのがわかった。旅ではたいしたものは口にしていない。
出てきたのは、脂がのった鹿肉を紫蘇味噌に漬けて、それを棗と栗の合わせ飯で蒸した秋づくしだった。香ばしさのなかの紫蘇と味噌の風味がたまらず、ソノラはほとんど噛まずに食べてしまう。
人はおいしいものを食べていると、言葉を失くしてしまうのはなぜだろうか。
あっという間になくなって、いくらでもおかわりができそうだった。
満腹に、ソノラは都に来た理由を忘れそうになって、ミハヤは、それにも笑った。今一度腕を叩いておく。
その日は、旅の疲れで夢を見なかった。
ぐっすりと眠った翌朝が、奏聞の日であった。
「お前はここに残っときな」
「なんで」
ミハヤにそう言われて、ソノラはあらがった。
奏聞に並ぶ列は、ミハヤと里長に限るという話だった。
「わたしも〈幹〉さまにお会いしたい」
「おや、お前にそんな軽薄なところがあったのかい?」
「だって、一生に一度会えるか会えないかでしょう?」
神さまから力を与えられた人間の一族とは、どういう人なのだろう。
目にしてみたくなるのは当然の感情だ。
「何時間も並んでなきゃならないよ」
「わたしが辛抱強いの知ってるでしょう?」
「腹が減るよ」
「今食べておけばいいじゃない」
「厠にだって行けない」
「今すませて我慢すればいい話だよ?」
そんなやり取りをしたのにも関わらず、ミハヤと里長は、ソノラの随従を許してくれなかった。
明日の朝までに戻ると置いて行かれ、面白くない気持ちを持て余す。
ソノラは、むかむかとする腹をどうにかするために、大路から離れた水路沿いの盛り場へと向かった。秋夕の祭りがあるからか活気立っている。
「飴の鳥じゃ、飴の鳥〜」
飴屋が、子どもたちを招く。前にスオノからもらった飴と同じようなものが売られている。昨夜も聞こえた当たり鉦と鼓の音が聞こえ、半台を天秤に下げた魚売りがねり歩く。色あざやかな人形灯籠は、目を引いた。
オリの里が抱えている窮状とは、似ても似つかぬさまだった。
ソノラが気になったのは、芝居小屋であった。
「さあさあ! 寄った寄った!」
看板が掲げられた隣で、梯子棚のうえの客引きが大声を上げる。
「今日は、ちょっとこわーい昔噺だよ! 子どもらも寄った寄ったあー!」
呼び込みの声に、子どもたちが引き寄せられてなだれ込む。ぼうっと見上げていたら、気づけば大人たちに巻き込まれるように建物のなかに入っていた。
もみくちゃにされながら余った座布に腰かける。つめたい石床に半分座るような形で、ソノラは劇を見上げることになった。
まもなく壇上を覗いて、灯りが消される。
「──今は昔」
語り手は、老女であった。控える鼓手が拍子を打つ。老女は、音合わせに、扇子を片手に、声を腹から響かせる。
はじめ語られたのは、よく知られる物語であった。
──央の国が広がる大地はとても貧しい土地で、日々皆が飢えを凌いで過ごしていた。
ある時、やさしい女が現れて神に祈り、神授の梅を挿し木とすると、国全体に神授の〈根〉が張って大地になった。
神は、女に健やかであれと命じ、その健やかさが〈幹〉の力となって、大地に満ち、国も豊かになると語った。
〈告げ〉の力で伴侶を聞き、〈結び〉の力で伴侶と縁を結べば、土地に気が満ちて豊かでありつづけられる、と神は説いた。
カンカンッ、と大きく鼓があった。
語り手の老女が、低く唸る。
「**──これより語るは、〈ほどき〉なり**」
ばっと金の扇が開かれる。
老女の声が節回しを変えて、語られる。
** 数代経た〈幹〉の御世なりけり**
** 冷やし風吹きて、央ツ国、ひもじきを久しき覚えし**
** 〈幹〉焦りて、〈告げ〉に聞かん**
****
** 妾は、健やかなり**
** しかれど、夫侍らん**
** 妾の伴侶は、誰そ**
****
** 〈告げ〉焦りて、答えん**
** 〈幹〉の夫は、北ノ藩主ぞ**
****
** さあれば、すぐに〈結び〉を呼ばん**
****
** 〈結び〉の女、急ぎ宮にまかりこして、焦りて**
** 〈幹〉の伴侶、過たし**
** 〈幹〉と南ノ藩主を結ばん**
****
** 絡まりて、〈幹〉の力が弱り、**
** 凶ツ時、訪れし**
「**その時、〈ほどき〉の力を持った女、現れし**」
ソノラが、老女の語り節と鼓、背後で代わる書割に夢中になっていると、上部からひらひらと金の紙片が落ちてきた。
声が高くなる。
「**吾は、忘れられし者なり**」
** 〈ほどき〉は、絡まりし力をまみゆ**
** 〈結び〉の力と、対なり**
** 吾は、三つ力絡まりしをまみえん**
****
** ほどこうか、ほどこうか**
** 戻そうか、戻そうか**
****
** 〈ほどき〉が指先を引けば、**
** 過ちの〈結び〉ほどきて、**
** 〈幹〉と〈告げ〉もほどけん**
****
** 今ひとたび、〈結び〉て、寿げば、**
** 〈幹〉の健やかなる力ぞ、地に満ちぬ**
****
** 〈ほどき〉、去り際に語らん**
** 吾、忘れられし者、かなしきかな**
** かなしき日々繰り返せば、**
** 吾こそ、凶ツ者に、ならん**
「**──あなかしこ、忘れたまふな**」
老女は終えると、ゆっくりと扇を閉じて、辞儀をし、鼓は終わった。
ソノラは鼓の余韻に、地をすべるように、芝居小屋をあとにした。
重たい気持ちが、ソノラの胸の底に淀んでいくようであった。
辺りが祭りに浮かれているからなのか、自分の内側だけ、つめたく感じる。収穫の賑わいが遠くに感じた。
(〈ほどき〉って、いったい、なに?)
芝居小屋で聞いた話が、そら恐ろしかった。
昔噺で、語り部によって語られるのだから、いささかの誇張もあるにちがいない。時代を経て、人から人に語り継がれてくうちに変わっていったこともあるだろう。
作り話がほとんどだ。
そうやって、自分に言い聞かせる。
(でも、凶ツ者ってなんだろう)
怖い響きを持っていた。聞いていた子どもたちのなかには泣いている子もいた。
ソノラは、その凶ツ者なのだろうか。〈ほどき〉の力は、〈結び〉の力と対になると言っていた。
──だから、わたしは、スオノの……〈結び〉の一族から、捨てられたのだろうか。
ふいに、辺りがやけに静かなことに気づいた。
ソノラは、周囲を見渡して、自分が明るかった盛り場からは遠ざかって、裏路地の奥、都を囲う白壁に近い場所にいることがわかった。高い壁が、辺りを薄暗くしている。
まろかる壁と、直線に整えられた城下のあいだにある、〈弓状窟〉と呼ばれる場所であった。ソノラはあとから知る。
よろ、と蹌踉する人たちが古びた長屋と漆喰によりかかるようにしていた。身なり姿から、貧しい生活をする者たちであることがわかった。
ソノラは、そうして、いくつもいくつも、たわんで絡み合った〈もつれ〉を見た。黒く固まってしまって、もうどこからはじまって、どこで終わりなのかわからなかった。
ほどけるところが、《《見当たらない》》。
〈もつれ〉を見逃さないことが、唯一のつながりなのに……
見ている〈もつれ〉が、凶ツ者という言葉と絡み合って、ソノラは自分自身の抱えているものが悲鳴を上げそうになった。
見えるモノと、見えないモノ。
ないまぜになって針となり、ソノラの胸を刺そうとする。
「──なにをしてる」
草卒に、肩をつかまれて、ソノラは現実を取り戻した。
見えていた〈もつれ〉が霞む。
ソノラは後ろを振り返って、深緋の強い目と、かち合った。
「あなたは……」
男が、言葉を失う。ソノラの姿を見て、虚を衝かれた様子だった。
ソノラも、見覚えがある。記憶の沼からその男のことを呼び起こそうとしたが、男のほうが行動がはやかった。手首をつかまれて、引っ張られる。
「来なさい」
「あの……」
ソノラがあらがおうとすると、進む男がちらっとソノラを一瞥した。
「……ここは、あまりよいところではない」
「え?」
「とにかく、来なさい。あなたには借りがある」
有無を言わせない様子の男に、ソノラは怪訝を覚えた。高く結われた黒髪が揺れるのを見ながら、男のことを思い出そうとする。
ソノラは手首を引かれたまま、弓状窟をあとにした。




