拾四、白糸の夢
翠竹峠を抜け、紅雲街道に出る。
オリの里は、〈明けの国〉に近い国ざかいであったから、襞の深い山を抜け、山賊などに気を配りながら、都を目指さねばならなかった。里長の護衛がいたゆえ、比較的安全な道のりであったが、姉のスオノが、季節ごとにこの厳しい道を歩んでいるかと思うと、そうまでして会いに来てくれていたことを知って、ソノラは胸があたたかくなった。
姉から聞いたことを思い出す。
「藩主の州城に泊めてもらっているのよ」
スオノは、結び師として、各地の州城に出向いて、〈結び〉や寿ぎを行っているのだという。
オリの里は、近くの州城まで馬で急げば半日ほどで着く。貴重な時間を縫って、スオノはソノラのところに来てくれていたのだ。
「忙しいね」
「月の半分は、屋敷を留守にしているわ」
「移動距離もあるでしょう?」
「そうでもないわ。央は狭い国だもの。〈明け〉や〈暮れ〉のほうがもっと大きくて、移動が大変だそうよ」
スオノはそう言っていたが、ソノラとミハヤが里長とともに荷馬車で都に辿り着くのには、八日ほどの時間がかかった。峠越えにもたついたものの、都へとつづく平坦な大街道に出れば、あとはすぐだった。
街道に沿って野梅が植林され、季節になると、濃い、紅い梅の花で都への道を示す。大街道はそれゆえ紅雲と呼ばれていた。秋の街道は、荷車や行商だけでなく、各地から多くの者が連なって、市のような様相を呈していた。
「秋夕の祭りがあるからねえ」
収穫を祝う祭事のことであった。オリの里でもまもなく開かれる。
「秋月の奏聞は、その中日に開かれるのさ」
だから、多くの者たちが都上がりに来ているのだとミハヤは語る。
「こんな大勢の人の話を、〈幹〉は聞き終えることができるの?」
「さてねえ」
ソノラの怪訝に、ミハヤはけろっと言う。
「聞き終わらないんじゃないか?」
「その日のうちに、宮の階段に足を踏み入れれば、翌日になっても聞き入れてもらえるよ」
答えたのは里長であった。
「じゃなきゃ、早いもの勝ちになってしまうであろう?」
「たしかに」
「それはそれで楽しそうじゃないか」
ミハヤが笑う。
ソノラがむっとすると、里長がそのやり取りを面白そうに見やってから、御者に命じて馬を止めさせた。
「今日はここで休むとしよう」
里長が停めたのは、安い宿であったが、秋夕の祭りが近い宿場町で宿が取れるだけましだった。野宿をして、追いはぎにあったらたまったものではない。
ソノラはかぶっていた葉傘を脱いだ。床板に筵を敷いて、蚊帳を張れば、掛布の外から、夜のしじまに鈴虫や松虫がすだく。
「明日には都に着くから、早くお眠り」
ミハヤにそう声をかけられても、ソノラの体は高揚して、いつまでもまぶたが落ちなかった。
(スオノ……)
離れているはずなのに、双子の姉の落ち着かない感覚は、ソノラに流れ込んできている気がする。都が近づいて、ますますその感じが強くなっている。
(どうしたの)
なにが、あったのだろう。
心臓が激しく脈打っている。気が昂ぶっている。
まるで、足から、この央の国に張っている〈根〉につながって、そこからスオノの体につながっていくようだった。
白糸の束が広がって、さまざまにつながり合っている。
ソノラは、そんな心地を得る。
絹のような白糸、山の清水で濯いだような白糸。そういうものが、地に張って根づいて、この土地にも広がっている。
(これはきっと……)
〈幹〉の気なのだろう。
健やかな気が、土地に満ちている。
気づけば、ソノラは鳥になっているようだった。央からはじまって、〈明け〉や〈暮れ〉の端々にまで〈根〉が張って、白い健やかな気が通っている。
(あれ……?)
そのなかで、先々や中間で黒ずんでいるものが見えた。気が淀んでいる。〈根〉が腐って絡み合っている。
──〈もつれ〉だ。
ソノラは今、〈もつれ〉を見ている。ところどころ、端々に、〈もつれ〉があってうねっている。そのうねりは、白い流れに逆流して、中心に辿り着いているようだった。
央の中心に、小さな、されど存在を黒々と主張する〈もつれ〉がある。
ソノラは、それを見て、見つめようとして、たしかめようと手を伸ばそうとした。手が届く。〈もつれ〉に指先がふれる──その瞬間に、叩き起こされた。
「朝だよ」
ミハヤの声で、はっと、ソノラは飛び起きた。
はあ、はあ、と息が出る。
襦袢がぐっしょりと汗で濡れている。
(夢?)
いつの間にか眠っていたらしい。ほっとしながらも、ソノラは届こうとした手を見つめた。夢で見た光景が、染め液のように滲んでくる気がする。
日没までに都に辿り着くために、慌ただしく出発の準備をしていても、ソノラのなかで染まったものは拭える気配がしなかった。




