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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
二章:結び師と告げ師

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十、〈告げ〉の一族

 ホロンが〈告げ〉の屋敷に帰り着くと、奥の間で、当主である爺(じい)が呼んでいると言伝(ことづて)を受けた。すぐに来るようと聞き、びくっとなる。使いに従って渡殿(わたどの)を越え、奥の間に向かう。


 角行灯(かくあんどん)が影絵に揺らぐ、座敷の間であった。くぐもって、むわっとするような臭気が、灯火に漂っているように見える。


 ホロンは招かれた場に、おずおずと顔を出した。

 面食らったのは、昼間にメノウの宮で出会った〈暮れ〉の皇子ヨルカがいたことである。ヨルカの横には、同じく〈暮れの国〉の装いをした男たちが座していて、異様な様子に、ホロンはたじろいだ。


「なにをしておる。はよう座れ」


 上座にいた爺が、眉間に刻まれたしわをそのままに叱ると、ホロンは慌てて爺の左手に正座した。両手を膝に載せると、両肩に力が入る。

 自分がなぜ、この場に呼ばれたのか、今からなにが話されるのか、ホロンにはまったくわからなかった。ただ叱られたくなくて、この場にいる。


 当主であるウロン爺は怖くて、ホロンは子どもの頃から苦手であった。


 ウロン爺は、ホロンの祖父とは、兄弟関係にある。爺が弟で、先々代の〈告げ師〉である兄祖父を補佐する役目であった。祖父が引退し、ホロンの父が〈告げ師〉を継いだのちは、爺はこの奥の間で余生を過ごすはずだった。

 ところが、父と祖父が相次いで流行りの病に倒れると、ウロン爺は、まだ幼いホロンを〈告げ師〉として育て上げるために、奥の間から重い腰を上げざるを得なくなった。


(爺は、ぼくのことが嫌いだ……)


 ──兄は、お前のように情けなくなかった。


 事あるごとに、ウロン爺はそう言って、ホロンを叱ってきた。

 きっと、ホロンが、〈吃(きつ)〉を患っているからだろう。〈告げ師〉で、管轄する〈告げ〉の宮で役目を負っているのに、〈吃〉を持つホロンが、一族の足を引っ張っていると思っているのだ。


(ほんとうに、その通りだ)


 この十年、二十年、いや、もっと前から段々と、〈告げ〉の一族が担う〈告げの宮〉からは、人々の足が遠のいている。


 〈結び師〉が幸(さち)ある縁を結ぶ一方で、〈告げ師〉は、時に不幸を告げることがある。よいことを聞きたいと願い訪れる者に、それを告げねばならないのは胸が痛く、小心のホロンは、いつもたまらない気持ちになった。


 ──〈告げ師〉は、不幸を招く。


 そんな口さがない噂が都をかすめ、〈告げの宮〉は、次第に人々の足が間遠になった。香油錢(こうゆせん)は減り、一族の生活は、宮の管理だけでは心許なくなっているが、国の保護を受けているゆえ、貧しい暮らしではなかった。


 だが、ウロン爺をはじめ一部の者たちは、それをよしとしていない。ホロンは知っていたから、〈吃〉を覚えながらも、投げ込まれる銭が増えるよう、懸命に〈告げ師〉の役目を果たそうとしていた。


(なぜ、ヨルカ皇子が……)


 ウロン爺は、疑り深い性格だ。一族に、そのような事情があるなかで、よそ者を招く理がわからない。

 ホロンは、むわっとする室内が不気味な気がして、こめかみに汗が伝うのを感じていた。



「……襲撃はしくじりおったか」



 ──なんの話だ。


 ホロンは、下げていた視線が上がりそうになるのを懸命にこらえた。ぞっと怖気が立つ。

 老いた、されどしっかりとした声音でウロン爺は尋ねている。


「弁解の余地もございませんわ」


 答えたのは、ヨルカ皇子の横に控えた〈暮れ〉の男だった。身なりから、それなりの地位にある男であるとわかる。ひょっとしたら剽軽(ひょうきん)にも聞こえる声が場ちがいに聞こえた。


「せっかくの機会を……」


 はあ、と爺が脇息(きょうそく)にもたれかかった。


「これ以上、〈明け〉の者たちに力を付けさせてはならないと言ったのは、そなたらではなかったかね? 儂らと志は一緒であると」

「いかにも、そうにございます」


 〈暮れ〉の人間が答えた。さきほど答えた男とはまたべつの男で、腕や手首に晒し布を巻いて、傷跡を覆っているようだった。


「ですが、〈明け〉の皇子には、名のあるユン家の者が。一度の襲撃では難しく」

「今さきほど弁解の余地もないと言った横で弁解とは……見苦しい」


 爺の言葉に、晒し布の男がさっと顔を赤らめる。

 ウロン爺は、そんな男の様子など歯牙にもかけず、今度はヨルカ皇子を見定めた。


「殿下は、いかがでございますか?」

「私は……」

「本日、姫君への贈り物をなさりましたでしょう? 反応はいかがでしたかな?」

「それはもう、大変喜ばれていました。満足げなお顔で……」

「〈明け〉の皇子が、渡したものよりも?」

「…………」


「これはこれは……みすみす機会を逸しているのでは、〈暮れの国〉が力を失っていくのも致し方ありませぬな。〈明け〉と同様に、外ツ国からの防衛を担っている立場は変わらないというのに」


 もう一度、大きな溜息をつくと、ウロン爺の視線が移るのがわかった。



「──ホロン、聞いたな」



 その時、ホロンはまさか、この場で自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった。びくっと肩を揺らしてから、おそるおそる顔を上げる。

 厳しい、幼い折より厳しいウロン爺の、年輪の刻まれた顔が目に入った。


「お前の役目が、わかるな?」

「……な、な、なにを、でございますか?」


 察しの悪いホロンの問いに、爺の眉間が鋭くなった。

 これだからお前は、と視線だけで叱られる。


「明日、儀式があろう?」


 爺は、怒りをぐっとたえた低い声で、懇切に説明をはじめる。


「……は、は、はい」

「お前は、玉梅から〈告げ〉を得る」

「え、ええ……」

「その後お前は、ヨルカ皇子の名を〈告げ〉ればよい」


 ホロンは蒼白になるとともに、爺の言葉の裏を理解した。


「し、し、神罰が、く、くだります……っ!」


 咄嗟に、ホロンは意を示した。

 爺に異論を示したのは、はじめてのことであった。


「お前の聞いた〈告げ〉をどうするのか、責任を負うのは〈結び師〉だ」

「で、で、ですが……!」

「そもそも、〈告げ〉を得る時に、ヨルカ皇子の名が聞こえる可能性もある。気負うでない」


 ウロン爺は、取りつくしまもなかった。

 皇子たちの視線が、疑いと期待のないまぜになったまま向けられて、ホロンは言葉を失う。

 ただでさえ、緊張を強く感じていた儀式が、巌(いわお)を乗せられたような心地を得る。


(ぼくは……)


 どうすればいいんだ。


 ホロンは、その場が散会になるまで、固まっているしかなかった。



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