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ほどき師はもつれの糸をすくいとる  作者: 稿 累華
二章:結び師と告げ師

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九、高欄の夕暮れ

 タカラは、去ったスオノを見て、オリの里でのできごとが頭をよぎっていた。


(結局……礼を言えなかったか)


 テソンの行動を漏洩(ろうえい)したヒジャルは、半年のあいだ、護衛の任から退き、降格処分となった。

 テソンとタカラで決をくだした。自ら打ち明けたゆえに、表沙汰にはしなかったものの、本来、漏洩の罪は重い。謹慎処分ということにし、虚弱の妹のもとへ帰してやったのは、テソンの手心であった。あまい判断であったが、テソンのそういった振る舞いが、戻ってきたヒジャルの忠誠を厚くすることも知っている。タカラは、腕を組んで、文句を言わないようにした。


 ヒジャルが思い詰めず、罪を重ねなかったのは、ソノラの気配りのおかげであった。

 受けた恩を返すことは、ユン家のタカラとしての心情だ。礼を告げられなかったことは、タカラの心に残っている。


(あの娘……)


 去って行った、スオノという名の〈結び師〉に思考が至る。


 あまりにも似ていたので、思わず呼び止めてしまった。スオノは、眉をひそめていたが、兄弟よりも似たその姿に、タカラの眉間にしわが寄る。


(人ちがい、か)


 スオノと、ソノラは、たしかに異なる。

 あり方が、まるでちがう。


 思考しながらも、タカラは、警護を怠らなかった。視界にテソンとメノウを入れている。ふたりは、高欄から都を見下ろしながら、話をしている。


 まもなく、夕闇が近づく。西に、陽が沈む。

 思い起こすことがあった。





「──〈暮れ〉が焦っている?」


 国を出る前のことだ。

 タカラの問いに、テソンが書巻(しょかん)を広げながら、いらえた。


「父上がおっしゃっていた。功を焦っている、と。外ツ国(とつくに)との争いで負担が増えるなか、内部でせっつかれることがあるのだろう。今上の〈幹〉に気に入られようと、しなくてもよい戦いを起こしていると聞いた」


「戦を増やせば、また負担が増えるだけだろう」


「その方法しか知らないのだ」


 読んでいた書を巻き終えると、テソンは艶のある卓に置く。異国情緒のある植物文様が彫られたもので、〈明けの国〉が外との商いで仕入れてきたものだった。


「〈暮れ〉が接する海には、好戦的な国も多い。戦を手段としか考えていない者と相手ばかりしていると、思考も同じように染まる。致し方ない部分もある」


「だが、そればかりでは、国は成り立つまい?」


 タカラは武人であるが、自分の役割だけでテソンを支えられないことはわかっている。護衛は担うが、政に関することはべつの従者が担う。役割がいくつもあって、やっと皇子を支えられる。国を支えるのも同じであるはずだった。


「だから、〈幹〉に気に入られようとしているのだろう」


「堂々巡りだな」


「〈央〉の朝廷には、我が国を出自とする者が多い。数代と〈幹〉の伴侶が、〈明け〉から選ばれてきたためだが、それゆえ、〈暮れ〉を出自とするものの意見が、〈央〉の朝廷では通りにくいのもまた事実」


「戦に金をかけろとしか言わないのは目に見えるが」


「それだけではないが……、防人(さきもり)費の引き上げを願っているのはたしかだ」


「神の差配だろう? 〈幹〉のやさしき〈根〉が伝う土地を、荒らすことしか考えない人間を伴侶にするな、と。天もわかっているということだ」


 タカラは、テソンの斜めに腰かける。円椅(えんい)もまた、外ツ国のものであった。


「その差配に、〈暮れ〉の者は納得いっていない」

「神頼みでもするつもりか?」


 テソンは、首を振った。


「〈告げ師〉のほうだ」


「まさか、〈告げ師〉を買収しようなんて、世のあほうどものように安直なことを〈暮れ〉のやつらは考えてるというのか?」


 そういう輩が、これまでもいたのだ。

 一族の吉兆をよくしてもらおうと、〈告げ〉の一族に金を渡し、よいように言い渡してもらおうとする者が。

 〈告げ〉の力はそういうものではなかったが、勘ちがいをする者たちが、あとを絶たなかった。


「〈告げ〉の一族は、高潔だ。買収されることはあるまい」


 これまでも、かの一族は、そういった者たちを一顧だにしなかった。


「だと……いいのだがな」

「懸念があるのか?」


 表情を曇らせたテソンに、タカラは尋ねる。


「〈告げ〉もまた、人だ。高潔さだけでは維持できないものがある」

「金に困っているわけではないだろう」

「そうだな。だが、金でも高潔さでも解決しない、どうしようもないものを人は持ち合わせることがある」


 テソンは、自らの心を覗くように語る。


「同じ立場にあるものが目の前にいれば、なおいっそう、比べて感じやすいものだ」


 テソンの語る心情を、タカラはわからなかった。

 己のなかにある不動の山は動かなくなってから久しく、細かな動きは、タカラの得意とするものではなかった。


「……おれは、お前を守るのみ」


 タカラは立ち上がって、無礼にもテソンを見下ろす。


「おれは、それしか考えぬ」

「らしいな」


 テソンは、タカラを見上げて破顔した。





 タカラは、夕暮れに、そんな会話を思い出していた。

 視界のテソンとメノウ姫は、談笑している。ふたりともに、茜色の空を受けているからなのか、頬がほのかに色づいていた。


 蒼然と、夜が近づいていた。



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