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虚ろなるもの  作者: 葉海ふーと
第一章 邪竜の巫女
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7 え、温泉があるの? 行く!

 大賢者。魔術の極致を目指す者。本来であれば関わることすらできない精霊を引き連れ、数多の伝説を残した冒険者。


 それが彼、ノウェルだ。


 師匠の話では、とある国の王族という噂があったらしい。

 けれど真実を知る者は誰もいない。

 答えに触れようものなら、色彩の魔術師に殺される。


 ――『だから絶対、知ろうとはするな』


 厳しい顔でそう言った師匠は、本気で死を覚悟していた。

 おそらく、こうして伝えることも危険だったのだろう。

 後日、色彩の魔術師が「酷いな。別に友達とその弟子に危害なんて加えないよ。どんだけ信用がないのさ」と文句を言いに来た時、俺はもう、魂に誓った。絶対に彼を怒らせないと。

(……でもまさか、こんなことになるとは)

「フロード! どうしたの? 照れてる? いやー、ボク美人だからね。よく貴族たちに求婚されたよ。男なのに!」

「……それは、喧嘩を売ってるのか?」

「いやいや、別にそういう意味じゃないよ」

 ノウェルは、同性であるアーチャーの恋人だ。

 なので、まあ。男なのに、というのは禁句なのだろう。

 アーチャーへの侮辱、になるのだろうか?

 それともただ、後ろめたい?

(……いや、主の性格からしてそれはないな)

 同性だろうと愛があれば、簡単に受け入れると思う。そこらの人間みたいに、他者を貶すような真似はしない。彼の人間嫌いは筋金が入ってる気がするし、師匠もよく言っていた。

 ――ノウェルは、自由だと。

 心のままに生きてるからこそ、精霊に好かれる。

 あいつは優しすぎるんだ。だから汚ねえ人間に利用されて、誰も信じれなくなる。高潔なのも考えものだ、と嘆いていた。

(……だからもし、仕えることができたら。無自覚なお人好しのためにも、命を捧げろ。あいつは、マジの王族だ)

 なんて言ってた師匠が、懐かしい。俺、あんたが主人だと決めた大賢者に会いましたよ。んで、ちゃんと部下にしてもらった。これからはノウェルの暗殺者として、彼を守る刃になる。


「……だから、まあ。安心して成仏してくれ」


 とある寂れた宿の、温泉に浸かり。

 俺は、仲良く喧嘩してるノウェルたちを見守った。

 フロードが、やりたかったこと。それを託されたんだ。俺もあいつが気に入ったから、ちゃんと従者としてこの命を捧げる。

「フロード。どうした? 逆上せたの?」

「……あんたはちょっと近い」


 距離感が壊れてるエンヴィから離れるも、腕にしがみつかれてより密着してしまう。これが精霊。あの怖い魔術師。


「なあ、あんたからして俺はなに?」

「ん? 仲間だよ」

「……警戒とかないわけ?」

「ないよ。だっとボクの方が強いからね!」

 自信満々な顔に、ため息が出そうだった。

 これは、そういう問題なのか? あんた自分が美人なの知ってるんでしょ? さすがの俺も、そっちの目で見れるんですけど。

 主に助けを求める。けれど彼は、山を見ていた。

(……そうだよな。あとちょっとエルフの大森林。俺たちのことより、自分の彼氏が大事だよな)

 たまには宿に泊まろう、なんて言った数時間前の俺を殴りたい。


「あの、俺で遊ぶのやめません?」

「え? やだ」


 満面の笑みを浮かべる魔術師に、俺は底へと沈んだ。



☆☆☆



「いやー、いい湯だったね」

「エンヴィ。髪の毛を振り回すな」


 温泉から上がって、体を拭く。まったく人がいないため、周りを警戒する必要はなかった。


「……主は、細いな。もっと筋トレしなきゃだな」

「そうだな。もう少し、筋肉がほしい」

「ならタンパク質多めの食事を作るか」

「ボクは果物でいいから」

「……それはそれでどうかと思うぞ?」

 呆れた顔で、フロードがエンヴィの髪の毛を拭いた。

「あんまり甘やかすなよ」

 それが当たり前になってしまうと、余計な仕事が増える。そう忠告するも、手遅れか。完全にエンヴィの使用人になっていた。

「……どうする? 部屋に戻るか?」

 それとも、出るか? とフロードを見れば。

 面白そうに笑っていた。


 ――断言しよう。絶対にあいつの弟子だ。


 なんでこいつは、あいつの悪いところも引き継いでるのだろう。自分から厄介事に突っ込む神経が分からない。魔術で髪を乾かして、三つ編みにする。

 俺としては、さっさと山を越えたいのに。

「おや、もうお出になっていましたか」

 宿の主人が、温泉の脱衣所にやってきた。

「やあ。なにか用かい?」

 にこりと笑ったエンヴィが、男の相手をする。

 なのでさっさと、脱衣場を出た。

 情報は、あいつらがまとめて報告するだろうから。俺はエルフたちに手紙を送ろう。

 山越えで一日、都市には二日かかる。

 魔除けを作ってもらうのだから、事前に伝えておかないと。


(……あいつらは、まだいるよな?)


 脳裏に浮かぶ知り合いたち。もう、いないかもしれない。嫌でも自覚させられる己の弱さに、ため息が出た。

 たぶん俺は、置いていかれることが怖いんだ。

 エンヴィとアーチャーがそばにいてくれるけど、知り合った人間がいなくなるのは。かなり、辛かった。俺が死んだあとの二人も、こんな気持ちだったのだろうか。……きっと、そうだよな。

 だってあのエンヴィが、泣いたんだ。


 俺は、不滅の存在になる。

 けれどもう、友は作らない。作ってはいけない。



























 その頃、王子と共に他国へと派遣された少女は。

 激しい憎悪を燃やしていた。


(なによ、なにがノウェルよ! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの? なんでみんな、あんな作り話を本気にしてるのよ。ノウェルは、架空の人物なんでしょ!? あの地味女、一体どんな手で色彩の魔術師の寵愛を受けたのよ!!)


 彼女は知らない。おとぎ話だと思っていた伝説が、実際に起きたことを綴った記録であることを。そして濁った魂であることが原因で、下手したらノウェル自身に殺されていたかもしれないのだ。

 魂は正直だ。美しい心を持っていれば、その輝きは澄んだ水のように煌めく。けれど他者を見下し、私欲に溺れた者は。

 ――魂が、生ゴミのように腐るのだ。

 そしてその腐敗した魂が、魔物を生み出し、災厄を呼ぶ。


 だから精霊は、人間が嫌いだった。

 悪人であっても、強い信念があれば美しいものがある。

 なのに、道を踏み外し、他者の不幸を笑い続ける人間はおぞましいほどに醜い。視界に入れたくない。


 少女、ウェルナは。精霊がなによりも嫌う人間だった。


(……なんで王子は、私を助けてくれないのよ)


 ウェルナが恨めしそうに牢屋の壁を睨む。だが少女と共に派遣された第二王子キースは、彼女のせいで生死の境を彷徨っていた。


 腐った魂は魔物を呼ぶ。

 彼女が戦場に出たことで、災厄が訪れてしまったのだ。


(……いつになったら出られるのよ)

 役立たずはいらない。そう言われて牢屋に放り込まれた。もう、戦争どころではないのだ。この国も、隣国も。突如として現れた魔物の大群によって、滅亡の危機にあった。

 彼らは知らない。

 ウェルナの憎悪が、魔物を呼んでることを。

 そして彼女も気付いてない。


 自分の先祖が、とある教団に所属していたことを。


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