7 え、温泉があるの? 行く!
大賢者。魔術の極致を目指す者。本来であれば関わることすらできない精霊を引き連れ、数多の伝説を残した冒険者。
それが彼、ノウェルだ。
師匠の話では、とある国の王族という噂があったらしい。
けれど真実を知る者は誰もいない。
答えに触れようものなら、色彩の魔術師に殺される。
――『だから絶対、知ろうとはするな』
厳しい顔でそう言った師匠は、本気で死を覚悟していた。
おそらく、こうして伝えることも危険だったのだろう。
後日、色彩の魔術師が「酷いな。別に友達とその弟子に危害なんて加えないよ。どんだけ信用がないのさ」と文句を言いに来た時、俺はもう、魂に誓った。絶対に彼を怒らせないと。
(……でもまさか、こんなことになるとは)
「フロード! どうしたの? 照れてる? いやー、ボク美人だからね。よく貴族たちに求婚されたよ。男なのに!」
「……それは、喧嘩を売ってるのか?」
「いやいや、別にそういう意味じゃないよ」
ノウェルは、同性であるアーチャーの恋人だ。
なので、まあ。男なのに、というのは禁句なのだろう。
アーチャーへの侮辱、になるのだろうか?
それともただ、後ろめたい?
(……いや、主の性格からしてそれはないな)
同性だろうと愛があれば、簡単に受け入れると思う。そこらの人間みたいに、他者を貶すような真似はしない。彼の人間嫌いは筋金が入ってる気がするし、師匠もよく言っていた。
――ノウェルは、自由だと。
心のままに生きてるからこそ、精霊に好かれる。
あいつは優しすぎるんだ。だから汚ねえ人間に利用されて、誰も信じれなくなる。高潔なのも考えものだ、と嘆いていた。
(……だからもし、仕えることができたら。無自覚なお人好しのためにも、命を捧げろ。あいつは、マジの王族だ)
なんて言ってた師匠が、懐かしい。俺、あんたが主人だと決めた大賢者に会いましたよ。んで、ちゃんと部下にしてもらった。これからはノウェルの暗殺者として、彼を守る刃になる。
「……だから、まあ。安心して成仏してくれ」
とある寂れた宿の、温泉に浸かり。
俺は、仲良く喧嘩してるノウェルたちを見守った。
フロードが、やりたかったこと。それを託されたんだ。俺もあいつが気に入ったから、ちゃんと従者としてこの命を捧げる。
「フロード。どうした? 逆上せたの?」
「……あんたはちょっと近い」
距離感が壊れてるエンヴィから離れるも、腕にしがみつかれてより密着してしまう。これが精霊。あの怖い魔術師。
「なあ、あんたからして俺はなに?」
「ん? 仲間だよ」
「……警戒とかないわけ?」
「ないよ。だっとボクの方が強いからね!」
自信満々な顔に、ため息が出そうだった。
これは、そういう問題なのか? あんた自分が美人なの知ってるんでしょ? さすがの俺も、そっちの目で見れるんですけど。
主に助けを求める。けれど彼は、山を見ていた。
(……そうだよな。あとちょっとエルフの大森林。俺たちのことより、自分の彼氏が大事だよな)
たまには宿に泊まろう、なんて言った数時間前の俺を殴りたい。
「あの、俺で遊ぶのやめません?」
「え? やだ」
満面の笑みを浮かべる魔術師に、俺は底へと沈んだ。
☆☆☆
「いやー、いい湯だったね」
「エンヴィ。髪の毛を振り回すな」
温泉から上がって、体を拭く。まったく人がいないため、周りを警戒する必要はなかった。
「……主は、細いな。もっと筋トレしなきゃだな」
「そうだな。もう少し、筋肉がほしい」
「ならタンパク質多めの食事を作るか」
「ボクは果物でいいから」
「……それはそれでどうかと思うぞ?」
呆れた顔で、フロードがエンヴィの髪の毛を拭いた。
「あんまり甘やかすなよ」
それが当たり前になってしまうと、余計な仕事が増える。そう忠告するも、手遅れか。完全にエンヴィの使用人になっていた。
「……どうする? 部屋に戻るか?」
それとも、出るか? とフロードを見れば。
面白そうに笑っていた。
――断言しよう。絶対にあいつの弟子だ。
なんでこいつは、あいつの悪いところも引き継いでるのだろう。自分から厄介事に突っ込む神経が分からない。魔術で髪を乾かして、三つ編みにする。
俺としては、さっさと山を越えたいのに。
「おや、もうお出になっていましたか」
宿の主人が、温泉の脱衣所にやってきた。
「やあ。なにか用かい?」
にこりと笑ったエンヴィが、男の相手をする。
なのでさっさと、脱衣場を出た。
情報は、あいつらがまとめて報告するだろうから。俺はエルフたちに手紙を送ろう。
山越えで一日、都市には二日かかる。
魔除けを作ってもらうのだから、事前に伝えておかないと。
(……あいつらは、まだいるよな?)
脳裏に浮かぶ知り合いたち。もう、いないかもしれない。嫌でも自覚させられる己の弱さに、ため息が出た。
たぶん俺は、置いていかれることが怖いんだ。
エンヴィとアーチャーがそばにいてくれるけど、知り合った人間がいなくなるのは。かなり、辛かった。俺が死んだあとの二人も、こんな気持ちだったのだろうか。……きっと、そうだよな。
だってあのエンヴィが、泣いたんだ。
俺は、不滅の存在になる。
けれどもう、友は作らない。作ってはいけない。
その頃、王子と共に他国へと派遣された少女は。
激しい憎悪を燃やしていた。
(なによ、なにがノウェルよ! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの? なんでみんな、あんな作り話を本気にしてるのよ。ノウェルは、架空の人物なんでしょ!? あの地味女、一体どんな手で色彩の魔術師の寵愛を受けたのよ!!)
彼女は知らない。おとぎ話だと思っていた伝説が、実際に起きたことを綴った記録であることを。そして濁った魂であることが原因で、下手したらノウェル自身に殺されていたかもしれないのだ。
魂は正直だ。美しい心を持っていれば、その輝きは澄んだ水のように煌めく。けれど他者を見下し、私欲に溺れた者は。
――魂が、生ゴミのように腐るのだ。
そしてその腐敗した魂が、魔物を生み出し、災厄を呼ぶ。
だから精霊は、人間が嫌いだった。
悪人であっても、強い信念があれば美しいものがある。
なのに、道を踏み外し、他者の不幸を笑い続ける人間はおぞましいほどに醜い。視界に入れたくない。
少女、ウェルナは。精霊がなによりも嫌う人間だった。
(……なんで王子は、私を助けてくれないのよ)
ウェルナが恨めしそうに牢屋の壁を睨む。だが少女と共に派遣された第二王子キースは、彼女のせいで生死の境を彷徨っていた。
腐った魂は魔物を呼ぶ。
彼女が戦場に出たことで、災厄が訪れてしまったのだ。
(……いつになったら出られるのよ)
役立たずはいらない。そう言われて牢屋に放り込まれた。もう、戦争どころではないのだ。この国も、隣国も。突如として現れた魔物の大群によって、滅亡の危機にあった。
彼らは知らない。
ウェルナの憎悪が、魔物を呼んでることを。
そして彼女も気付いてない。
自分の先祖が、とある教団に所属していたことを。




