6 変わっていくもの
エンヴィの魔術で、盗賊を馬車ごと王都に転移させたあと。
俺たちは、フロードを連れて山道を進んだ。ほんとはフロードも王都に送りたかったのだが、エンヴィに拒否されたのだ。
「へぇー。主たちは、グロット王国に向かってるんだ」
「あそこの砂漠地帯にいるって、冒険者たちが噂してたからね。まったく、アーチャーもなんでそんな遠いところにいるかな」
そうだな。もう少し、近い場所にいてほしかった。
「砂漠か。徒歩で三ヶ月。馬車でも二ヶ月半はかかるな」
「さすがフロード、よく知ってるね」
ご機嫌なエンヴィの膝を、どうやって蹴飛ばそう。
今の俺では、猫の体当たりくらいの威力しか出せない。魔術も無限に使えるわけではないので、この先の戦闘を考えると物で殴るべきか、と折れた枝を探した。
「……ねぇ、ノウェル。なんか、すっごく不穏なんだけど」
どこか青ざめた顔のエンヴィに「……気のせいだろ」と言いながら周囲を見た。でも丁度いい枝がない。面倒だ。さっきの盗賊みたいに本気でやるか。
「ちょっと! 殺気を向けるのやめてよ!」
「おーい。なんで俺を盾にすんの?」
「なんか丈夫そうだから」
「おい!」
がっしりと腰を掴まれてしまったフロードが、エンヴィを引きはがそうとする。けれど衣服が悲鳴上げるため、彼は諦めた顔で。
「……火はやめてくれ。俺、服の替えがないんだわ」
降参というように、両手を上げた。
なんか可哀想になってきたので、大人しく殺気を消した。
「フロード。お前は、なんであの馬車に乗ってたんだ?」
「そりゃ、遺言を果たすためさ。俺は暗殺者ですよ? あんたが目覚めたって聞いたら、駆け付けないと駄目だろ」
彼の言葉に、嘘は感じなかった。
魂も、それなりにきれいだ。
(……エンヴィが懐くのも当然か)
こいつなら、仲間にしても問題はないな。
「一ヶ月だ。俺たちは、一ヶ月でアーチャーのところに行く」
「……ここから? って、ことは、まさか」
「そうだよ。ボクたちはエルフの大森林を通るんだ!」
ようやくフロードから離れたエンヴィへと、小枝を投げ付ける。なんでさ! と叫ばれるが、無視だ。俺は許してない。
☆☆☆
エルフ。それは森の管理人であり、精霊の使徒。どんな生物よりも神に近いといわれる彼らは、ひっそりと大森林で暮らしている。グロット王国にあるギリスの砂漠は、死霊の住処だ。
必要ないとは思うが、
一応エルフの魔除けを買っておこうと思う。
(六十年でどれだけ変わったか分かってないしな)
でも誰かに聞くつもりはない。人間に会いたくないので、何度か村や街を素通りした。たまにエンヴィとフロードが買い出しついでに情報を集めるけど、今の俺では理解が難しい。
どうしても、過去の記憶が邪魔をする。
ここはこうだった。あれがあったはずだ。そんなことばかり考えてしまって、まったく新しい情報に付いていけない。
「まあ、主は昔の人間だからな」
「これで二百年くらい経ってればね。素直に受け入れたかもしれないけど、たったの数十年じゃあ中途半端すぎる」
「……別に、オブラートに包む必要はないぞ」
時代遅れの自覚はある。
「そんなに拗ねない。いいじゃないか、可愛いよ。きっとアーチャーも、現代に戸惑う君にキュンキュンするんじゃないか?」
「師匠からあんたらの惚気は聞いてる。エンヴィの言う通りになるじゃねえか? 同性愛者を見るのは初めてだけどよ」
それぞれ勝手なことを言う二人に、頭を抱える。
どうしてそんな話になるんだ。
(……あれ、もしかして俺。かなり頼りない?)
だからこんな、心配されてる?
「ノウェル。変なことを考えるのはやめようか。あとが怖い」
「……なぁ、主。なんでアーチャーはギリスの砂漠にいるんだ?」
凄腕の冒険者として、ノワールの名はかなり有名だ。
だが、ギリスの砂漠は。どの時代でも忌み嫌われている。
好き好んで足を踏み入れる者はいない。
「……フロードは、名前の由来を知ってるか?」
「もちろん、知ってるぜ。ギリスっていう国王が、死霊魔術で死者を操り、多くの国を滅ぼした。だがその悪行は、エルフと手を組んだ魔術師によって終止符を打たれ。砂漠の中心に封じられた。しかしその封印は完全ではなく、今もギリスの死霊たちが砂漠を彷徨い、封印を破るための生贄を探してる、ってやつだろ?」
ドヤ顔をする彼に、エンヴィが頷いた。
「うん、正解。ギリスの呪いは強い。だから年に数回、浄化に長けた聖騎士や冒険者たちが死霊の討伐を行う。ギリスの復活を阻止するためにね。でも、ほら。六十年前に教団が馬鹿をやったでしょ? やつらは強い魂を欲していた。封印を破るのには失敗してたけど、ここ最近、死霊が活発になっててね」
色彩の魔術師としても、無視できなかった。
頭が痛い問題だというように、エンヴィは苦笑を浮かべた。
「たぶんアーチャーは、封印が気になったんじゃないかな。ほら、あいつノウェルを探して旅に出てるから。もしかしたらギリスの砂漠にいるかもしれない。そう思った可能性が大だね」
「なるほど。主、愛されてるねぇ」
「……邪魔は駄目だよ」
「しねぇよ。俺が師匠にぶっ殺される」
急に真顔になったエンヴィに、彼はぶるっと体を震わせた。
「……たぶん、幽霊になって俺を見張ってるはずだ」
青ざめた顔でキョロキョロとするフロードに、俺とエンヴィは顔を見合わせた。するとエンヴィが降参というように手を上げる。
「……マジでいたね」
「二人もいれば特別じゃないな」
微かに感じるフロードの魂に、懐かしさを覚える。
けれどもう、あの日々は戻って来ないのだ。
何度目かの野宿。すやすやと眠るノウェルの頭を撫でて、ボクは周囲を警戒した。
「……よっと、異常はなしだ」
「そっか、ありがと。ごめんね、こき使って」
「別にいいですよ。仕事なんでね」
見回りを頼んだフロードに、ご褒美をあげた。
「? これ、あんたのおやつだろ?」
「あれ? 買ってるとこ見たの?」
こっそり選んだはずだったのに、恥ずかしいな。今度からはちゃんと警戒しないと。無駄遣いすると怒られてしまうからね。
「……あっ、ノウェルには内緒ね?」
「了解。共犯になりますわ」
パクッとお菓子を食べたフロードに微笑む。
ほんと、可愛いな。顎のところにある傷跡も素敵だ。
「エンヴィ」
「なに?」
こてんと首を傾げると、フロードの指が唇に触れた。もう一度言おう。フロードがボクの唇に触ってる。
「さっきも、菓子食ったんだろ? チョコが付いてたぜ」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
クスッと笑う彼に、どうやらボクはやってしまったらしい。




