5 暗殺者の忘れ形見
「おや、珍しい。暗殺者が乗ってるよ」
「暗殺者? フロードか?」
「……たぶん、弟子かな? こんな子がいたような気がする」
盗賊に襲われてる馬車の中で、突如として出てきた師匠の名前。馬車に乗ってた人たちを助けようとした青年は、自分の隣に座った魔術師に頬を引き攣らせた。
「あ、ノウェル。そいつなんか面白そう」
「そうか? まあ、やるか」
清々しい顔で、ノウェルと呼ばれた青年が、盗賊の股間を氷漬けにした。……うっわ。あれは、絶対に痛い。
急速に体温を奪われたのだろう。男が悶絶していた。
「いいね。霜焼けになるかな?」
「興味ない」
「えー、なんで? あ、浮気になるから?」
「こんなのとアーチャーを一緒にするな」
不愉快だ、という顔をする青年に。
色彩の魔術師は笑っていた。それはもう、心からの笑みだ。
これは、間違えようがないな。魔術のみで盗賊たちを無力化した大賢者様に、彼は頭を下げた。
「初めまして、色彩殿は久しぶり。フロードの名を受け継いだ、次代の暗殺者です。師匠の遺言なんで雇ってくれます?」
口布を下げてにこりと笑った。
「……ねぇ、ノウェル。本当に徒歩で行くの?」
めちゃくちゃ面倒そうな顔で、あいつが言う。目的地がかなり遠いからだろう。だから俺は、力強く頷いた。
「当たり前だ。あいつに会うのに、人間の手は借りない」
必要な荷物はすべて、影の中に入れてある。現代だと空間収納袋という魔道具があるらしいが、俺は影の方が好きだ。
アーチャーと一緒に作った魔術だからな。
「うーん。変わらない親友に喜ぶべきか、頑固だと嘆くべきか」
「……俺だってできれば早く行きたいよ」
アーチャーに会いたい。あいつに抱きしめてほしい。
こぼれていく感情に、心が痛くなる。
ほんの数日でこれなんだ。ずっとそばにいてくれたアーチャーは、きっと想像できないほどに苦しかったはずだ。
「ねぇ、ノウェル。なんで徒歩なの?」
じっと見てくるエンヴィに、俺はため息をついた。
「俺の体は、性別を変えただけでアーシャのままなんだよ」
伯爵令嬢として育てられた彼女は、戦いを知らない。体術を習ってない。ということは、そこら辺の魔術師よりも筋肉がないのだ。魔術にも限界がある。いざと言う時、剣や弓が使えない魔術師は、すぐに死ぬことになる。
「なるほど。つまり、感動の再会までにはある程度、体を戻しておきたいんだね? 冒険者として活動するために」
俺が大賢者と呼ばれるようになったのは、冒険者として数々の功績を残したからだ。転生してかつてのように動けない、となると。アーチャーたちとの思い出を、見知らぬ誰かに踏みにじられる。
こんなのが大賢者か、と。貶められるのだ。
「俺は誰にも、馬鹿にさせない。お前たちとの冒険は輝かしいものだから。絶対に、かつての強さを取り戻す」
「……ふふ、だから君は、ボクの大親友なんだよ」
眩しいものを見た、というように。
エンヴィがその目を細めた。
「大丈夫だよ、ノウェル。ボクも手伝う。誰にも、君を馬鹿にさせない。平和になったとはいえ、魔物は健在だからね。またあの頃みたいに、みんなで笑いあって冒険しよう!」
「……ああ、よろしく頼む」
「アーチャーも、もう少しがっちりした体が好きだからね。今の君じゃ、折ってしまいそうだと触れないかも」
――マジで?
思わず腰周りに手をやる。筋肉がない体は、どう見ても貴族の令嬢だ。アーシャの中性的な顔のせいで、何度か女だと思われた。
「本気で筋トレしなくては」
「ほどほどにね。旅は長いんだ。ゆっくりやって行こう」
エンヴィとの二人旅。アーチャーと出会う前は、よくこうやって大地を歩き、いろんな場所を巡った。昔から一人旅を好んでいた俺は、ただの旅人として魔術の研鑽に励んでいた。
魂は、形を持たない。
だからこそ、肉体。
この世界に干渉するための形を必要とする。
――俺は、魔術を極めたかった。なによりも不自由で、自由な魂に憧れていた。いつかは精霊にも会いたい。
そう思ってた俺の前に、こいつは突然現れた。
――「やあ、こんにちわ。君、人間?」
そう言ってきたエンヴィは、頭にたくさんの花を付けていた。
花木に突っ込んだのだ。そうなるのは当たり前だった。知り合いから親友になって、冒険者になり。俺たちはたくさんのことを経験した。魔術教団のせいで、酷い目にもあった。
後悔や怒りを積み上げては、生きる虚しさにぶち当たって。
何度もエンヴィに迷惑をかけた。
自分を嫌いになっていった。
でもそのおかげで、アーチャーに出会うことができた。
ノウェルの人生には、いつも教団の影があったが。
今の時代に、あいつらは存在しない。
ようやく解放されたんだ。
(……なのに)
「ほら、ガッツだよ、ノウェル」
差し出された手を握って、ようやく段差を登り切った。
「ハァー、ハァー……」
「息切れすごいね。やっぱり、軽くでも身体強化すべきだよ」
どんどん急になっていく道に、体が限界を訴える。
まさか、こんな山登りすらキツイなんて。
「……女は嫌いだ」
「久しぶりに聞いたな、それ」
動けそうにない体を、エンヴィが背負った。
「しばらく休憩しな。ボクが運んであげるから」
「悪い、頼んだ」
体力がなさすぎる。この女、どうやって生きてきたんだ。
「……まあ、仕方ないさ。剣の稽古は、基本的に男しかできないし。彼女は王族の婚約者だったからね」
「騎士の家系に生まれたかった。あと、最初から男でいろよ」
「それは難しいね。生命は、生まれる場所を選べない。
性別も、運命によって決まる。でも君は、魔術で男に戻れたんだ。これ以上を望むのは我儘だと思うよ?」
「……ならお前も、非力になってみろよ」
そしたら今度は俺が、お前を背負ってやる。恨めしそうに睨んでやれば、真っ青な顔で首を振った。たぶん、想像したのだろう。
「ごめん。それだけは勘弁してくれ」
「やだ。絶対にやってやる」
「君が言うと冗談じゃなくなるんだが!?」
ようやく体力が戻ったので、軽く身体強化をかけて歩いた。
「無理しちゃ駄目だよ?」
「……呪ってやろうか」
にこにこ、にやにやとしてるエンヴィに腹が立つ。
「俺で遊ぶな」
「えー、いいじゃないか。こんなノウェル、期間限定なんだから。アーチャーも、守りがいがあるんじゃない?」
「なんでそこまで、女にならなきゃいけないんだ」
不愉快だとエンヴィの太ももを蹴る。
「いたっ! くない。……ぷっ、ちょっと待って!」
弱すぎる蹴りに、あいつが吹き出した。マジで許せん。何度も蹴り飛ばしていると、不穏な空気が流れてきた。
「……エンヴィ」
「うん。この先、なんかあるね」
ゴミのような臭さを感じる魔力に、顔をしかめた。
山道で遭遇する濁った魂、となると。
――どう考えても、魔物か犯罪者の集まりだな。
「最悪だね。こんなの、学園ではまったくなかったのに」
「学園にある方がおかしいだろ。そういえば、あそこの生徒に分かるやつはいたのか?」
「……あのね。魂を知覚できるのは精霊だけなの」
これ、前にも言ったよ? とエンヴィが肩を竦めた。
「いい加減認めてよ。君が特別なんだ」
☆☆☆
「……遺言?」
フロードの名前を受け継いだという、男を見た。
かなり若いが、本当にあいつの弟子なのか?
「ええ。もしあの馬鹿が帰って来たら、今度は次のフロードが死んでやるからてめえは死ぬんじゃねぇ! って」
「え、マジ? あいつ、そんな面白いこと言ったの?」
「……エンヴィ」
「ねぇ、聞いてよノウェル! あのフロードが、次は俺が死んでやるって言ったらしいよ! あいつ、勝手に死にやがれってノウェルに怒鳴ってたくせに、ほんとは忠誠を誓ってたって!」
興奮気味に話すエンヴィに、俺はため息をついた。なんかずっと、ため息ばかり出てる気がする。
(……体がダルい。ちょっと運動しすぎたかな)
まだそんなに動いてないのに。
「主、すごく疲れてます?」
「たぶんね。ノウェルはまだ、目覚めたばかりなんだ」
「へぇー、とすると、筋力が落ちてるのか」
「……ちょっと待て。俺はまだ、そいつを雇うとは言ってない」
勝手に話を進めるんじゃない。主と呼ぶな。
「ああ、あれ? 俺の決まり文句だ。よろしくな、主」
「あのフロードだよ? 名を受け継ぐ時の決まりになってるんじゃない? ほら、あいつ素直じゃないから」
これからよろしくね、と顎に傷がある男と握手するエンヴィ。俺の意見は無視か。仲間が増えてしまった……。




