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虚ろなるもの  作者: 葉海ふーと
第一章 邪竜の巫女
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5 暗殺者の忘れ形見

「おや、珍しい。暗殺者が乗ってるよ」

「暗殺者? フロードか?」

「……たぶん、弟子かな? こんな子がいたような気がする」

 盗賊に襲われてる馬車の中で、突如として出てきた師匠の名前。馬車に乗ってた人たちを助けようとした青年は、自分の隣に座った魔術師に頬を引き攣らせた。

「あ、ノウェル。そいつなんか面白そう」

「そうか? まあ、やるか」

 清々しい顔で、ノウェルと呼ばれた青年が、盗賊の股間を氷漬けにした。……うっわ。あれは、絶対に痛い。

 急速に体温を奪われたのだろう。男が悶絶していた。

「いいね。霜焼けになるかな?」

「興味ない」

「えー、なんで? あ、浮気になるから?」

「こんなのとアーチャーを一緒にするな」

 不愉快だ、という顔をする青年に。

 色彩の魔術師は笑っていた。それはもう、心からの笑みだ。

 これは、間違えようがないな。魔術のみで盗賊たちを無力化した大賢者様に、彼は頭を下げた。


「初めまして、色彩殿は久しぶり。フロードの名を受け継いだ、次代の暗殺者です。師匠の遺言なんで雇ってくれます?」


 口布を下げてにこりと笑った。
























「……ねぇ、ノウェル。本当に徒歩で行くの?」

 めちゃくちゃ面倒そうな顔で、あいつが言う。目的地がかなり遠いからだろう。だから俺は、力強く頷いた。

「当たり前だ。あいつに会うのに、人間の手は借りない」

 必要な荷物はすべて、影の中に入れてある。現代だと空間収納袋という魔道具があるらしいが、俺は影の方が好きだ。


 アーチャーと一緒に作った魔術だからな。


「うーん。変わらない親友に喜ぶべきか、頑固だと嘆くべきか」

「……俺だってできれば早く行きたいよ」

 アーチャーに会いたい。あいつに抱きしめてほしい。

 こぼれていく感情に、心が痛くなる。

 ほんの数日でこれなんだ。ずっとそばにいてくれたアーチャーは、きっと想像できないほどに苦しかったはずだ。

「ねぇ、ノウェル。なんで徒歩なの?」

 じっと見てくるエンヴィに、俺はため息をついた。

「俺の体は、性別を変えただけでアーシャのままなんだよ」

 伯爵令嬢として育てられた彼女は、戦いを知らない。体術を習ってない。ということは、そこら辺の魔術師よりも筋肉がないのだ。魔術にも限界がある。いざと言う時、剣や弓が使えない魔術師は、すぐに死ぬことになる。


「なるほど。つまり、感動の再会までにはある程度、体を戻しておきたいんだね? 冒険者として活動するために」


 俺が大賢者と呼ばれるようになったのは、冒険者として数々の功績を残したからだ。転生してかつてのように動けない、となると。アーチャーたちとの思い出を、見知らぬ誰かに踏みにじられる。

 こんなのが大賢者か、と。貶められるのだ。

「俺は誰にも、馬鹿にさせない。お前たちとの冒険は輝かしいものだから。絶対に、かつての強さを取り戻す」

「……ふふ、だから君は、ボクの大親友なんだよ」

 眩しいものを見た、というように。

 エンヴィがその目を細めた。

「大丈夫だよ、ノウェル。ボクも手伝う。誰にも、君を馬鹿にさせない。平和になったとはいえ、魔物は健在だからね。またあの頃みたいに、みんなで笑いあって冒険しよう!」

「……ああ、よろしく頼む」

「アーチャーも、もう少しがっちりした体が好きだからね。今の君じゃ、折ってしまいそうだと触れないかも」


 ――マジで?


 思わず腰周りに手をやる。筋肉がない体は、どう見ても貴族の令嬢だ。アーシャの中性的な顔のせいで、何度か女だと思われた。

「本気で筋トレしなくては」

「ほどほどにね。旅は長いんだ。ゆっくりやって行こう」

 エンヴィとの二人旅。アーチャーと出会う前は、よくこうやって大地を歩き、いろんな場所を巡った。昔から一人旅を好んでいた俺は、ただの旅人として魔術の研鑽に励んでいた。

 魂は、形を持たない。

 だからこそ、肉体。

 この世界に干渉するための形を必要とする。

 ――俺は、魔術を極めたかった。なによりも不自由で、自由な魂に憧れていた。いつかは精霊にも会いたい。


 そう思ってた俺の前に、こいつは突然現れた。


 ――「やあ、こんにちわ。君、人間?」


 そう言ってきたエンヴィは、頭にたくさんの花を付けていた。

 花木に突っ込んだのだ。そうなるのは当たり前だった。知り合いから親友になって、冒険者になり。俺たちはたくさんのことを経験した。魔術教団のせいで、酷い目にもあった。

 後悔や怒りを積み上げては、生きる虚しさにぶち当たって。

 何度もエンヴィに迷惑をかけた。

 自分を嫌いになっていった。


 でもそのおかげで、アーチャーに出会うことができた。


 ノウェルの人生には、いつも教団の影があったが。

 今の時代に、あいつらは存在しない。

 ようやく解放されたんだ。


(……なのに)


「ほら、ガッツだよ、ノウェル」

 差し出された手を握って、ようやく段差を登り切った。

「ハァー、ハァー……」

「息切れすごいね。やっぱり、軽くでも身体強化すべきだよ」

 どんどん急になっていく道に、体が限界を訴える。

 まさか、こんな山登りすらキツイなんて。

「……女は嫌いだ」

「久しぶりに聞いたな、それ」

 動けそうにない体を、エンヴィが背負った。

「しばらく休憩しな。ボクが運んであげるから」

「悪い、頼んだ」

 体力がなさすぎる。この女、どうやって生きてきたんだ。


「……まあ、仕方ないさ。剣の稽古は、基本的に男しかできないし。彼女は王族の婚約者だったからね」


「騎士の家系に生まれたかった。あと、最初から男でいろよ」

「それは難しいね。生命は、生まれる場所を選べない。

 性別も、運命によって決まる。でも君は、魔術で男に戻れたんだ。これ以上を望むのは我儘だと思うよ?」

「……ならお前も、非力になってみろよ」

 そしたら今度は俺が、お前を背負ってやる。恨めしそうに睨んでやれば、真っ青な顔で首を振った。たぶん、想像したのだろう。

「ごめん。それだけは勘弁してくれ」

「やだ。絶対にやってやる」

「君が言うと冗談じゃなくなるんだが!?」

 ようやく体力が戻ったので、軽く身体強化をかけて歩いた。

「無理しちゃ駄目だよ?」

「……呪ってやろうか」

 にこにこ、にやにやとしてるエンヴィに腹が立つ。

「俺で遊ぶな」

「えー、いいじゃないか。こんなノウェル、期間限定なんだから。アーチャーも、守りがいがあるんじゃない?」

「なんでそこまで、女にならなきゃいけないんだ」

 不愉快だとエンヴィの太ももを蹴る。

「いたっ! くない。……ぷっ、ちょっと待って!」

 弱すぎる蹴りに、あいつが吹き出した。マジで許せん。何度も蹴り飛ばしていると、不穏な空気が流れてきた。

「……エンヴィ」

「うん。この先、なんかあるね」


 ゴミのような臭さを感じる魔力に、顔をしかめた。

 山道で遭遇する濁った魂、となると。

 ――どう考えても、魔物か犯罪者の集まりだな。


「最悪だね。こんなの、学園ではまったくなかったのに」

「学園にある方がおかしいだろ。そういえば、あそこの生徒に分かるやつはいたのか?」

「……あのね。魂を知覚できるのは精霊だけなの」

 これ、前にも言ったよ? とエンヴィが肩を竦めた。


「いい加減認めてよ。君が特別なんだ」



☆☆☆



「……遺言?」


 フロードの名前を受け継いだという、男を見た。

 かなり若いが、本当にあいつの弟子なのか?

「ええ。もしあの馬鹿が帰って来たら、今度は次のフロードが死んでやるからてめえは死ぬんじゃねぇ! って」

「え、マジ? あいつ、そんな面白いこと言ったの?」

「……エンヴィ」

「ねぇ、聞いてよノウェル! あのフロードが、次は俺が死んでやるって言ったらしいよ! あいつ、勝手に死にやがれってノウェルに怒鳴ってたくせに、ほんとは忠誠を誓ってたって!」

 興奮気味に話すエンヴィに、俺はため息をついた。なんかずっと、ため息ばかり出てる気がする。


(……体がダルい。ちょっと運動しすぎたかな)


 まだそんなに動いてないのに。

「主、すごく疲れてます?」

「たぶんね。ノウェルはまだ、目覚めたばかりなんだ」

「へぇー、とすると、筋力が落ちてるのか」

「……ちょっと待て。俺はまだ、そいつを雇うとは言ってない」

 勝手に話を進めるんじゃない。主と呼ぶな。

「ああ、あれ? 俺の決まり文句だ。よろしくな、主」

「あのフロードだよ? 名を受け継ぐ時の決まりになってるんじゃない? ほら、あいつ素直じゃないから」

 これからよろしくね、と顎に傷がある男と握手するエンヴィ。俺の意見は無視か。仲間が増えてしまった……。


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