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虚ろなるもの  作者: 葉海ふーと
第一章 邪竜の巫女
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4 魔術師は約束を守る

『――世界に救済を。

 多くの魂を解放し、我らは神に至るのだ』


 そんなことを言ってた教団は、俺からたくさんのものを奪った。何度も何度も、数え切れないほどに。だからこそ力を付けて、二度と奪われないようにしたのに。

 また、奪われた。

 もうここは、俺の知らない時代なんだ。

(六十年。たった六十年で、こんなにも世界は変わるのか……)

 エンヴィが保存していた俺のローブ。それは昨日と同じ姿だったが、街は知らない人間で溢れてた。

 もう、覚えるのが嫌になるくらいの入れ替えだ。

「ノウェル、大丈夫?」

「……ああ、調子はいいぞ」

 開いていた本に視線を落とす。エンヴィは、窓から街を眺めた。

「変わらないでしょ。ここからの景色は」


「……そうだな」


 建物はそのまま。街並みも変わってない。

 だから余計に、違和感がある。

 英雄王が必死に守った王都だというのに俺は、変わらない景色に虚しさを感じていた。

 守り切れたのだと、喜ぶべきなのに。

「あと何日で出れそうだ?」

「んー、この調子なら明日には出発できるよ」

「そうか。……そっか」

 思ったよりも時間がかかる。

「ごめんね。こんなことなら、止めておけばよかった」

 落ち込みを隠せない。

 両膝を抱えて、俺は窓の外を見た。

「……エンヴィ。お前はずっと、ここにいたのか?」

「うん。絶対に帰って来るって信じてたから」

 にこりと笑って、彼が隣に座る。魔術書を大量に保管してる屋根裏の、大窓。そこからの景色に、エンヴィが笑った。

「昨日も言ったけど、ボクね。王様を選ぶ偉い魔術師になったんだ。仕事も王の器を見極めるっていう簡単なことで」

 ずっと、君を待ってた。そう口にしたエンヴィは、どこか寂しげだった。おそらく、その過程で多くの仲間を見送ったのだろう。

 シルバーも、あと数年しか生きられない。

 彼女が向こうに行ったら、もう誰もいないのだ。

「すまなかった。俺のせいで――」

「それ以上は駄目。マジで怒るよ。怒っちゃうからね。ボクたちは自分の意志で、この国にいたんだ。アーチャーは、早く会いたいって焦っちゃったけど。誰も、後悔なんてしてない」


「……ありがとう」


 心から、そう言ってくれるエンヴィに、涙が出てきた。













 目が覚めたら別世界。そんなノウェルの心労は、ボクが思う以上にでかいはずだ。生きて帰るという約束を破った責任も感じてるから、下手したら倒れる可能性があった。

(……こんなことなら、ちゃんと教師やればよかった)

 そうすればもっと早くにノウェルの転生体を見つけて、アーチャーを呼び戻して、あの日常に戻る準備ができたはずなんだ。

 なのに、なのにボクは……。


 ぼんやりと窓を眺めてる彼に、言うべき言葉が分からない。

 でもそろそろ、出ないと。


 アーシャを返してほしい、なんて言ってる親は黙らせた。でもまだ、やらなきゃいけないことがある。ノウェルは自由なんだ。なにかに縛られるなんてことは、あってはならない。

「じゃあ、ボク仕事して来るね。なにかあったらそこのベル鳴らして。ご飯は冷蔵庫にあるから、魔術で温めてね」

「分かった。行ってらっしゃい」


「行ってきまーす。親友が待ってるからすぐに終わらせるよ!」


 にこにこと笑って転移する。

 もちろん、王宮にだ。


 凍てつく冷気を漏らしながら、王族たちに殺気を向ける。


「やあ、今日は何色にしようか。煌めく氷は、色でその景色を変えるからね。真っ赤に染めてあげようか?」


 ガタガタと震えるガキと女に、腸が煮えくり返る。

 ――婚約破棄はどうでもいい。ノウェルにはすでに、アーチャーという婚約者がいるから。こんなガキの戯言には怒ってない。

 でも、彼らは侮辱した。

「どうしたの? もしかして、言い訳が浮かばない? そんなわけないよね。君らは祈念祭に争いを持ち込んだ。

 それがどれほどの大罪か、知らないわけがない」

 だって子供の時から言われて来てるのだから。英雄王が作ったこの祭事を知らない国民なんていない。

 ノウェルが流した涙。

 それを思い出すと、余計に腹が立つ。

(……ボクは愚かだった)

 あんなにも大切に思ってた親友を、己の怠惰で傷付けたのだ。

 激しい怒りを抑えられず、握っていた杖を壊した。

「ひっ。しき、色彩殿!」

「英雄王の子孫よ。若くして王になられた人間よ。ボクはもう、間違えない。ノウェルを傷付けさせない。今すぐにでもそいつらを殺してやりたいが、一度だけ見逃すという約束がある」


 ――『どのような子であれ、儂の魂を受け継いでいる。一度だけ、どんなに許せなくても見逃してやってくれ』


 死の間際。彼は、そう言っていた。

 ずっとノウェルの帰りを待っていた英雄王よ。

 ここより彼方なる地で、見ているかい?


「次はないよ、人間」


 この選択は、間違ってないよね?



☆☆☆



 アーシャ・アルトラン。彼女は、伯爵令嬢としてこの国の第二王子と婚約していた。だが、その仲はとても冷え切っていた。

 彼女は、人間を嫌っていた。

 愛想笑いは演技を超えた本物に見えるため、気付いた者は色彩の魔術師だけだろう。彼女は、どこか親友に似てる。


 でも彼ではないから、極力接触を避けた。


 アーシャは、真面目な生徒らしい。ロウレイロ学園は、なによりも実力を重んじる。名前だけの教師である色彩の魔術師にも、彼女の優秀さは聞こえていた。


 そして、第二王子の悪評も。


 ペルトラック王国は、色彩の魔術師である己が守護する国だ。

 この国の王を選び、彼が帰って来てもいいように、今を続けさせる。それが、自分で選んだ仕事。

 三十六年前に亡くなった英雄王には、あいつが帰って来たらやめろ、と言われたけど。まだその気配がないから、第一王子を見守り続けた。第二王子の方は、とっくに切り捨ててる。

 あれは、どう考えても愚か者だ。

 自分勝手で周りを考えず、物事を悪い方へと転がす。

 こんなのが英雄王の子孫なのか、と失望した。

(……アーシャも大変だね)

 ただでさえ人間が嫌いなのに、あんな傲慢なやつと結婚しなくてはいけないなんて。第一王子は英雄王に似て、自分よりも他者の幸福を願う人間なのに、どうして弟はあんな愚者になったのだろう。あれでは誰も付いてこない。

 国が、滅亡する未来しか見えなかった。


 だから彼は、どうでもいい国の戦争へと派遣することが決まっていた。もしかしたら王位を継承できるかもしれない、と喜ぶ少年を誰もが冷たい目で見ていた。


(……本当に、馬鹿なやつだ)


 残りわずかな時間を、彼は更に削ったのだ。


 英雄王との約束通り、色彩の魔術師は己の手で殺すことをやめた。愚かな少年少女を見逃してやった。

 だが、彼らの犯した罪は重い。

 六十年前に死んだ英雄たちのために、現王はあの女子学生も他国へと派遣させることにした。

 そして夜明けと共に、出立させた。

 必要最低限の荷物しか持たされなかった彼らは、いつ気付くだろうか。自分たちは、祖国に見捨てられたのだということを。


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