3 過去、君との出会い
エンヴィの屋敷に残ってた、俺の部屋。姿見の前で、今の自分を見てみる。鏡に映るのは十七歳の青年。かつての面影は、まったくない。俺ではない姿でよくノウェルだと分かったな、あいつ。
前世の俺は、黒髪だった。
けれど今は黄昏色に染まってる。
三つ編みにした髪を前に流して、フードを深く被った。
――アーチャーも、気付いてくれるだろうか?
誰もいない部屋で、ベッドに横たわる。
まったく埃がないここは、エンヴィが掃除したのだろう。
(……あいつは、変わらない)
掃除好きの魔法使いは、今も健在のようだ。
でもまさか、真面目に仕事をしてるとは思わなかった。
「ほんとに、変わったんだな……」
この屋敷は、いろんな思い出に溢れてる。目を閉じれば、昨日の出来事が過ぎって。今にもドアが開いて、英雄王たちが入ってくるのでは? と思ってしまうから。
戻らないものの大きさを。
その大切さを、実感させられる。
俺からすれば昨日のことなのに。世界は、六十年という時間を重ねてしまった。
「アーチャー」
口からこぼれる言葉は、寂しさに満ちていた。エンヴィが出した手紙は、本当に届くだろうか? 俺を屋敷に残して、あいつは王宮へと行ってしまった。
俺の魔術書がそこにあるらしい。
どうも俺の私物をあちこちに保管してるらしいので、それを回収するまで帰って来ないだろう。
俺も、記憶を取り戻した影響が体が疲れてる。
力を慣れさせるためにも、しばらくは寝るしかないな……。
やりたいことは、明日やろう。
(アーチャーに、会いたい)
夢で、会えないだろうか。
深い森の中を進んでいく。静かな殺気が伝わって来るが、敵の位置が分からない。フードを深く被り、魔力で周りを探った。
「――っ」
飛んできた矢を、避ける。
これは、影か? かなり死の気配を纏ってる。
(……当たったら即死、ではないが)
俺であっても、しばらくは使いものにならなくなる。まったく、なんでこんな目に会うんだ。エンヴィの言う通りに、馬車を使えば、と思ってから、首を振った。
(……まだ、こっちのほうがマシだ)
しばらく人間には会いたくない。英雄王と呼ばれるやつであれば考えるが、ここから二ヶ月もかかる場所にある国だ。俺の噂なんて途中で消える。会いたいと思う馬鹿はいない。
忌々しい出来事を思い出して、深いため息が出た。
そして、あの殺気が消えたことに気付く。
「どこに行った?」
さきほどまであった気配も感じられない。見失ったことに慌ててフードを外して周囲を見た。すると、横から髪を撫でられた。
「……黒。夜の色か」
「びっくりした。お前、精霊か?」
褐色の肌に、銀髪。
長い前髪から見える瞳は、黄昏の色だった。
「ここにはなに用だ、人間」
そう問いかける青年に、俺は大きく深呼吸した。
「休養だ。誰もいない場所で、数週間の野宿がしたい。しばらく、あなたが守護してる森に滞在してもいいだろうか?」
「……それは、俺もいない方がいいか?」
こちらをうかがうような様子の彼に、首を傾げる。
「あなたは精霊なのだろう?
純粋な人間ではないのなら、嫌悪の対象外だ」
精霊は、妖精と違って完全な不老不死の存在。
そのため彼らは、孤独を望んで寂しさを嫌う。ある程度の距離を取った交流を望むから。
「俺の、話し相手になってくれないか? 俺はノウェル。あなたの名前は?」
きっと、誰かに触れたいのだろう
「……名は持たない。過去と共に捨てた」
「そうか。なら、アーチャーと呼んでもいいか?」
褐色の青年は、手にしていた漆黒の弓を見て、こくりと頷いた。彼に案内されて古びた廃村へと移動した。アーチャーは、ここに住んでいるようだ。なんでも、友が守っていた村だから。すべてが朽ちるまで、ここにいると決めたらしい。見事な畑があったので、しばらく観察した。ここまで栄養がある土は珍しい。
アーチャーが作ったのだろうか? それとも、村人か?
「……キキョウが見たい」
この土なら、立派な花を咲かせそうだ。
「キキョウが好きなのか?」
「あ、ああ。あの星みたいな形が好きなんだ」
バケツを手にしてるアーチャーに、少しだけ驚く。彼は、本当に気配が薄いな。だが、新鮮な驚きだ。
「……笑った顔も素敵だ」
「そうか? でもそれは、女性に言ってやれ」
水を汲みに行くというから、俺もバケツを持ってアーチャーと川に向かった。どちらも無口なので会話はあまりなかった。
だが、とても居心地がよかった。
そばにいやすい精霊なのだろう。エンヴィとは違う心地良さに、少しだけ憂鬱な気持ちが消えていく。
「……ここから先は滑りやすい。手を」
差し出された手を握れば、女性のようにエスコートされた。
なんとなく恥ずかしい気もするけど、精霊である彼らは純粋だ。そして、根っからの騎士でもある。自分より弱いもの、仕えると決めた人間には、最大の守りを与えると言われていた。
最初はただのおとぎ話だと思ってたが、エンヴィと知り合ってからは信じてる。
ていうか、やりすぎ感があるんだよな、あいつ。
「……大丈夫か? 疲れたなら言ってくれ」
「ありがとう。まだ大丈夫だ」
俺の手を握り、嬉しそうに笑うアーチャー。
こうも好意を向けられると、勘違いしそうになる。
(俺は男。アーチャーも男だ)
なんでこんなにも、幸福だと思ってしまうのだろう。落ち着きのない心臓を軽く押さえて、そっと息を吐いた。
「……ノウェル? 大丈夫か?」
「平気だ。アーチャーは、いつもこうして水汲みを?」
「ああ。畑の水やりに使ってる。……君は、風呂に入るか? もしそうなら、もう一度手伝ってくれるか?」
恐る恐る聞いてくる彼に、俺はもちろんと頷いた。
「アーチャーも風呂に入るだろ?」
彼と一緒に風呂の準備をして、夕焼けを眺めながら湯船に浸かった。こんなにも楽しいと思える時間は久しぶりだ。
「……よかったのか? 一緒に入って」
「嫌だったか? 人間と入るのは」
「そんなことはない。ノウェルは、あいつらとは違う」
目を伏せる彼に、少しだけ人間への怒りが沸いた。でもこの時間に、負の感情はいらない。だから、大きく息を吐いた。
「アーチャー。近くに行ってもいいか?」
「? いいぞ」
許しが出たので、彼の横にくっつく。最初に見た時もそうだが、本当にすごい筋肉だな。騎士団長並に鍛えられてる。
身長があって、ガタイにも恵まれる、か。
「……かっこいいな」
「っ! そ、そうか。君は、可愛いな」
わずかに頬を染めて、アーチャーはそっぽを向いた。
可愛い、は彼なりの褒め言葉なのだろう。
(ちょっと複雑だが、自然と生きる彼にとって、可愛いは動物への愛だ。俺の誇りよりも、精霊の感性が大切だ)
ふふっ、と笑ってしまう。一人旅に出て正解だった。
……ずっと、ここにいようかな。
廃村だから誰も来ない。盗賊は、アーチャーを恐れてるはずだから。人に会いたくない俺からすればここは楽園だ。
エンヴィを呼んで、三人で……。
「そういえば、なんでやめたんだ? あなたにとって俺は、侵入者だったはずだ」
勝手に森へと入った俺は、精霊の敵だった。彼からすれば、平穏を壊すかもしれない存在だったのに。
「……なんで、俺の前に?」
「分からない。ただ、ここが。傷付けるなと言った」
下を向いたまま、自分の心臓を押えるアーチャーに、思考が停止する。一緒に風呂に入ってるから、彼は裸だ。夕焼けに照らされた、アーチャーの肉体美。
そして、俺を見て浮かべる、優しい微笑みに。
「……わ、悪い。先に上がっ――うわっ!」
「おっと。大丈夫か?」
板に滑って、アーチャーの上に倒れてしまった。
「怪我はないか、ノウェル」
すぐ近くにある顔は、キスができてしまうほどの距離で。余計に恥ずかしくなる。だって、傷付けるなって。
――一目惚れをした時の言葉だろ?
エンヴィが趣味で書いた小説を思い出して、嫌でも恋を自覚してしまった。
「逆上せたのか? 顔が赤い」
「……なんでもない。ごめんけど、先に出る」
これ以上は心臓が持たない。なのでさっさと湯船から出た。
でも、その日の夜。
俺たちは、恋人という関係になった。
☆☆☆
気付けば、夜が明けていた。
アーチャーとの出会いを夢で見た俺は、そのまま屋敷の庭へと出た。ここも、なにも変わってない。
だがそれでも、俺の知ってる昨日とはまったく違うんだ。
今の俺に、アーシャ・アルトランの記憶はない。ノウェルとして生きた記憶だけが、ここにある。
「彼女の親には、酷なことをしたな」
仕方なかったとはいえ、俺は一人の少女を殺して甦った。残してしまうアーチャーとエンヴィのために、転生を行った。この罪を忘れるつもりはない。彼女の過去を調べられないのは残念だが、エンヴィを傷付けるわけにはいかないのだ。
「だから、殺してしまったことは、覚えておく」
俺を許す必要はない。
ぼんやりと、明るくなり始めた空を見上げる。
アーチャーも、この空を見ているだろうか。
「……ノワール」
今の、あいつの名前。それを唇に乗せると。
――「ノウェル。会いたい」
そんな声が、風と共に聞こえた。
手紙ではなく、声を届けてきたみたいだ。
「なら、俺から行くよ」
魔力を込めて、風に声を乗せる。これでアーチャーへの返事は終わった。あとは旅支度だな。エンヴィも引っ張って行こう。
そして久しぶりに、三人で冒険をしたい。




