2 君の目覚め
――『どうか、この国を救ってくれ』
英雄王が、頭を下げた。もうこれ以上は無理だと、力を貸してくれと、俺に願った。あの男が、こんなにも疲弊してるというのに。国は滅びへと加速している。
それが、かなり気に入らなかった。
『……分かった。その代わり、死ぬなよ、英雄王』
『ああ、俺はまだ死ねない。必ずこの戦いに勝利して、お前らの結婚式を盛大に祝うと決めてるからな』
『お、まえ。こんな時に馬鹿言ってんじゃねぇよ!』
『こんな時だからだ。お前のドレス姿、絶対に見てやる』
『男にドレス着せるなよ……』
『お前が新婦で、アーチャーが新郎だろ? 任せろ、全財産を使ってでもお前に最高のウエディングドレスを用意してやる!』
なにがなんでもドレスを着せる気でいる英雄王に、深いため息が出た。でも、嫌ではなかった。こいつは、こう言ってるんだ。生きて帰って来い、と。
さすがに今回の戦いは、かなり辛いものになる。
俺はアーチャーたちと違って、不滅の存在ではない。
定命の者である以上、いつかは死ぬ。
――だから、油断はしなかった。
約束を果たすために生きた。
(でも、俺は死んだ。終わりの時が来てしまった)
今でも鮮明に思い出せる。あいつの驚いた顔と、アーチャーの悲痛な叫びが。魂に焼き付いてしまった。だから、俺は。あいつらを探さないといけない。死なないって約束したのに、破ってしまったから。
ちゃんとそのことを謝って、もう一度、馬鹿みたいに笑って生きたい。
「……ノウェル?」
震えた声で俺を見る親友に、笑みが浮かんだ。
「なんだ。ついに頭が腐ったのか? ていうか、なんで花まみれなんだお前は。あれか? あの時の再現か? エンヴィ」
ゆっくりと浮上した意識に、体が再構築を始める。長い眠りで貯めた魔力が、女の体を男へと組み換え、肉体と魂の繋がりを深めた。魔術師は、己の魂を知覚することで万物に干渉する。魂こそが最大の力であり、世界は意志によって形を変えるのだ。
(……頭が、痛い)
前世から引き継いだ力が、馴染まないようだ。
体が男になったことで、ドレスが邪魔くさい。魔術でローブへと作り替えた。
「ノウェル。ノウェル!!」
「……うおっと!」
まだ寝ぼけが取れてない俺に、あいつが抱きついてきた。
「なんで、なんでお前っ!!」
「……泣くな。ちゃんと帰っただろ?」
「遅いんだよ!! もう、もう無理だって……」
「お前らしくないな」
ボロボロと涙を落とすエンヴィに、笑ってしまう。
「愚直に信じてなかったのか? 転生を提案したのは、お前だろ」
「でも、完成してなかったじゃん!」
「そういえば、そうだったな」
あの時、ほんの僅かな可能性にかけて転生の魔術を行った。まだ未完成の魔術だったから、信じてなかったのか。
「約束を破って、ごめん。また友達になってくれるか?」
そう笑いかけると、エンヴィが頬を膨らませた。
「もー、違う! 友達じゃなくて親友!! 親友じゃなきゃ許さないから! あと、絶対、死んじゃやだ」
「……そうだな。頑張って、お前らと同じ存在になるよ」
保険として作った転生の魔術は成功した。
あとは、不老不死になるだけだ。転生したことで分かったことを、分析しないと。
せっかくの貴重な体験だ。無駄にはできない。
(……そういえば、ここはどこだ?)
あれからどれだけの時が経ったのか、英雄王たちはまだ生きてるのか。分からないことだらけで心が焦る。パーティー会場なのか、たくさんの人間たちがいた。肉体と、魂。その二つが見える瞳を、閉じた。情報量が多すぎて、頭が痛い。視界に酔ってしまった。
「ノウェル?」
ふらついた俺を、エンヴィが支えてくれた。
「……悪い、人間が多すぎる」
「! ごめん、これ被って。そういえばそうだったね」
エンヴィの上着が、俺の視界を遮った。
「……アーシャ・アルトラン。お前、なんで男に」
戸惑いの声が聞こえる。アーシャ? それが、この転生体の名前か?
どこか英雄王の面影がある少年を睨む。あいつの子孫のくせに、どうして魂が腐ってるんだ。魔物を呼ぶほどではないが、気分が悪くなる。
「色彩の魔術師様」
「ん? ああ、君か。どうしたの?」
「いえ、なにやら私の娘がとんでもない遊びをしてるようなので。そろそろ終わらせるべきかと」
「遊び? なんの?」
「……エンヴィ。この人間は誰だ?」
五十代ほどの男に、眉を寄せる。おそらく貴族だと思うが。
「ククト・アルトラン。伯爵だ」
「貴族か。……アルトラン? サーニャも、いるのか?」
「サーニャは、いないかな」
「なんだ。あの爆発娘はいないのか。この前貸した魔術書のことで文句を言いたかったんだが……」
「え? サーニャ、なんかやったの?」
「あの馬鹿、魔術書の一部を丸焦げにしたんだよ」
「あー、そういや、そんなこともあったな」
遠い目をするエンヴィ。どうやら、謝りに行ったようだ。
「アーシャ。なんだその言葉遣いは!」
「まあ、とにかくボクの屋敷に行こうか。記憶と魔力、あとは能力かな? その引き継ぎでかなり弱ってるでしょ」
「……弱ってはない」
「色彩の魔術師様。娘は、私が」
「ノウェル」
ふと聞こえた声に、顔を向ける。
こちらへと歩いてきた女性は、その魔力は……。
「シルバー・ソードか?」
「ええ、私よ。久しぶりね、ノウェル。いえ、大賢者様」
かなりのご老体になった騎士が、跪いた。
「……マジか。あんなクソガキだったお前が、こんなきれいに」
「まあ、あなたでも世辞が言えたのね」
「世辞じゃない。お前はきれいになった。ここまで鍛えられた魂を見るのは久しぶりだ。お前の意志は、なによりも美しい」
おそらく王族だろうガキは、腐った生ゴミを鍋にぶち込んでグツグツと煮たような汚さだが。シルバーは、澄んだ水のように煌めいていた。
「六十年、ということは」
「ええ、もう騎士団は引退したわ。もうほとんどの人たちが、先に行ってしまった。みんな、信じてたわ。あなたの帰りを」
過去を想う、優しい微笑みに。俺は、そうか、としか言えなかった。
「あなたとはいろいろと思い出話をしたいけど、それはさすがに我儘よね。向こうでみんなに、怒られてしまうもの。色彩の魔術師様。早く彼を、安全な場所へ。ここでは疲れてしまうわ」
「そうだね。じゃあ、ノウェル。帰ろう!」
「さようなら、大賢者様。また会えてよかったわ」
エンヴィに手を引かれると同時に、景色が変わった。
ここは、見覚えがある。よくこの屋敷で、英雄王たちと馬鹿をやった。人形を、どれだけリアルな死体にできるか、と。みんなで試行錯誤をやって。騎士団長やメイド、王直属の隠密部隊に仕掛けた。あの頃は本当に楽しかった。
「……エンヴィ、アーチャーはどこにいるんだ?」
そう聞いた俺は、あいつが旅に出てることを知って。
精神に大ダメージを受けた。




