1 色彩の魔術師
君は、笑っていた。とてもきれいな笑顔で、瓦礫の中に消えた。あのあとみんなで必死に探したけど、見つけられなかった。君が気に入ってた工房の、花壇。枯れてしまったよ。
君のベッドは埃だらけで、本も散らばったまま。
湖のほとりにあったカフェも、とっくに潰れてしまった。
――君は、どこにいるの?
国を滅ぼそうとした魔術教団の空中都市。
そこから落ちた君は、どこかで生きてるのだろう?
親友のボクを無視するのは別にいい。でも、アーチャーの声には応えてあげてよ。君がいなくなってから、ずっと調子が悪いんだ。いつも君を探して、眠れない夜を過ごしてる。
ノウェル。君が夢に出るそうだよ。
血だらけの状態で、ゆっくりと死んでいくそうだ。
どれだけ手を伸ばしても届かないって、泣きそうな顔でボクに相談してきた。
……なぁ、ほんとに、どこにいるんだよ。
お前の彼氏、マジで死にそうになってるよ?
ノウェルがいない。
忘れてしまうのかと思うと怖い。
……ノワール。ノワールだ。俺のことはそう呼んでくれ、って。名前はいらないって言ってたあのアーチャーが、君に似た名前を名乗り始めた。ほんとに、見てられない。
変わっていく現実が悲しすぎて、心が潰れてしまいそうだ。
ノウェル。ボクの友人。ボクの主人公。
こんなバッドエンドが、君の終わりなのかい?
……ねぇ。帰って来てよ。
「……ふあ。二度寝したのに、まだ眠いや」
大きな欠伸をしながら、ローブ姿の青年は腕を伸ばした。髪の毛にたくさんの花弁をくっ付けて、眠そうにしてる姿が面白かったのだろう。そんな彼を見て、多くのご令嬢たちがクスクスと笑っている。
「なにあれ」
「みっともない。誰よ、あれ」
同じ学園に所属する平民、とでも思ってるのだろう。
愚かな人間たちだ。視界に入れる価値もない。
「ちょっと先生、あれつまみ出しなさいよ。せっかくの平和祈念祭なのに、あんなのがいたら英雄様たちが安らげないわ」
「あれ? っ!!」
こちらを見た先生に、片手を振る。するとこれでもかというほど真っ青になってしまった。「先生?」と少女が首を傾げる。可哀想に。まだ若い青年は、恐怖で声が出ないようだ。異様な空気に気付いた大人たちが、少女たちに事情を聞く。そして、彼らも顔色を悪くし、何度もボクに頭を下げて少女たちを連れていった。
(今日は祈念祭。だから厳しいお叱りは明日だね、少女たち)
たまたま突っ込んでしまった花木の、薄黄色の花。
教師は生徒の味方だけど、今回は裏切ってしまったな。
まだくっ付いてる花を払う。
「アーシャ・アルトラン! 貴様との婚約を破棄する!!」
穏やかな音楽が流れてたパーティに、やかましい声が響いた。この声は、第二王子のものだな。争いを持ち込んではならない、と言われてる平和祈念祭に、なにをやってるのだろう。
貴族と王族が、ものすごい顔で第二王子を睨んでる。
「……理由を、聞いても?」
いきなり婚約破棄を宣言された少女が、理由を訊ねた。
「それは君が、王族に相応しくない人間だからだ」
(……ん?)
思わず笑みが固まった。こいつは、なにを言ってるんだ? 王族、か。確かに君に嫁げば彼女も王族の一人になる。でも、相応しくない? 平和祈念祭で突然婚約破棄するようなやつがなにを言ってるんだか。周りに気付いてない第二王子様はきれいな女性をそばに置いて、いじめだの貴族としての自覚がないとか、馬鹿なことを叫んでる。
(彼女が近くにいたから怒った? 婚約者がいるから近づくなと注意したって……)
――いや、それ、常識的に考えたら彼女が正しいぞ?
(って、あれ? なんでいるの?)
王子の横にいる女は、一ヶ月ほど前に自分が退学させた生徒だ。
青年は何度か、女子学生に注意してるアーシャを見かけていた。そしてその注意はどれも貴族として大切なものだったから、ちゃんとそれを学ばせるために女子生徒に特別授業を受けさせた。だが彼女は態度を改めなかった。
もう二度と、見ることはないと思ってた女。
記憶から消したはずのおぞましい魂に、苛立ちが込み上がる。
「……ほんと、不愉快」
ぽつりと呟いた声に、周りの魔術師たちが逃げ始めた。
国王も、酷く青ざめた顔でこちらを見る。
平和祈念祭。それは、この国のために戦い、命を落とした英雄たちを弔うためのもの。彼らが求めた平穏を体現しなくてはいけないこの日を、よくもぶち壊してくれたな。
「ま、待ってくだされ色彩の魔術師殿!!」
国王の声が、会場に響き渡る。けれど彼は、足を止めなかった。異変に気付いた第二王子が、不思議そうにこちらを見るけど、ぶっ殺す。絶対に許さない。あいつの隣にいる女も殺そう。アーシャという少女には悪いが、これは君を助けるためのものじゃない。嘘を塗り固めて争いを起こした女子学生は、大切なボクの親友を侮辱したんだ。
せめて、アーシャの周りに黒を塗ろう。
酷く傷付けられた彼女に、こいつらの死に顔は見せられない。
そう、思ってた青年は、その足を止めた。
「どうした、色彩殿。めでたきこの日に、俺をこの国の王にしてくださるのか?」
「まあ。では私は、王妃になるのですか?」
ゴミの言葉は理解できない。視界に入れる価値もない。
――ああ、まさか、こんな。
青年は、アーシャへと視線を向けた。




