13 大賢者は無意識に断罪する
――それは、必然だったのかもしれない。
ウェルナという少女は、養子として侯爵家に引き取られた。父親が、その家の次男だったからだ。母親は病で亡くなり、父親も魔物の討伐で帰らぬ人となった。だが、少女は不幸ではなかった。
『あなたは特別なの。選ばれた者なのよ』
物心ついた時から、彼女はそう母親に言われてきた。
すべてを手に入れる運命なのよ、と。
呪いのように聞かされて来た彼女は、偶然出会った第二王子に一目惚れして。己の運命通りに恋人を手に入れた。
アーシャにいじめられた。
いつも誰も見てない時に睨んで来る。
そう、キース王子に嘘を吹き込めば「大丈夫。俺があの女を断罪してやる」と、熱い眼差しで自分だけを見てくれた。
なのに、色彩の魔術師が邪魔をした。
あと少しでアーシャを死刑にできたのに。
生きてることが不思議なくらいの殺気を浴びせられた。
確かに彼女は、すべてを手に入れる。
そういう運命に生まれてしまった。教団が長年追い求めて来た、人工精霊の製造。人の腹から生まれし、完全なる存在。の、試作品であり、実験用の使い捨て。
――不幸なことに、彼女は選ばれてしまった。
愚かな人間たちの手によって、凍結された計画が動き出す。
――世界に救済を。
すべてを滅ぼし、完全なるものとなれ。
フードを深く被り直して、俺は音源へと飛び出した。
「何者だ!」
「ノウェル。冒険者だ」
刃を向けてきた隻眼の騎士を通り過ぎて、壊れた馬車を確認する。わずかだが、死霊の気配がした。状況からして、集まってきた死霊と先にあった呪いが拒絶反応を起こしたのだろう。
「これに乗せていた呪具はなんだ」
「呪具?」
「……まさか、邪竜を運んでいたのか?」
思わず殺気が滲む。すると騎士は、慌てた様子で否定した。
「どうした、何事だ! ……アーシャ?」
「ガキ連れか。ってお前、なんの呪いに触った?」
馬車から出てきた少年に、顔をしかめる。
すぐに浄化を行うも、こびり付いた残滓が離れない。
「……不味いな。ここは、ギリスの封印地に近すぎる。こんな場所に呪いを持ち込んだとなると……」
最悪、俺の封印が弾け飛ぶ可能性が出てくる。
「隻眼の騎士。名を聞いてもいいか?」
「はっ! ベディと申します!」
ベディヴィエールの文字を持つ騎士か。
一気に親近感が湧いてしまう。
「お前たちは、なに用でこの地に来た」
「キース王子とその婚約者殿を、アーチャー殿のところへお連れするためでごさいます」
「……それは、なんのために?」
「私が、あなた様に無礼を働いたからです。覚えておりませんか? パーティー会場で、私はあなたと会っています」
じっとこちらを見る金髪の少年を観察する。
「……ああ、なるほど。お前、あの時のガキか。魂が、かなりまともになってるな。己の信念を見つけたか」
腐った魂が、少しだけ濁った水のようになってる。
ここまでの変化は、珍しい。
「大賢者様、実は――」
「なんで、あんたがここにいるのよ!!」
キース王子の後ろから、ゴミのような女が出てきた。
……しかも、かなりの腐敗臭だ。
間違いない。これが、爆発を起こした呪いの核だ。
「なんで、なんでなんでなんで!!! あんたはそんなにきれいなのよ!! どうして私が薄汚れてなくちゃいけないの!? 風呂も入れない、肌の手入れも髪もめちゃくちゃ! ふざけんじゃないわよ地味女!!」
「やかましいガキだな。そんなの、魔術で簡単にできるだろ」
なにが言いたいのか、まったく理解できない。
それにしても、これはどうやって作られたんだ? 見たところ、普通の人間だ。憎悪が直接呪いへと変換されてる今だから気付けたが。これは、かなり精密に作り込まれてる。下手したら、母体にいる時に、魔術へと変えられた可能性があるな。
人の肉体は、形を得た魔力だ。
胎児はとにかく生まれることを優先するから、簡単に作り替えることができる。だがそれは禁忌の一つだ。己の肉体を解き、魔術へと変換することもまた禁忌としてやってはならぬと言われている。
(……まあ、考えるのは後だな)
今はとにかく、この場所から離れなくてはいけない。そう思ってた俺の思考が、次のセリフでぶっ飛んだ。
「魔術は、万能じゃないわ。そんなの、できるわけがないしょ!? そんな嘘までついて、キース様の妻になりたいの!?」
「あ」
「ウェルナ!」
騎士が硬直する。キースも、真っ青になった。
あいつらはちゃんと理解してるのに、なんでこいつは。
「……おい、ガキ。つまり、なんだ。お前は、俺が浮気するような男だと言いたいのか?」
体から漏れる魔力の量に、女が口を閉ざす。
今さら失言に気付いても遅い。頭の中でざっと百通りの殺し方を並べて、ズタズタに切り裂くことを決める。が、そんな余計なことをする時間はない。無視しろ、無視するんだ、俺。
「俺はアーチャーのものだ。冗談でも、あいつじゃない男の妻になれと言うな。今回は逃してやる。だが、次はない」
なんとか怒りを抑え込んで、息を吐いた。
そろそろ、エンヴィたちが来る時間だ。合流したら、あいつの転移でここを離れよう。万が一ギリスの封印が弾け飛んだら、死ぬ気でギリスを討伐しなくてはいけなくなる。
厄介事に巻き込まれた。そのことに頭痛を覚えた瞬間。
ひどく、懐かしい気配を感じた。
まだ、遠いけれど。
――この魔力は、あいつのものだ。
切り立った崖に囲まれた渓谷に、白い外套姿の彼が降り立つ。
お互いにフードを被ってるため、顔が分からない。
でも、魂が叫んでいた。
――目の前にいるのは、彼であると。
無言のまま、アーチャーが手を伸ばしてきた。ゆっくりと俺のフードを外して、頬に触れる。親指で目の下を撫でて、なにかを探すようにじっと見つめてきた彼が涙を流した。それが、孤独の証に見えてしまって、罪悪感を抱く。
俺は彼らを残して、死んでしまった。
ずっと待っててくれた彼らに、また酷いことをしてしまう。
「……あなたは精霊なのだろう?
純粋な人間ではないのなら、嫌悪の対象外だ」
にこりと笑うけど、涙が出てしまって感情を抑えられない。
「……ノウェル」
「すまない、アーチャー。きっと俺は、またお前たちを置いていく。どうでもいい他人のために死ぬ。それでも、そんな俺でも、お前は、愛してくれるか?」
自分勝手にお前を苦しめる俺を。
――まだ、恋人だと。
名前を呼ばれて、顔を上げる。すると、唇に柔らかいものが触れた。黄昏に染まる自分が見えて、また涙があふれた。
「会いたかった。帰って来てくれて、ありがとうノウェル。俺はもう、君を失ったりはしない。君を守るために、強くなると誓った。ノウェル。君を守れなかった俺を、選んでくれるか?」
不安げに、俺の手を握る。そんなアーチャーの変わらない想いに、今度は自分から彼に口付けをした。
「当たり前だ。俺の伴侶はお前だけだ!」
「……ありがとう。愛してる」
ぎゅっと抱きしめ合う。六十年の孤独を埋めるために。
けれど幸せな時間は続かなかった。
ウェルナ、という女は。
魔術教団が作り上げた邪竜の巫女だったようだ。




