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虚ろなるもの  作者: 葉海ふーと
第一章 邪竜の巫女
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12 揺れる心

 灼熱の砂漠、というのは語弊があるな。

「……フロード」

「大丈夫か? 吐きそうだったら言ってくれ」

 エンヴィに白いマントを羽織らせて、背中に背負う。

 暗器の位置を変えておかないと、戦闘になった時、困るな。

 たぶんこいつは、まったく動けない。


(……師匠。俺は、恨むぞ)


 カエルまんじゅう。あれは、食えないから注意しろ。としか言わなかった師匠に、ナイフを投げつけてやりたい。

(目眩がヤバい。吐き気も止まってない)

 なんとか根性で歩いてるが、どっかで休まないと体調が悪化する。暗殺者として鍛え上げられた経験に、俺は重い足を進めた。

 今はまだ、朝だから。そんなに気温は高くない。

 凍えるような寒さも、ノウェルの魔術で遮断されてる。

 けれどそれを当てにして油断するのはよくない。

「エンヴィ。痛くはないか?」

 背中に隠してあった暗器はどかしてある。

 だが、万が一があるので聞いた。

「……ん。平気」

 身動きと共に垂れた髪に、少しだけ心臓が跳ねた。

 そういえば、あの悪魔に乗ってた時も距離が近かったな。

 あれほど密着したのは、温泉ぶりか?


(って、待て待て。こいつの裸を思い出してどうする!?)


 熱くなって来た顔を、軽く振る。

 本当は全力で振りたいが、それだとエンヴィの体に障る。ていうか、俺が死ぬな。

「……フロード? 君は、大丈夫なの?」

「ああ。師匠の修行に比べたら、まだ楽な方だ」

 さすがにカエルまんじゅうの乗り心地には負けるが、中々酷い修行だった。

「フロード。こっちだ」

 先頭を歩いてたノウェルが、洞窟を指差す。

「……敵は?」

「さっき潰した。ここで休憩しよう」

 いつの間に戦ったんだ、と思うも。相手は大賢者様だ。

 俺なんかには分からない魔術を使ったんだろう。

 地面に止血用の布を引いて、エンヴィを座らせた。

 先ほどよりは、顔色がよくなってる。

「もう、大丈夫そうだな。主、主もこれを引いて座ってくれ」

 予備の止血用をノウェルに渡す。俺も少し、横になるべきだろうか? いや、主たちの前だ。座るだけにしておこう。

 ゆっくり頭を揺らさないように腰を下ろせば。


「――フロード」


 手を引かれて、エンヴィの太ももに倒れた。急に動いたことによる頭痛。男なのに柔らかいそれと、頭を撫でる優しい手つきがどっと疲れを呼び起こす。

「ゆっくり休んで。ボクが守ってあげるから」

「……そういうわけには、いかないでしょ」

 だるい体を起こそうとするも、腕が動いてくれない。

 頭を撫でる優しい手と、心地よい感触に。眠気が強くなってしまって、余計に抵抗できない。


 こんなの、駄目なのに。だって俺は、守らないと……。

 ノウェルと目が合う。なんとかしてくれ、と訴えるも。彼は微笑みを浮かべた。……無理だな、こりゃ。

「――――」

 子守唄を歌い始めたエンヴィに、俺はそのまま目を閉じた。



☆☆☆



「眠ったか?」

「……うん。ぐっすり」

「無理をさせたからな。さすがの俺も、疲れた」

 あまりにも加速した旅が濃厚すぎて、しばらく動きたくない。

 けれどまだ、終わったわけじゃない。

 アーチャーと合流したら、すぐに戻らないと。


「……ごめん。俺の我儘に巻き込んだ」


「なに言ってるのさ。いつものことだろ? ボクたちはそういう冒険をたくさんして来た。すっごく楽しいよ! あ、でもカエルまんじゅうはやめてくれ。疲れるけど、転移を繰り返して戻るから」

 ぱっと笑ったかと思えば、一気に青ざめる。

 そんなエンヴィに、申し訳ない気持ちが楽になった。

「……早く都市に来いよ、エンヴィ。じゃないとお前の分がなくなる。俺とアーチャーは、殺るのが早いからな」

「ええー、少しは残しておいてよ」

 クスクスと笑いあって、体を休めた。

 エルフから借りたカエルまんじゅうは使い魔専用の箱に入れて、影の中にしまってある。なので、すぐにでも出発できる。


「……心配? ウルたちのことが」

「彼らは、とても賢い。自分たちがどれだけ貴重なのかを理解してる。だから不用意に結界を出ることはない」

「でも彼らは出た。あの地下室にあった精霊石は……」

 言いにくそうに、眉を寄せて。エンヴィはフロードの顔に触れた。まだ幼さが残るあいつの弟子は、気付いただろうか。

 エルフたちが隠そうとした真実を。

「……あいつらは、『俺』が呼んだから森を出た。俺が生きてることを信じて、助けになりたくて結界の外に行ってしまった。でも、すぐに違和感に気付いたはずだ。帰って来ない仲間を心配して、何人ものエルフがあの宿屋に行き、命を落とした」

「……まだ、そうだと決まったわけじゃない」

「ならなんで相談しない? どうして俺たちに隠したんだ」


 俺たちは助け合って生きてる。

 だから必ず、どんな些細なことだろうと前世では相談してくれた。なのに、なにも言ってくれなかった。教えてくれなかった。


(……もう、答えを言ってるようなものだ)


「ノウェル。焦りすぎるのは駄目だよ」

 早く、戻らないといけない。彼らを守らないと、また失うことになる。あの時の惨劇を思い出して、俺は大きく息を吐いた。

「……ノウェル」

「分かってる。俺は、誰よりも冷静に動かないとな」

 心に余裕なんてものはない。顔に浮かべた笑顔は、ただの虚勢だ。教団のせいで、何度も多くのものを失ってきた。

 きっと俺は、彼らから解放されることはないのだろう。

 そういう運命に生まれてしまったんだ。

 ――なぜ、と嘆くつもりはないが。


「俺が、あいつらの命を預かる」


 もうこれ以上、泣き叫ぶ誰かを見たくない。













「ボクは、君を失うことがなによりも怖くて、恐ろしい」


 俯いたエンヴィへと、視線を向ける。


「どうして君は、英雄にならなきゃいけないの? もうこのまま、フロードとアーチャーを連れて、遠くに行こうよ。みんなで幸せになろうよ。なんで、戦うことを選ぶんだい?」

 太陽が隠れたのか、洞窟の中が一気に暗くなる。泣きそうな声をしてるエンヴィの顔が、見えない。いきなりどうした、と言うのは、あまりにも失礼だな。前から、そういう兆候はあった。

 不安定になってるのは俺だけじゃない。


「……悪い、エンヴィ。それはきっと、俺が後悔する」


 置いていかないでほしい。そう願うエンヴィの心は、誰よりも理解してる。でも、逃げるわけにはいかない。

 この世界に生まれた命は、責任を果たす義務がある。

 よりよき未来を切り開き、後に続く者たちを守るのだ。

「俺は、親父との約束を破れない。まあ、かなり無視してるけどな。前に言ったろ? それが自由に生きる条件だったって」

「……そうだったね、ごめんね。ボクが守るから」

 太陽の光が、洞窟へと差し込む。


 エンヴィは吹っ切れたような顔で、笑っていた。




「じゃあそろそろ、フロードを起こそうか」

「……そうだな。早くあいつに」

 外から、激しい爆発音が聞こえてきた。アーチャー、ではない。だが、楽観視していい状況ではないようだ。


「なんなんだ、この呪いの強さは」


 遠く離れていても感じる、魔術に。エンヴィへと視線を向ければ、頷かれた。フロードも目を覚ましたようだ。

「――先に行く」

 身体強化で、一気に駆け出した。


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