12 揺れる心
灼熱の砂漠、というのは語弊があるな。
「……フロード」
「大丈夫か? 吐きそうだったら言ってくれ」
エンヴィに白いマントを羽織らせて、背中に背負う。
暗器の位置を変えておかないと、戦闘になった時、困るな。
たぶんこいつは、まったく動けない。
(……師匠。俺は、恨むぞ)
カエルまんじゅう。あれは、食えないから注意しろ。としか言わなかった師匠に、ナイフを投げつけてやりたい。
(目眩がヤバい。吐き気も止まってない)
なんとか根性で歩いてるが、どっかで休まないと体調が悪化する。暗殺者として鍛え上げられた経験に、俺は重い足を進めた。
今はまだ、朝だから。そんなに気温は高くない。
凍えるような寒さも、ノウェルの魔術で遮断されてる。
けれどそれを当てにして油断するのはよくない。
「エンヴィ。痛くはないか?」
背中に隠してあった暗器はどかしてある。
だが、万が一があるので聞いた。
「……ん。平気」
身動きと共に垂れた髪に、少しだけ心臓が跳ねた。
そういえば、あの悪魔に乗ってた時も距離が近かったな。
あれほど密着したのは、温泉ぶりか?
(って、待て待て。こいつの裸を思い出してどうする!?)
熱くなって来た顔を、軽く振る。
本当は全力で振りたいが、それだとエンヴィの体に障る。ていうか、俺が死ぬな。
「……フロード? 君は、大丈夫なの?」
「ああ。師匠の修行に比べたら、まだ楽な方だ」
さすがにカエルまんじゅうの乗り心地には負けるが、中々酷い修行だった。
「フロード。こっちだ」
先頭を歩いてたノウェルが、洞窟を指差す。
「……敵は?」
「さっき潰した。ここで休憩しよう」
いつの間に戦ったんだ、と思うも。相手は大賢者様だ。
俺なんかには分からない魔術を使ったんだろう。
地面に止血用の布を引いて、エンヴィを座らせた。
先ほどよりは、顔色がよくなってる。
「もう、大丈夫そうだな。主、主もこれを引いて座ってくれ」
予備の止血用をノウェルに渡す。俺も少し、横になるべきだろうか? いや、主たちの前だ。座るだけにしておこう。
ゆっくり頭を揺らさないように腰を下ろせば。
「――フロード」
手を引かれて、エンヴィの太ももに倒れた。急に動いたことによる頭痛。男なのに柔らかいそれと、頭を撫でる優しい手つきがどっと疲れを呼び起こす。
「ゆっくり休んで。ボクが守ってあげるから」
「……そういうわけには、いかないでしょ」
だるい体を起こそうとするも、腕が動いてくれない。
頭を撫でる優しい手と、心地よい感触に。眠気が強くなってしまって、余計に抵抗できない。
こんなの、駄目なのに。だって俺は、守らないと……。
ノウェルと目が合う。なんとかしてくれ、と訴えるも。彼は微笑みを浮かべた。……無理だな、こりゃ。
「――――」
子守唄を歌い始めたエンヴィに、俺はそのまま目を閉じた。
☆☆☆
「眠ったか?」
「……うん。ぐっすり」
「無理をさせたからな。さすがの俺も、疲れた」
あまりにも加速した旅が濃厚すぎて、しばらく動きたくない。
けれどまだ、終わったわけじゃない。
アーチャーと合流したら、すぐに戻らないと。
「……ごめん。俺の我儘に巻き込んだ」
「なに言ってるのさ。いつものことだろ? ボクたちはそういう冒険をたくさんして来た。すっごく楽しいよ! あ、でもカエルまんじゅうはやめてくれ。疲れるけど、転移を繰り返して戻るから」
ぱっと笑ったかと思えば、一気に青ざめる。
そんなエンヴィに、申し訳ない気持ちが楽になった。
「……早く都市に来いよ、エンヴィ。じゃないとお前の分がなくなる。俺とアーチャーは、殺るのが早いからな」
「ええー、少しは残しておいてよ」
クスクスと笑いあって、体を休めた。
エルフから借りたカエルまんじゅうは使い魔専用の箱に入れて、影の中にしまってある。なので、すぐにでも出発できる。
「……心配? ウルたちのことが」
「彼らは、とても賢い。自分たちがどれだけ貴重なのかを理解してる。だから不用意に結界を出ることはない」
「でも彼らは出た。あの地下室にあった精霊石は……」
言いにくそうに、眉を寄せて。エンヴィはフロードの顔に触れた。まだ幼さが残るあいつの弟子は、気付いただろうか。
エルフたちが隠そうとした真実を。
「……あいつらは、『俺』が呼んだから森を出た。俺が生きてることを信じて、助けになりたくて結界の外に行ってしまった。でも、すぐに違和感に気付いたはずだ。帰って来ない仲間を心配して、何人ものエルフがあの宿屋に行き、命を落とした」
「……まだ、そうだと決まったわけじゃない」
「ならなんで相談しない? どうして俺たちに隠したんだ」
俺たちは助け合って生きてる。
だから必ず、どんな些細なことだろうと前世では相談してくれた。なのに、なにも言ってくれなかった。教えてくれなかった。
(……もう、答えを言ってるようなものだ)
「ノウェル。焦りすぎるのは駄目だよ」
早く、戻らないといけない。彼らを守らないと、また失うことになる。あの時の惨劇を思い出して、俺は大きく息を吐いた。
「……ノウェル」
「分かってる。俺は、誰よりも冷静に動かないとな」
心に余裕なんてものはない。顔に浮かべた笑顔は、ただの虚勢だ。教団のせいで、何度も多くのものを失ってきた。
きっと俺は、彼らから解放されることはないのだろう。
そういう運命に生まれてしまったんだ。
――なぜ、と嘆くつもりはないが。
「俺が、あいつらの命を預かる」
もうこれ以上、泣き叫ぶ誰かを見たくない。
「ボクは、君を失うことがなによりも怖くて、恐ろしい」
俯いたエンヴィへと、視線を向ける。
「どうして君は、英雄にならなきゃいけないの? もうこのまま、フロードとアーチャーを連れて、遠くに行こうよ。みんなで幸せになろうよ。なんで、戦うことを選ぶんだい?」
太陽が隠れたのか、洞窟の中が一気に暗くなる。泣きそうな声をしてるエンヴィの顔が、見えない。いきなりどうした、と言うのは、あまりにも失礼だな。前から、そういう兆候はあった。
不安定になってるのは俺だけじゃない。
「……悪い、エンヴィ。それはきっと、俺が後悔する」
置いていかないでほしい。そう願うエンヴィの心は、誰よりも理解してる。でも、逃げるわけにはいかない。
この世界に生まれた命は、責任を果たす義務がある。
よりよき未来を切り開き、後に続く者たちを守るのだ。
「俺は、親父との約束を破れない。まあ、かなり無視してるけどな。前に言ったろ? それが自由に生きる条件だったって」
「……そうだったね、ごめんね。ボクが守るから」
太陽の光が、洞窟へと差し込む。
エンヴィは吹っ切れたような顔で、笑っていた。
「じゃあそろそろ、フロードを起こそうか」
「……そうだな。早くあいつに」
外から、激しい爆発音が聞こえてきた。アーチャー、ではない。だが、楽観視していい状況ではないようだ。
「なんなんだ、この呪いの強さは」
遠く離れていても感じる、魔術に。エンヴィへと視線を向ければ、頷かれた。フロードも目を覚ましたようだ。
「――先に行く」
身体強化で、一気に駆け出した。




